日本が見逃している? 土壌微生物と土壌生態系の世界 ~論文から見る、土壌のサステナビリティ研究動向~

日本が見逃している? 土壌微生物と土壌生態系の世界 ~論文から見る、土壌のサステナビリティ研究動向~

著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)

はじめに

2023年9月18日、TNFD(Task Force on Nature-Related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言であるv1.0が公開されました。

図1はそこで提示された、海洋、真水、土壌の自然資本を評価する指標と測定基準の例です(注1)

図1:TNFD v1.0における自然資本の指標と測定基準

注1:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD) Recommendations
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2023/08/Recommendations_of_the_Taskforce_on_Nature-related_Financial_Disclosures_September_2023.pdf
Fig 22 Indicators and metricsより抜粋

たとえば海洋に関しては、海洋生態系の利用変化が生じた範囲を面積(km2)で生態系ごと、事業活動の種類ごとに示すことが求められています。

この指標は、海洋生態系利用の変化した範囲をなんらかの手段で測定して、その変化への寄与を見積もることで算出する、と考えられます。実際にはむずかしいところはありますが、プロセスとして想像することは可能でしょう。一方、土壌に関しては、土地から調達される高リスクの自然物資の量を商品別に「トン」で測り、その中でサステナブルに制御された調達の割合を見積もることが求められています。これは海洋とは異なり、複雑なプロセスが関与しており、検討することも困難な印象です。

このレポートでは、「土壌の自然資本変動」にフォーカスし、分析結果を紹介します。アスタミューゼでは生物多様性とテクノロジーについてのレポートとして、水・土壌の測定技術にかかわる特許・グラント(注2)と、生物多様性を「改善・回復」する特許(注3)の動向を紹介してきました。

注2:生物多様性にかかわる水・土壌の測定技術は研究段階から実装段階に ~TNFD、CSRDなどの動向、関連技術の特許とグラント~
https://www.astamuse.co.jp/report/2023/230622-water/

注3:サステナビリティ実現にむけて生物多様性を「改善と回復」する技術とは? ~増加する特許出願から見える改善・回復技術の規模と内容~
https://www.astamuse.co.jp/report/2023/230921-we2/

「特許」からは、すでに開発された技術の動向や直近の技術開発事例、潜在的プレイヤーなどを見ることができます。「グラント」とは科研費など競争的研究資金で、そのデータには研究課題の定義や解決策を把握/理解するためのアプローチ手法などがふくまれます。グラントからは、まだ論文にはなっていない、未来をうかがうことができます。今回対象とする「論文」はその中間に位置する指標と考えられます。

「未来を創る2030年の有望成長136市場」における「土壌微生物・土壌生態系」

土壌の生物多様性・生態系にかかわる論文は膨大に発表されています。全体をまとめて分析するのはむずかしいため、ターゲットをしぼって分析します。

アスタミューゼでは世界の論文や特許をはじめとするさまざまな技術情報をもとに「136の有望成長市場」を定めています。この136の領域のなかに「土壌微生物・土壌生態系」もリストアップされています。土壌微生物や生態系は農業・環境・生物多様性に大きな影響を与えます。土壌中の微生物数は膨大で、未知の種や詳細な特性が不明な種が多くあります。これらを解明することで、農業と環境保全に役立つ可能性を評価して、成長市場として提示したものです。

この「土壌微生物・土壌生態系」にかかわる全世界の論文発表数の推移をしましたものが図2です。

図2:「土壌微生物・土壌生態系」にかかわる全世界の論文発表数の推移

青色は関係するすべての論文、オレンジは「計測」、グレーは「回復・改善」に関する記述が要約(abstract)に含まれる論文数です。なお、一つの論文で両方含まれるものもあります。

論文数は2019年ごろから全体で増加傾向にあります。「測定」に関する論文は全体の35~40%で安定しています。「回復・改善」に関する論文は2021年までは7~9%で推移していましたが、2022年には12%となりました。数自体も2021年から2022年にかけて約1.5倍(1,075→1,586)になっており、無視できない増加が認められます。

つぎに、論文の帰属国を分析しました。帰属国は、各々の論文の著者が所属する機関によって判定しています。帰属国から見た測定技術、回復・改善技術それぞれの動向を、「土壌微生物・土壌生態系」関係論文全体に占める割合から調査しました。

図3は「土壌微生物・土壌生態系」に関する論文全体の数に対する、計測技術関連論文の割合です。論文全体の数上位6か国と13位の日本をプロットしています。

図3:「土壌微生物・土壌生態系」論文全体数に対する、計測技術関連論文の割合

図4は同じく回復・改善技術に関連する論文の割合です。

図4:「土壌微生物・土壌生態系」論文全体数に対する、回復・改善技術関連論文の割合

測定技術が占める割合はドイツ、英国が多く、最も少ないのはインドです。一方、回復・改善技術が占める割合が多いのは中国とブラジルで、この2か国は近年その割合が増加しています。

日本は、この分野での立ち遅れが懸念される結果となりました。とくに、回復・改善技術が占める割合は全体の3%で、増加傾向も認められません。発表数も少なく、日本の50倍以上の論文を中国が提出しています。もちろん、生物多様性に関する技術が「土壌微生物・土壌生態系」の領域にもれなく包含されるものではありませんが、重要な要素となることは間違いありません。ある意味では、日本におけるR&Dの盲点になっている領域のひとつであることと言えるでしょう。

まとめ

論文データによると、「土壌微生物・土壌生態系」の「回復・改善」関連技術においては、日本の存在感は小さい、という残念な結果となりました。

ただし、弱点を見極めることで、改善や他の方針を模索することもまた可能となります。アスタミューゼでは、このように細分化した領域においても、社会貢献やSDGsへの取り組みの評価、ランキングづけといった分析を実施しています。今後のレポートでは、生物多様性のなかでも日本が強い分野、成長が著しい研究領域についても、紹介してまいります。

著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)

さらなる分析は……

アスタミューゼでは「土壌微生物・土壌生態系」に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。

本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。

それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。

また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

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