【未来予測レポート】メタバースが拓く新たな体験価値とエンゲージメント ~ 時間・空間・身体・知覚が拡張する未来 ~

著者:アスタミューゼ エグゼクティブチーフサイエンティスト 川口伸明(薬学博士)

アスタミューゼでは、技術とそれを生み出す人物(イノベータ)のデータから中長期的にプレイヤーチェンジを起こす可能性のある動きを特定し、その解析結果にアナリストの考察を加えた「未来予測」手法を提供しています。当レポートでは「未来予測」手法により導き出された未来を領域ごとにご紹介します。

メタバース元年:web3経済が始まる

ここ最近、3D仮想空間であるメタバース(metaverse)が話題に上らない日はありません。

DX(デジタルトランスフォーメーション)におけるデジタルツイン(ミラーワールド)がリアルワールドのVR化であるのに対し、メタバースはリアルの鋳型を必要としない仮想世界です。PCの画面上だけのリモート会議と異なり、メタバース会議では、仮想空間の中に各自がアバターを使ってあたかも現地にいるかのように一堂に会して議論したり旅行やライブイベントなどに参加したりできるのです。

メタバースはXR(VR/AR/MR)のほか、テレイグジスタンスやホログラフィ、空間投影も使いますし、CPS(cyber-physical system)やデジタルツインといったリアルワールドとバーチャルワールドを行き来する多次元並行世界でもあります。

さらに、メタバースでは、ブロックチェーン応用技術である暗号資産(仮想通貨)やNFT(non-fungible token; 非代替性トークン)、DeFi(Decentralized Finance; 分散型金融)をマネタイズ手段として使うことで、ゲームやアート、エンタメだけでなく、さまざまなビジネスや研究開発・モノづくりなどの生産活動、社会活動(政治や社会貢献等)を展開できる可能性が広がっています。

2022年5月、川崎重工業は、工場を丸ごとデジタルツイン化する「インダストリアルメタバース」構築を発表しています。いわば、究極のDXと言えるのではないでしょうか。

https://www.youtube.com/watch?v=kFIM6vPLO9Y

さて、進化を続けるインターネット環境は、Web1.0(据置サーバーと静的ウェブ)からWeb2.0(クラウドとインタラクティブウェブ・SNS)、そして今、Web3.0(web3)の時代が始まろうとしています。アスタミューゼの定義する「未来を創る成長領域136」の中にも「100. Web3.0・メタバース・NFT」が含まれています。web3には未だ明確な定義はありませんが、AIやIoT、XR、ブロックチェーン等の先端技術が有機的に一体化し、Society5.0や都市OSとも連携する世界観であり、メタバースに極めて親和性の高い概念です(ただし、すべてのメタバースがブロックチェーンやNFTを組み入れているわけではありません)。

今回、弊社イノベーションデータベースの解析から、メタバースに関わるさまざまな注目キーワード(decentralized, cyber-physical 等)の出現頻度が、近年急速に増加傾向にあること、また、データ種別ごとの統計分析から、グラント>特許>論文の順にそれらキーワードの増大が見られることが分かりました。このことから、この分野が基礎研究段階から社会実装段階へとシフトしつつあること、さらに萌芽領域においては深掘り研究が進んでいることがうかがえます。

そして、そこから見えてきた「メタバースの未来」の一端を、ご紹介しましょう。

※解析手法の概要は以下リンク参照。
https://www.astamuse.co.jp/news/2022/0316/

図1:データソース(グラント・特許・論文)別の注目キーワード出現頻度推移(抜粋)
※注目キーワード:対象領域のイノベーションの動きを特定するため、特許、論文、グラントデータからテキストマイニングによって抽出した、時系列変化に特徴がみられるキーワード。
図2:データから見えてきた未来のまとめ

メタバースの本質は、さまざまな「体験価値の合成」

メタバースという言葉の源流は、SF作家Neal Stephenson による1992年の著作『Snow Crash』(ニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ』日本語版1998年)の作中で登場するインターネット上の仮想コミュニティの名称です。2007年には「A Metaverse Roadmap: Pathways to the 3D Web」というホワイトペーパーが出版されており、驚くべきことに、メタバースが普及するきっかけの一つとして、パンデミックが挙げられています。

一方、VRという言葉は、1989年、米VPL Research社がリリースした世界初のヘッドマウントディスプレイ「The Eyephone」の発表時に使われたのが最初と言われています。

参考:1990年ごろのHMDとVR映像
https://www.youtube.com/watch?v=ACeoMNux_AU&t=30s
図3:メタバースを構成する4つの世界と境界技術
出典(Creative Commons):Smart, E.J., Cascio, J. and Paffendorf, J., Metaverse Roadmap Overview, 2007
https://www.w3.org/2008/WebVideo/Annotations/wiki/images/1/19/MetaverseRoadmapOverview.pdf

図3は、メタバースを構成する4つの世界観と隣接する世界観で共通する技術概念を示しています。重要なことは、これらが別々ではなく、自由に行き来できる世界、同時に存在できる多次元並行世界(パラレルワールド)だということです。第1象限(右上)のライフロギングはリアルな世界での人の位置情報や生体情報の取得、第2象限(左上)は位置や状態に応じて出されるARサイン、第3象限(左下)はデジタルツイン、第4象限(右下)はリアルに存在しない仮想世界です。

たとえばモノづくり現場のメタバースの場合、現場でAR/MRによる指示を見ながら作業もできるし、その時の健康状態によってはアラートが出て、現場から居室に移動してデジタルツイン(VR)で作業を続け、その間、仮想世界で開かれている展示会やシンポジウムで最新技術情報をチェックしたり、商談したりする……といったことがシームレスにできるのです。

通常なら一つ一つが別々のシチュエーションで起こる体験ですから、メタバースでは、それらの体験をひとまとめにする、いわば、「体験価値の合成」ができるのです。それにより、生産性やQOLの向上、さらには、エンゲージメントの深化にもつながる可能性があります。

メタバースで始まる未来

ここからは今回解析した特許、グラント、論文の具体的な事例を紹介することで、さらに詳しく説明したいと思います。ここで紹介するのは今回の解析結果のごく一部であり、メタバースの未来を網羅したものではありません。

トークン経済・サイバー資本主義

ブロックチェーンを利用したDeFi(分散型金融:ディーファイ)は、すでにスマートコントラクトとしてモバイル決済などにも利用されていますが、メタバース構築が進むと、暗号資産やNFTを含むトークン発行による価値交換が一般化し、トークンで出資者を集め、トークン価値向上で時価総額を上げていく新しいトークン資本主義に基づく企業が次々に生まれる可能性が考えられます。

事例1は、トークンに、コンプライアンスを促進するためのルールセットを含み、仲介者を必要としない自律分散的な金融取引を目指した米国特許です。

事例1:トークン化された証券の取引および転送のための分散型金融取引(特許)

事例2は、今後VR空間で増えると予想される取引上のトラブルに備え、特に契約時の意思決定能力の評価法を研究した日本のグラント(科研費)の例です。こうした研究を基礎に、意思決定力や判断力の向上を図るVRゲームが作成されるかもしれません。

事例2:取引の安全性・信頼性を向上させるための評価方法(グラント)

セキュリティ、メディアリテラシー

メタバース社会が進む一方、さまざまな懸念があります。その一つが、昨今話題となるフェイクニュースやフェイク映像です。もう一つは秘匿情報の漏洩や改ざん、それによる詐欺などサイバー犯罪の増加です。

それ以外にも、現在、インターネット上で起きている炎上やバッシング、ヘイト、いじめなどもいずれメタバース上でも形を変えて起こる懸念はあります。テクノロジー以外にも、リテラシーやレジリエンスの観点も重要になるでしょう。

事例3は、量子コンピュータによる暗号解読が進み、秘匿情報が解読されたり、改ざんされたりする危惧に対し、情報を分散制御することで、解読や改ざんを困難にする選挙・投票システムを提案した中国特許です。

事例3:量子コンピューティングによる暗号解読に対抗する選挙・投票システム(特許)

事例4は、VR空間に蔓延するフェイク対策としての真贋判定が自動的に精度よく行えるという米国特許です。フェイクを掲載したメディアへの責任追及も高まる可能性があります。

事例4:フェイク対策としての真贋判定(特許)

マーケティング

メタバースではビジネス環境もバーチャルワールド主体になるため、バーチャル環境に最適化したビジネススタイルが広がっていくでしょう。もっとも身近な変化は、アバターのデザイン(特に、アバターの顔かたち、表情、しぐさ)といったバーチャル空間ならではのコミュニケーションスキルが営業成績にも影響するようになるのかもしれません。

事例5は、アバターの顔表情によって親近感や好感度など社会的な認知がどう変わるかに関する論文です。

事例5:アバターの顔立ちや表情による社会的認知(論文)

事例6は、ユーザの感情を脳波などから継続的に監視し、フィードバックして、VRコンテンツを動的に変化させ、希望する感情状態を実現、その感情状態に最適の製品やサービスを試作・提供するという論文です。現在、クルマやファッションの色やデザインなどで行われているニューロマーケティングのVR空間での進化系と捉えられるでしょう。

事例6:ユーザの感情状態に最適の製品やサービスを試作・提供する(論文)

ソーシャル・ウェルビーイング

メタバースに期待される大きな役割の一つに、社会課題解決の早期実験場ということが挙げられると思います。

事例7は、電気的な神経刺激による感覚誘導を活用して仮想の触覚・味覚・嗅覚を誘発可能になり、エンターテインメントや医療など幅広い分野での活用につながるという論文です。例えばコロナウィルスによって失われた嗅覚の補完も可能となるほか、こうした補完技術を利用することを前提に、感覚喪失に対応する保険も出現する可能性も考えられます。

事例7:電気的な神経刺激による仮想の触覚・味覚・嗅覚を誘発(論文)

事例8は、VRによる治療・苦痛の緩和試験に関する米国NIH(国立衛生研究所)のグラントです。VRにより、診断のみならず治療の一部も完結する仮想病院が成立するかもしれません。そうなれば、過疎地や遠隔地、高齢者や重症者に対する医療アクセスを高める社会課題解決に貢献する取り組みになるでしょう。

事例8:VRによる治療・苦痛の緩和(グラント)

メタバースの未来展望

2007年ごろには今のメタバースとあまり変わらない仮想現実世界のビジョンができていました。

当時より遥かに進化した情報通信・デジタル化技術によって多人数が同時アクセスできるストレスがより少ないVR空間ができていること、さらに、コロナ禍の影響もあって、世界中の人々がリモート環境でのコミュニケーションにある程度慣れていることなどが重なり、いよいよ、メタバースの時代が始まったということが実感できます。

セキュリティやリテラシーの問題が大きな懸念事項としてありますが、これ自体は人類が人類である以上なくなる問題ではありません。いかにレジリエントな(弾力性・回復力のある)仕組みを作っていくかが重要と言えます。万が一、騙されたとしても被害が最小限ですぐに修復可能な仕組み、いわば、集団免疫的な仕組みをメタバースに組み込むことも大きな課題になるかもしれません。

事例8(VRによる治療・苦痛の緩和)をさらに発展させると、さまざまな病気やメンタルの悩みに世界のどこにいてもリアルタイムに対応できるメタバース病院のような構想が考えられます。こうした組織の運営は既存の組織では難しい面も多く、リアルな病院や大学とバーチャルなメタバース上の組織との協働が必要になるでしょう。そのような組織として、DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)も候補の一つとして考えられます。

今回のメタバースの未来推定・萌芽探索の中で強く示唆されるのは、知覚の刺激や関心の誘発などによるエンゲージメントの強化と、社会課題解決の促進という流れです。

大きくて重いHMDがメタバース発展の障害になるという意見もありますが、網膜投影グラスやウェアラブル脳インターフェース、ヒアラブル多言語処理AIなどの応用により、今後数年以内に解決される問題と思われます。

【参考】人工感覚器の革新 「補う」から「身体拡張」へ(朝日新聞GLOBE+)
https://globe.asahi.com/feature/11034212

さらに詳しい分析は……

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