特許件数では中国がトップ、しかしTPA(総合特許資産)では日米が圧倒的優位! ミクロの体内バイオセンサー「腸内細菌叢(マイクロバイオーム)」が変えるウェルビーイングの未来
著者:アスタミューゼ株式会社 イノベーション創出事業本部 エグゼクティブチーフサイエンティスト
川口伸明(薬学博士)
目次
- 1 1. はじめに
- 2 2. 世界のマイクロバイオーム関連情報解析
- 2.1 2-1.作成した母集団(世界、2012-22年)の概観
- 2.2 2-2. 世界の特許出願および論文発表動向
- 2.3 2-3. 特許の実力比較
- 2.4 2-4. 各社の優位技術紹介
- 2.4.1 【注目特許1】明治:ホルモン分泌・代謝向上のためのプロバイオティクス(TPA3位)
- 2.4.2 【注目特許2】雪印メグミルク:酸化ストレスに対抗する抗酸化物質含有成分製造法(TPA6位)
- 2.4.3 【注目特許3】ネスレ(Société des Produits Nestlé s.a):認知症・アルツハイマー病の治療・予防をめざすプロバイオティクス(TPA10位)
- 2.4.4 【注目特許4】米国・ミネソタ大学(University of Minnesota)(TPA4位)
- 2.4.5 【注目特許5】オランダのヴァーヘニンゲン大学ホールディング社(Wageningen Universiteit Holding BV)とベルギーのルーヴァン・カトリック大学(Université Catholique de Louvain)の共同出願特許:肥満や糖尿病、脂質代謝異常、メタボリックシンドロームなど代謝性疾患治療をめざすプロバイオティクス(PES7・8位)
- 2.4.6 【注目特許6】米国・シカゴ大学(University of Chicago):癌治療に挑戦するプロバイオティクス(PES10位)
- 2.4.7 【注目特許7】台湾・Syngen Biotech Co., Ltd.:睡眠の質の改善するポストバイオティクス(postbiotics)
- 2.4.8 【注目特許8】米国・Seed Health, Inc.:心のケアに備えるシンバイオティクス(synbiotics)
- 2.4.9 【注目特許9】米国・カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology):発達障害
- 2.4.10 【注目特許10】中国・広東省科学アカデミー 微生物学研究所(Institute of Microbiology of Guangdong Academy of Sciences):AIを活用したマイクロバイオーム減量戦略
- 3 3. 展望
- 4 さらに詳しい分析は……
1. はじめに
かつて腸内フローラとして知られていた私たちの体内に常在する腸内細菌叢。今では、マイクロバイオーム(microbiome:微生物叢・細菌叢)と呼ばれることが一般的です。
マイクロバイオームとは、本来、地球上の様々な場所(生体、土壌、海洋など)に存在する微生物群集やその生態系を指す言葉。叢(そう)という漢字は、群集を意味します。ヒトにおいては、皮膚や口腔、鼻腔、泌尿・生殖器、消化管内などにマイクロバイオームが存在しますが、腸管内に常在する腸内マイクロバイオーム(腸内細菌叢、腸内常在菌叢)が特に多く、成人の腸管内には、1,000種100兆個以上、重量にして1~1.5キログラム(体重60キログラムの場合)の腸内細菌が常在するといわれます。ヒトの身体はヒト一種類だけの細胞集合ではなく、多様な生物叢の集合体に他なりません。
腸内細菌叢を対象とした研究は1960年代から活発に行われ、善玉菌や悪玉菌などの系統分類が行われましたが、技術的な限界もあり、腸内細菌叢の全体像や宿主との関係を解明するには至りませんでした。しかし、2000年代に入り、次世代シーケンサの登場やメタゲノム解析(多種類の微生物のDNAを混在したまま同時に解析する)技術の発展により、菌叢の構成(種多様性)や細菌のゲノム配列などの知見が蓄積されてきたことで、腸内細菌叢が、ヒトの代謝系、免疫系、脳神経系などの生体制御に大きな影響を持つことが分かってきました。
また、一人ひとりの持つ腸内細菌叢の多様性(菌種や構成比率)は、年齢や性別、遺伝的特性、生活習慣(食・運動・睡眠等)、既往歴(過去に罹った病気とその処置・処方)、心理的要素(ストレス)、環境、居住する国や地域によって大きく異なることも判明しています。
菌叢構成によって罹りやすい病気や症状の強さが異なる例も示されているほか、Covid-19のような感染症に関しても、菌叢によって重症化リスクやワクチンの効果などに差があったとする報告もあります(参考文献1、2)。
参考文献1:Yun Kit Yeoh et al., Gut microbiota composition reflects disease severity and dysfunctional immune responses in patients with COVID-19
Gut. 2021 Apr;70(4):698-706. doi: 10.1136/gutjnl-2020-323020. Epub 2021 Jan 11.
https://gut.bmj.com/content/70/4/698
参考文献2:Siew C Ng et al., Gut microbiota composition is associated with SARS-CoV-2 vaccine immunogenicity and adverse events.
Gut. 2022 Jun;71(6):1106-1116. doi: 10.1136/gutjnl-2021-326563. Epub 2022 Feb 9.
https://gut.bmj.com/content/71/6/1106
マイクロバイオーム自体が、体内に宿るミクロのバイオセンサーとして認識される時代に入ったと言えるでしょう。
1-1. 腸内細菌叢と疾病リスク、脳腸相関・HPA軸
生活習慣の変調や加齢に伴い、腸内細菌叢の分布が変わったり、多様性が低下したりする「ディスバイオシス」(dysbiosis)と呼ばれる状態になります。生活習慣病やがん、認知症などの加齢性疾患をはじめ、多くの疾病がディスバイオシスに深く関係していることが明らかになってきました。
潰瘍性大腸炎やクローン病では、腸内細菌叢がその代謝物質を介して疾患に関与している可能性が示唆されています。さらに、食物アレルギーをはじめ様々なアレルギー性疾患、糖尿病や肥満などの代謝性疾患などにも、腸内細菌叢との関連が示唆されています。
さらに近年、腸内細菌叢がうつや自閉症(発達障害)、アルツハイマー病など中枢神経変性疾患の発症リスクなど脳の働きにまで影響を及ぼすという「脳腸相関」(腸脳軸)を示す事例が多く知られるようになりました。ハーバード大学の研究チームは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)の発症リスクが腸内細菌叢の組成によって変わることを示しています(参考文献3)。
参考文献3:Ping Fang et al., Gut microbes tune inflammation and lifespan in a mouse model of amyotrophic lateral sclerosis.
Nature 582, pp.89–94 (2020)
https://www.nature.com/articles/d41586-020-01335-3
また、間脳視床下部-脳下垂体-副腎の間で互いにフィードバックしながら生体反応を制御する「HPA軸」(Hypothalamic-Pituitary-Adrenal axis)の反応において、腸内細菌叢の違いにより成長後のストレス反応が異なることや、脳由来神経栄養因子や神経伝達物質濃度にも影響することなどが示唆されています。
このように、腸内細菌叢(原核生物界)と宿主であるヒト(動物界)が「界を超えた情報伝達」を行っているという概念は医学的にも科学史的にも、大きな衝撃を与えつつあります。
1-2. プロバイオティクスとテーラーメイド医薬、未病マネジメント
菌叢のバランスを整え、健康に有益な乳酸菌やビフィズス菌などの菌種を「プロバイオティクス」(probiotics)と呼び、プロバイオティクスの餌となり、働きを助けるオリゴ糖などの物質を「プレバイオティクス」(prebiotics)と呼びます。また、プロバイオティクスとプレバイオティクスを最適な組合せで使用することを「シンバイオティクス」(synbiotics)と呼びます。さらに最近では、宿主の健康に有効な作用を発揮する不活化菌体やその構成成分、菌による代謝産物などを表す「ポストバイオティクス」(postbiotics)という語も使われ始めています。これらは現在、主にヨーグルトなどの発酵食品や機能性食品(サプリメント等)として開発されていることが多いですが、今後は一人ひとりの菌叢に合わせたテーラーメイド医薬品として未病改善・疾病予防や治療への展開可能性が考えられます。実際、米国のViome, Inc.(https://www.viome.com/)は個人のRNA菌叢解析による「Custom Probiotics」を提供するサービスを展開しています。
以上に俯瞰したように、腸内細菌叢の多様性を調べることで、病気の予兆発見や罹患リスク判定に利用する報告が年々増えてきており、将来的には病気予防や症状改善、治療等にも応用の可能性があると考えられます。まさに「新たなバイオマーカー/バイオセンサー」としてのマイクロバイオームの役割が見えてきたと言えるでしょう。
2. 世界のマイクロバイオーム関連情報解析
今回、弊社保有の特許・グラント(公的研究費)・論文・ベンチャー企業のデータベースを用い、2012年初から2022年末までの世界のマイクロバイオーム関連の文献を調べました。本稿では最近の特許と論文の動向を中心に紹介します。
2-1.作成した母集団(世界、2012-22年)の概観
- 4つのデータソース全てにおいて、米国と中国が優位にあります。特に特許出願数では中国が、グラント件数では米国が圧倒的に強いです。論文数では米中がほぼ互角。日本はグラント数で米中に次ぐ3位。
- 特許・グラント・論文の3ソースすべてにおいて、「がん」「うつ・自閉症・メンタルヘルス」が件数上位6分野に含まれています。
- 脳腸相関に関わる分野として、「うつ・自閉症・メンタルヘルス」のほか、「神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性側索硬化症等)」や「HPA(視床下部・下垂体・副腎)軸」も特許、論文の件数上位6分野に含まれています。
2-2. 世界の特許出願および論文発表動向
特許母集団53,000件余のうち、出願人名寄せにより、帰属国が明らかになった67カ国3,300社余の特許24,000件余について、年次推移を以下に示します。
圧倒的に中国からの出願が多く、それに次ぐ米国・韓国・日本を大きく引き離しています。また、中国以外は出願件数自体が2019年以降、大きく減少傾向にあります。
次に、論文の発表件数の主著者所属機関の帰属国別の年次推移を見ると、米国と中国がほぼ互角で、2012年以降、直近までほぼ並行した動きとなっています。3位以下のブラジル、インド、イタリア、英国などは論文件数で大きく劣後しています。
論文の勢いに比べ、特許における米国の出願動向は一見矛盾しているように見えます。ただし、中国の特許は国内出願が多く、有効特許の半数以上を国際出願している日・米・欧と単純比較することは困難です。
余談ですが、マイクロバイオームに限らず、多くの分野で中国の特許が飛躍的に伸びている背景には、中国政府が2006年に策定した「国家中長期科学技術発展計画(2006-2020年)」があります。この政策により、2020年までに研究開発支出の対GDP比率を2.5%以上に引き上げること、そして中国企業自らによる自主的なイノベーションを推進してきました(https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/14e056.html)。
2-3. 特許の実力比較
上記出願人名寄せした24,000件余の特許群に対して、弊社独自手法によるスコアリング(定量評価)を行いました。評価指標としては、特許出願件数のほか、弊社が独自に定める指標であるPIS(patent_impact_score:個々の特許の相対的強さ・影響度)、PES(patent_edge_score:特定出願人の特許中の最高スコア)、TPA(total_patent_asset:特定出願人ごとの総合特許資産)を用い、それぞれ上位10件を以下の表に示します。
なお、スコアの定義や活用法については、詳細は以下を参照してください。
アスタミューゼの未来予測手法~『2060 未来創造の白地図』の舞台裏~(前編)
アスタミューゼ公式note
https://note.com/astamuse/n/n2788bc17b07c
件数上位には中国の大学が3校入るなど中国が優勢ですが、PES(最高スコア)では上位6位までを米国のベンチャー企業や大学が占めています。
PESは各社の最高得点特許を示すもので、最高得点以外の特許の価値を反映しているわけではなく、また、パテントインパクトスコアの計算では特許の被引用数の寄与が最も大きいため、比較的古い(残存有効年数が短い)特許が多くなる傾向にあります。
そこで、弊社が最も重視しているTPA(特許資産総量:平均以上の強みを持つ特許のスコアと権利残存年数の積の総和)で見ると、デンマークのプロバイオティクス会社クリスチャン・ハンセン(Chr. Hansen A/S)が首位、2位はネスレの研究開発を担う関連会社であるネステク(Nestec SA)となりました。TPA3位に日本の老舗である明治(Meiji KK)、6位には雪印メグミルク(Megmilk Snow Brand Co., Ltd.)が入っています。また、10位にはスイスのネスレ本社(Société des Produits Nestlé s.a)も入っています。
67カ国3,300社余のTPA値を、帰属国ごとに集計すると、米国と日本が1位・2位となり、3位と4位のフランスやデンマークに比べて3−4倍規模のTPAとなりました。日米の差はそれほど大きくはありません。一方、中国のTPAは10位でした。古来より発酵食品の伝統を持つ日本にとって、マイクロバイオームは、特許資産の観点でも強みが発揮できる産業分野と言えるでしょう。
2-4. 各社の優位技術紹介
ここでは、上記ランキングで登場した特許のうち、特に興味深いものをピックアップして紹介します。なお、ここで紹介する特許はあくまでも例であり当該各社の最近の研究開発を網羅したものではないことは注意してください。各特許に付されたPISとは2-3で紹介したPIS(patent_impact_scpre)の現時点での値で、後願特許に対する相対的な影響度の指標となります。また、日米欧特許の権利残存年数は出願日から20年ではなく、IPC/CPCに応じて機械学習的に予測した年数になっています。
【注目特許1】明治:ホルモン分泌・代謝向上のためのプロバイオティクス(TPA3位)
JP6515244B2「グレリン分泌促進因子」(出願日:2018/11/14、PIS:63.64、権利残存年数:8.38)
明治の最高スコア特許であり、乳酸菌の代表格とも言えるLactobacillus属の菌株を有効成分として含有する成長ホルモン(グレリン)の分泌促進剤の特許です。グレリンとは、胃から分泌されるペプチドで、成長ホルモン分泌促進活性や摂食亢進作用、エネルギー代謝などに関与しています。この特許では、Lactobacillus gasseri(いわゆるガセリ菌)を服用することがグレリン分泌向上に効果的であることを、胃組織のグレリン遺伝子の発現量を測定した結果などを用いて示しています。
【注目特許2】雪印メグミルク:酸化ストレスに対抗する抗酸化物質含有成分製造法(TPA6位)
JP6333509B2「還元型桂皮酸類似物質含有画分の製造方法」(出願日:2012/6/22、PIS:68.26、権利残存年数:7.42)
生活習慣病や癌、老化などを予防する効果を持つ抗酸化物質を効果的に摂取する方法として、桂皮酸類縁化合物を産生する乳酸菌を使用した植物素材由来の発酵飲食品の製法特許です。植物素材に多く含まれるフェルラ酸やパラクマル酸などのフェノール性化合物は、抗酸化物質として知られていますが、これらの化合物は結合型で存在し、生体内での吸収が難しいため、遊離の形に変換する必要があります。本発明では、Lactobacillus属などの特定の乳酸菌がフェルラ酸を遊離させる酵素活性を持ち、さらにフェルラ酸をより生体に適した形に還元する能力も持っていることを利用し、この方法で還元された桂皮酸類縁化合物含有画分を乳酸菌発酵飲食品として摂取することを提案しています。
【注目特許3】ネスレ(Société des Produits Nestlé s.a):認知症・アルツハイマー病の治療・予防をめざすプロバイオティクス(TPA10位)
US10912803B2「神経変性に対するプロバイオティクスとポリフェノール」(出願日:2017/9/25、PIS:78.53、権利残存年数:7.84)
世界最大の食品飲料メーカーであるスイスのネスレ社の特許を紹介します。
発明者らは、ポリフェノールと組み合わせたプロバイオティクス菌株Lactobacillus johnsonii CNCM 1-1225(Lal)が、アルツハイマー病などの神経変性疾患の病理学的な原因とされる脳内のAβ(アミロイド・ベータ)のオリゴマー化・線維形成を相乗的に阻害できることを見出し、この組み合わせによる組成物を、アルツハイマー病関連の神経病理、記憶喪失、認知低下を低減あるいは改善できる食品として特定しました。これを、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患や認知機能の低下など、タンパク質凝集(アミロイドプラーク)に関連する障害の治療や予防に使用することを提案しています。
【注目特許4】米国・ミネソタ大学(University of Minnesota)(TPA4位)
US11000576B2「糖タンパク質からN-グリカンを切断するための酵素および方法」(出願日:2020/5/11、PIS:105.18、権利残存年数:8.70)
広範な基質範囲を持つN-グリカンの切断酵素(脱グリコシル化酵素)を提供。これらの酵素は、高マンノース型、ハイブリッド型、および複雑型のN-グリカンを糖タンパク質から切断することができます。また、糖タンパク質から解放されたフリーグリカン、および酵素によって生成された脱グリコシル化タンパク質も提供されます。脱グリコシル化酵素は、GRAS(generally recognized as safe)に指定されているBifidobacteriumを組換え発現のために使用することができます。この特許は、食品、医薬品、消費者製品などへの応用も提案しており、これらの酵素やフリーグリカンを使用して、タンパク質の消化効率を高めたり、満腹感を引き起こしたり、特定のグリコタンパク質に対するアレルギー反応を軽減するための食品や飲料を作成することも可能です。
【注目特許5】オランダのヴァーヘニンゲン大学ホールディング社(Wageningen Universiteit Holding BV)とベルギーのルーヴァン・カトリック大学(Université Catholique de Louvain)の共同出願特許:肥満や糖尿病、脂質代謝異常、メタボリックシンドロームなど代謝性疾患治療をめざすプロバイオティクス(PES7・8位)
WO2014075745A1「代謝性疾患を治療するためのAkkermansiaの使用」(出願日:2012/11/19、PIS:121.73)
世界10ヵ国以上で審査請求され、日本では2018年に、JP6426616B2「代謝障害を処置するアッカーマンシアの使用」として登録されています。
出願人は、Akkermansia属の細菌であるAkkermansia muciniphilaのみを含む組成物を被験者に反復して経口投与することで、肥満や関連する疾患に関連する3つの異常(代謝機能不全、より高い血中リポ多糖(LPS)レベルに関連する低度の炎症状態、腸のバリア機能低下)に影響を与えることを示しました。これに基づき、真性糖尿病や高コレステロールなど、体重過剰および肥満に関する代謝障害など処置に使用するアッカーマンシア菌種またはそれらの断片を含む組成物を提案しています。
【注目特許6】米国・シカゴ大学(University of Chicago):癌治療に挑戦するプロバイオティクス(PES10位)
US9855302B2「常在細菌叢の操作による癌の治療」(出願日:2016/6/1、PIS:119.95、権利残存年数:8.01)
免疫チェックポイント阻害剤とBifidobacterium属の細菌(いわゆるビフィズス菌)を含む細菌製剤とを被験者に共投与することで癌を治療する方法の提案です。被験者の微生物叢の量や構成比率を操作して、次の1つまたは複数の共同治療を促進します:(A)免疫応答を増強する、(B)癌の成長または拡大を阻害する、(C)癌による免疫回避を阻害する、(D)治療薬の有効性を増強する。実施形態において、有益な微生物は、プロバイオティック組成物として、またはドナーからの微生物叢移植(糞便移植:FMT)を介して投与されます。
以下、上記ランキングには入ってないが、最近の特許事例を紹介します。
【注目特許7】台湾・Syngen Biotech Co., Ltd.:睡眠の質の改善するポストバイオティクス(postbiotics)
AU2019101449A4「Lactobacillus brevis ProGA28およびその代謝物の睡眠障害の治療または改善における使用」(出願日:2019/11/25、PIS:71.17、IFI予測残存年数:3.89)
Lactobacillus brevis ProGA28およびその代謝物の、睡眠障害の治療または改善のための使用を開示します。Lactobacillus brevis ProGA28は、グルタミン酸ナトリウムを含む培地で発酵後、細胞が除去されると、Lactobacillus brevis ProGA28の代謝物(ポストバイオティクス)が得られます。この代謝物は、REM(急速眼球運動)睡眠の時間を短縮し、睡眠回数を減らし、全体の睡眠時間を増やし、10回の単回睡眠の時間を延長でき、睡眠中の脳波における徐波の割合を増加できることが示されています。
【注目特許8】米国・Seed Health, Inc.:心のケアに備えるシンバイオティクス(synbiotics)
US11273187B2「個人におけるうつ病発症の可能性を低減するための方法およびシステム」(出願日:2020/9/3、PIS:110.01、権利残存年数:6.76)
うつ病はかなり一般的な疾病で、約11%の男性と約21%の女性が一生のうちに重度のうつ病(MDD)に罹患する可能性があります。腸内細菌叢は、うつ病に関連するいくつかの生理学的機能や神経行動的な結果に影響を与えるという仮説を支持する証拠が増えています。本特許は、うつ病の発症の可能性を低減するための方法として、有益な細菌群(プロバイオティクス)を個人の腸内に提供することと、有益な細菌を維持するために、個体に繊維(プレバイオティクス)を投与することを含む一連の方法を提案しています。
【注目特許9】米国・カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology):発達障害
US11202809B2「神経発達障害における行動を改善するための細菌を含む組成物および方法」(出願日:2020/5/1、PIS:105.1、権利残存年数:8.83)
不安や自閉症スペクトラム障害(ASD)、統合失調症など、神経発達障害における行動の改善に役立つ細菌を含む組成物と方法に関する特許です。特に、成人の腸内細菌叢を持つ個人の神経発達障害の症状を治療するために使用できるプロバイオティクスの組成物に関連します。この特許によると、特定の種類のバクテロイデス菌(Bacteroides属)を含むプロバイオティクスを被験者に投与することで、神経発達障害の症状を改善することができます。特に、繰り返し行動、不安、コミュニケーション行動などの症状が改善されます。この組成物は、成人の腸内細菌叢に特有のものであり、成人の神経発達障害の症状に対して改善効果があります。
【注目特許10】中国・広東省科学アカデミー 微生物学研究所(Institute of Microbiology of Guangdong Academy of Sciences):AIを活用したマイクロバイオーム減量戦略
CN112980945B「ニューラルネットワークモデルを使用した低炭水化物ダイエットの減量介入効果の予測方法」(出願日:2021/4/28、PIS:63.95、権利残存年数:17.28)
ニューラルネットワークモデルを使用して低炭素ダイエットによる減量介入効果を予測する方法に関する特許です。低炭素ダイエットは、肥満治療のための効果的な介入戦略の1つですが、減量の効果は一貫しておらず、個人の腸内フローラの組成によって異なります。本発明では、腸内フローラの相対比率と減量指標をニューラルネットワークモデルのパラメータとして使用し、低炭素ダイエットによる減量介入効果を予測する方法を提案。研究により、バクテロイデス菌の相対豊度が低炭素ダイエットに従う個人の減量のポジティブな予測因子であることが示され、これに基づいて、効果的な減量戦略を開発するための予測モデルが確立されたとしています。
3. 展望
2010年代に、腸内細菌叢が、うつや認知症などの脳活動や脳機能にも大きな影響を持つ脳腸相関の存在が示唆され、ストレスや睡眠を改善する乳酸菌飲料の開発などが行われてきました。特定の病気にかかりやすい人に多い菌種や、ある病気にかかった人には比較的少ない菌種が報告されていますが、個体差も大きいうえに、腸内細菌の多様性は、性別や年齢、住んでいる地域、生活習慣等により大きく異なることから、どのような状態が多くの人の健康長寿にとって最適なのかは、2023年現在、明確ではありません。
しかし、イタリアのボローニャ大学薬学・バイオテクノロジー学部Patrizia Brigidi教授は、若年成人から高齢者、百寿者(centenarian:100-104歳)、超百寿者(supercentenarian:105歳以上)合計69名の腸内菌叢を解析した結果、百寿者と超百寿者では、腸内細菌叢とその機能の構成に大きな特徴が見られるとし、特に、Christensenella属とAkkermansia属に注目した論文を発表しています(参考文献4)。
参考文献4:Cell Mol Life Sci. 75, 3, 2017, DOI: 10.1007/s00018-017-2674-y
Santoro, A. et al., Gut microbiota changes in the extreme decades of human life: a focus on centenarians. Cell. Mol. Life Sci. 75, 129–148 (2018).
https://doi.org/10.1007/s00018-017-2674-y
現在までに、腸内細菌叢により、遺伝子発現が影響を受けているという報告も数多くあります。中でも興味深いのが、「時計遺伝子」と「長寿遺伝子」です。睡眠や代謝などの体内リズム形成に関わる体内時計の発現因子として、ヒトやミツバチ等で時計遺伝子と呼ばれるサーカディアンリズムの形成に関係がある遺伝子が知られていますが、その時計遺伝子発現に腸内細菌叢の代謝産物が影響を与えている可能性が指摘されています(参考文献5)。
参考文献5:K.Nishida et al., Journal of Functional Foods, 36, 112-121, 2017
さらに、ヒトの老化に深い関係のある長寿遺伝子(サーチュイン遺伝子)群が知られていますが、サーカディアンリズム(概日性リズム)と老化との関連性を示唆する研究もあることから、腸内細菌叢が、長寿遺伝子の発現に影響を与えている可能性も考えられます。時計遺伝子と長寿遺伝子が協調的に生体制御を行っているという仮説(参考文献6)もあり、健康長寿の観点から、大いに興味が持たれています。
参考文献6:S. Masri et al., Curr Opin Clin Nutr Metab Care 18, 521-527, 2015
長寿化社会の最大のリスクとして、がんなどの重篤な疾病だけでなく、認知症やフレイル(老衰による心身不調の定常化)などによる健康寿命の圧迫があります。そのため、ウェルビーイングのあり得る未来像としては、個人のゲノム(遺伝情報)や既存の生体情報はもとより、微生物との共生関係をどのように維持、あるいは改変するかといった「マイクロバイオーム・マネジメント」が重要な視座となるでしょう。
今や、マイクロバイオームの研究は、ビッグデータ解析が極めて重要な役割を担っています。昨今の生成系AIの驚異的な発展は、それに大きな貢献を果たすと期待されます。
著者:アスタミューゼ株式会社 イノベーション創出事業本部 エグゼクティブチーフサイエンティスト
川口伸明(薬学博士)
さらに詳しい分析は……
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