日本がリードしてきた「人工光合成」の技術分野は今後、中国の躍進が大きな脅威に! ~カーボンニュートラルの実現にも不可欠な人工光合成技術の現状と未来~
著者:アスタミューゼ株式会社 神田知樹 修士(工学)/ 伊藤大一輔 博士(生命科学)
はじめに
2015年12月に、第21回気候変動枠組み条約国会議(COP21)でパリ協定が承認されました。パリ協定では、産業革命以前と比較して平均気温上昇を1.5℃におさえることをめざしています。この協定により、各国は温室効果ガスであるCO2の削減目標の策定と提出が義務づけられました。
日本政府は、2020年10月に、2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにするカーボンニュートラルをめざすことを宣言しました。そのために、2020年12月25日に経済産業省が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定しました(注1)。この戦略のなかで、「人工光合成による化学品製造」がとりいれられています。そして、具体的な取り組みとして、「変換効率の高い光触媒の開発を加速させる」とのべられています。
注1:経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html
また、人工光合成は、将来的には石油依存の産業構造から脱却するための技術としても注目されています。
人工光合成とは
光合成は、光エネルギーを化学エネルギーに変換して生体に必要な有機化合物をつくりだす反応のことです。植物では、葉緑体において光エネルギーを使って水をプロトンと酸素に分解し、それから水分解で生じたプロトンと大気中からとりこんだCO2を使ってグルコースをつくりだします。
一方、人工光合成は、人間が行う光合成の技術であり、太陽光とCO2をつかって化学物質を合成するさまざまな技術をふくんでいます(注2)。この記事では、人工光合成として、太陽光をつかって水を水素と酸素に分解する技術と、CO2から有機化合物をつくりだす技術に焦点をあてています。
注2:資源エネルギー庁 「太陽とCO2で化学品をつくる「人工光合成」、今どこまで進んでる?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/jinkoukougousei2021.html
植物の光合成と人工光合成はしばしば比較されますが、人工光合成のエネルギー変換効率はすでに植物の光合成をうわまわっています。植物の光合成では、有機化合物へのエネルギー変換効率は0.2%から高くても2%程度といわれています。しかし、人工光合成では、豊田中央研究所が2021年に1メートル角のセルを用いて、10.5%の太陽光変換効率でギ酸塩への変換に成功しています(注3)。
注3:豊田中央研究所が1メートル角の大きさのセルで10.5%のエネルギー変換効率を達成
Kato et al., Solar Fuel Production from CO2 Using a 1 m-Square-Sized Reactor with a Solar-to-Formate Conversion Efficiency of 10.5%
ACS Sustainable Chem. Eng. 2021, 9, 48, 16031–16037
https://doi.org/10.1021/acssuschemeng.1c06390
アスタミューゼが構築しているデータベースをもちいて、人工光合成の現状と将来の動向について見ていきます。
人工光合成に関する国別・出願人別の特許出願の動向と特許スコア
図1は、2001年から2022年における、全世界を対象とした「人工光合成」に関する出願件数上位5か国の国別の特許の出願動向です。2022年に特許出願数が減少しているように見えますが、特許は出願からすぐに公開されるわけではないため、直近の特許出願が反映されていない可能性があります。
2001年以降で、全世界で11,000件あまりが出願されています。2007年までは日本が特許出願数で1位でしたが、2008年以降は中国の特許出願数が急増しており、2位以下を大きくひきはなしています。
アスタミューゼでは、出願件数だけではなく特許の「強さ」を指標化して技術力評価するスコアリング手法を開発しています。各特許がもつ他社への脅威度(他社の特許査定の拒絶理由として何回引用されたか)や、権利の地理的範囲(おなじ発明を何か国に出願したか)などの重要な変数にもとづき競争力を評価するパテントインパクトスコア(PIS:Patent Impact Score)を特許1件ごとに付与。各特許出願人ごとの総合的な特許競争力を示すトータルパテントアセット(TPA:Total Patent Asset)を算出。出願人のトータルパテントアセットを帰属国ごとに集計し、帰属国のトータルパテントアセットとしています。
人工光合成は、中国企業や研究機関による出願が急増していますが、中国特許庁にのみ出願しているケースが大多数です。中国特許庁に出願された特許の多くは、外国出願や国際出願(PCT出願)がされておらず、国際的な競争力を正確に反映したものとならない可能性があります。よって、重要な特許技術については外国/国際出願されると想定し、今回の分析では主要4極(日・米・欧・WO)に出願された特許を対象にしました(注4)。
注4:WOとは特許協力条約(PCT)に基づいて行われた国際出願された公報に付記される記号です
2001年から2022年に2,500件あまりが出願されています。これらの特許に対して、競争力の定量評価を行いました。
図2は帰属国別のトータルパテントアセットのランキングです。
帰属国別では日本がトータルパテントアセットと件数ともに1位となっており、アメリカ、サウジアラビア、ドイツが続きます。
図3は企業別(出願人別)のトータルパテントアセットの結果です。
ランキング1位の東京大学は、平成24年設立の人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)において、三菱ケミカル・富士フイルム・INPEX・三井化学・TOTOの5社と、ソーラー水素の製造に関する研究プロジェクトを実施しています。とくに富士フイルムと三菱ケミカルとは多数の特許を共同出願しています。
以下に、ランキング上位3社の、最もパテントインパクトスコアの高い特許を紹介します。
- 東京大学、三菱ケミカルホールディングス:「水分解用光触媒固定化物、並びに、水素及び/又は酸素の製造方法」
- パテントインパクトスコア:68.11
- 公開番号:JP5787347B2
- 出願年:2011年
- 特許概要:親水性無機材料粒子と光触媒を混合することで、水分解活性を損なうことなく、基材上に光触媒の固定化をした光触媒固定化物、およびこれを利用した水素や酸素の製造方法。
- 富士フイルム、日本人工光合成化学プロセス技術研究協会:「人工光合成モジュール」
- パテントインパクトスコア:62.10
- 公開番号:JP6405475B2
- 出願年:2016年
- 特許概要:光により電解水溶液を水素と酸素に分解することができ、特に、電解水溶液が流れる方向に対して電極部の光触媒層が傾斜した電極を有する人工光合成モジュール。
- サウジアラムコ:「太陽放射を利用した合成ガス生成セルによる二酸化炭素の炭化水素燃料への変換」
- パテントインパクトスコア:73.42
- 公開番号:US9238598B2
- 出願年:2014年
- 特許概要:太陽熱発電システムで太陽エネルギーを利用して熱エネルギーと電気を生成し、合成ガス生成セル内でCO2を炭化水素燃料へ変換する。
人工光合成に関する研究予算の分析
人工光合成は、現状では国家、政府、大学などの公的機関による基礎的な研究が主流であるとかんがえられます。そのため、人工光合成についての大学・研究機関向け研究予算(グラント)にも着目し、調査しました。
図4は研究テーマの採択件数の年次推移です。
図5はグラント金額の年次推移です。
採択件数・グラント金額ともに2010年ごろから急伸していますが、2018年から停滞しているように見えます。しかし、グラント情報が各国の会計年度で更新・公開まで時間を要することから、直近に採択された研究テーマが実際の件数に反映されていない可能性がある点は注意が必要です。
以下、配分金額の大きいグラントの例を紹介します。
- タイトル:「Energy Innovation Hub Renewal – Fuels from Sunlight」
- 代表者/所属:Harry Atwater /California Institute of Technology (米国)
- 採択年:2015年
- 資金調達額:約1億100万米ドル
- 概要:カリフォルニア工科大学とローレンスバークレー国立研究所が研究チームを組み、The Joint Center for Artificial Photosynthesis (JCAP)を設立。太陽光、CO2、水から、外部からエネルギーを加えることなく輸送用燃料を製造する技術の確立を目指す。
- タイトル:「University College London – Equipment Account」
- 代表者/所属:David Price / University College London、Geraint Ellis Rees/ University College London(英国)
- 概要:水の光分解やCO2から有機化合物の合成を行う際に用いられる、触媒の作用機構を分子レベルで明らかにすることで、CO2から化学品の製造を行うのに役立つ新規触媒材料の発見を目指す。
- 採択年:2012年
- 資金調達額:約1,700万米ドル(約1,350万ポンド)
- タイトル:「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発」
- 代表者/所属:瀬戸山 亨/三菱ケミカル
- 概要:太陽光と水から水素の製造(ソーラー水素)と、CO2の資源化を主な開発テーマとしており、ソーラー水素とCO2からプラスチック原料等の基幹化学品を製造するプロセスの実用化を目指す。
- 採択年:2014年
- 資金調達額:約1,100万ドル(約15億7,000万円)
まとめ
人工光合成の特許出願数では、2000年代前半は日本とアメリカが主導的でしたが、近年は中国の出願数、特に大学・研究機関からの出願数が急増しています。今後は、中国による国際出願も増加するものと予想され、質・量ともにおおきな脅威となる可能性もあります。一方、グラントは、近年、日米欧を中心に巨額の投資がおこなわれており、世界各国で熾烈な研究開発競争が行われている状況にあります。
人工光合成は、CO2の排出量削減と、化石燃料にたよらないエネルギー源確保を実現する技術として、実用化に向けた研究開発が世界各国において今後さらに進められていくと考えられます。
著者:アスタミューゼ株式会社 神田知樹 修士(工学)/ 伊藤大一輔 博士(生命科学)
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