日本がトップの蓄電技術領域「全固体電池」は世界を制するか? ~特許と研究開発から見える次世代電池技術の今と未来~

日本がトップの蓄電技術領域「全固体電池」は世界を制するか? ~特許と研究開発から見える次世代電池技術の今と未来~

著者:アスタミューゼ株式会社 田澤俊介 博士(工学) / 伊藤大一輔 博士(生命科学)

はじめに

アスタミューゼ株式会社は、世界193ヵ国、39言語、7億件を超える世界最大級の無形資産/イノベーションデータベースを構築し、それにもとづいて136の「成長領域」と、SDGsをふくむ人類が解決すべき105の「社会課題」を独自に定義し、さまざまな事象を分類・分析しています。

その結果に基づき、事業会社、金融機関/投資家、公的機関に対し、新規事業やオープンイノベーション/M&Aの支援、無形資産/非財務/インパクトに関するデータや評価スコアの販売、技術分析/DD(デューデリジェンス)、選択領域におけるKOL(キーオピニオンリーダー)/イノベータの探索、未来推定、企業価値可視化などのアウトプットを提供しています。社内には専門家チームを有し、データ分析の深掘りとともに、サステナビリティや脱炭素、中長期の未来予測や先端技術に関するプロジェクトを多数手がけています。

このたび、世界的な脱炭素化への取り組みにおいて、キーとなる技術「蓄電技術」に着目しました。弊社のイノベーションデータベースを用いて最新技術/特許/研究の動向分析を行なったところ、蓄電技術のうち、全固体電池においては、日本の企業が高い競争力を持っていることが示されました。その一方で、世界的に開発競争が加速しているナトリウムイオン電池や多価イオン電池などの次世代二次電池に関しては、中国が圧倒的な競争力をもっていることがあきらかになり、日本が今後も競争力を維持するために克服すべき課題点も浮き彫りになりました。本レポートではその分析内容と結果についてくわしくご紹介します。

持続可能な社会実現のための脱炭素化およびカーボンニュートラルへの流れの中において、太陽光などの再生可能エネルギーを利用した電力は、CO2を排出しないエネルギーとして注目されてきました。しかし、再生可能エネルギーは天候の影響を受けやすいなど不安定な面があるため、電力の安定供給のためには蓄電技術が重要となります。カーボンニュートラルの実現に向けて、これらの技術に取り組んでいるプレイヤーや有望な技術にはどのようなものがあるのでしょうか。本レポートでは、蓄電技術の現在の立ち位置と今後の展望を予測するべく、関連する特許や研究プロジェクトの最新動向の分析を行いました。

蓄電技術とは?

蓄電技術には大きく2つに分けることができます。1つは化学エネルギーを電気エネルギーに変換することで充放電を可能とする二次電池。もう1つは物理的に電荷を蓄えることで充放電を可能とするキャパシタです。特に、二次電池はリチウムイオン二次電池(LIB)やニッケル水素電池が現在広く利用されており、スマートフォンやノートパソコンのバッテリーの形で普及しています。また、エネルギー密度が高く、航続距離を伸ばせる LIBは、電気自動車 (EV)、プラグインハイブリッド(PHV)の駆動用電源としても使われています。一方で、キャパシタは一時的に電気を蓄えるものであり、バックアップ用のメモリや電圧の安定などを目的とした電子部品に使われます。いずれの部品も日常生活を送るうえで欠かせないものとなっています。

2015年12月の第21回気候変動枠組み条約国会議(COP21)において採択された気候変動抑制に関するパリ協定により、各国は温室効果ガスであるCO2の削減対策が義務づけられました。この取り組みの中で、再生可能エネルギーを活用した太陽光発電や風力発電が注目されてきました。しかし、再生可能エネルギーは、日照時間などの天候条件に大きく左右され、安定供給がむずかしいという課題があります。蓄電池技術を用いて、電力が余剰の際に蓄電し、不足の際に放電するシステムを活用することで、再生可能エネルギーによる安定供給が実現されます。

さらに、CO2排出削減の流れの中で、従来の自動車に代わる電気自動車(EV)が注目されたのも蓄電技術の発展に影響しました。カルフォルニア州が自動車メーカーに課した、一定比率の排ガスやCO2を出さないゼロエミッション車(ZEV)に切り替えさせる規制(ZEV規制)(注1)のように、CO2を排出しない自動車への転換を自治体主導で行うケースも出てきています。EVはさらに普及し、容量や充電速度といったバッテリー関連技術への需要がさらに高まると見込まれます。

注1:環境省「諸外国における車体課税のグリーン化の動向」https://www.env.go.jp/policy/policy/tax/mat-6.pdf

蓄蓄電技術の特徴と各動向分析

アスタミューゼでは、世界中の特許、研究開発グラント、論文、スタートアップなど、イノベーションに関連する膨大なデータベースを保有しています。本レポートでは、すでに広く普及しているリチウムイオン電池を除いた10種類の蓄電技術に焦点を当て、特許データおよび研究開発グラントデータを活用して、蓄電技術の最新動向について分析しました。

二次電池・キャパシタの原理と代表的な種類

二次電池は、正極材、負極材、液体電解質、セパレータなどで構成され、電気を充放電できる蓄電体です。基本的な原理は、化学反応によるエネルギーの電気エネルギーへの変換です。放電時には、負極で酸化反応が起こり、負極材料の陽イオン化にともなって電子が生成し、電気エネルギーとなります。充電時には、負極の陽イオンが外部から供給された電子を受け取り、還元反応によって元の状態に戻ります。

一方、キャパシタは、充電時にイオンを電極に吸着させることで電荷を保持し、放電時にそれを解除して電気を発生させる方式です。

以下、10種類の蓄電技術についてそれぞれの特徴を紹介します。

  1. 全固体電池: 液体電解質を固体で置き換えた電池。発熱や発火、液漏れのリスクが低いが、電解質が固体であるためイオンが移動しにくく、性能が低くなることが課題。
  2. ナトリウムイオン電池: リチウムの代替としてナトリウムイオンを利用。ナトリウム資源は豊富にあるのがメリット。容量向上が課題。
  3. 多価イオン電池: アルミニウム、マグネシウム、亜鉛など2価金属イオンを使用。高エネルギー密度と材料が豊富なことが魅力だが、バッテリー出力が低く、改善が課題。
  4. フッ化物イオン電池: リチウムの代わりにフッ化物イオンを使用。高い理論容量と安定性を持つが材料課題あり。
  5. 鉛蓄電池: 二酸化鉛と金属鉛を使用。高起電圧と低コスト、リサイクル性が利点。ただし、重量増加と電解質に希硫酸を用いるため破損時のリスクがある。
  6. レドックスフロー電池: バナジウムなどのイオンの酸化還元反応を利用。電極が液体でそれをポンプによって循環させるのが特徴。長寿命と安全性、出力の拡張性が魅力だが、小型化が難しく、パナジウムなどのレアメタルが必要な点に課題あり。
  7. ポリマー電池: ポリマーを使用した電池。液漏れや発火などのリスクが少ない。
  8. 空気電池: 大気中の酸素を使用する電池。高エネルギー密度と軽量が利点だが、サイクル寿命が短い。
  9. ナトリウム・硫黄電池(NAS電池): 金属ナトリウム、硫黄、β-アルミナを使用。大容量と高エネルギー密度、長寿命が特徴だが、液体ナトリウムの危険性や動作環境が高温(300℃付近)な点が大きな課題。
  10. 次世代スーパーキャパシタ: 電気二重層コンデンサ。高出力密度と長寿命が魅力。ただし、化学反応によってエネルギーを蓄えるものではないため、エネルギー密度が低く、保持時間が短いという課題がある。

特許データから見る蓄電技術の動向分析

特許は、企業や大学が技術の独自性を確立し、独占権を持つための手段として利用されるため、製品化や社会実装に近い技術の動向を把握するのに貴重な情報源です。本項では、特許データを用いて、各蓄電技術に関する特許出願数の動向、主要プレイヤーおよび国別の競争力を分析しました。

まず、特許出願数に関する分析を行いました。以下の図1は、2011年以降の各蓄電技術に関する特許出願数の推移を示しています(注:特許データには公開からデータベースへの収録までのタイムラグがあるため、2021年のデータは参考値としています)。

特許出願数の観点から見ると、全固体電池が最も多くの特許出願を持っており、次いでスーパーキャパシタが続いています。

図1:蓄電技術別の特許出願件数推移(2011~2021)

各技術の差異をわかりやすくするため、全固体電池を除いたのが図2です。

図2:全固体電池を除いた蓄電技術別の特許出願件数推移(2011~2021)

出願数の推移を見ると、ナトリウムイオン電池および多価イオン電池の分野では、特に近年急激な増加が見られます。

アスタミューゼでは、特許競争力を評価するためにパテントインパクトスコアを使用しており、特許ごとに競争力を評価します。さらに、それをもとに特許出願者ごとに技術資産スコア≒トータルパテントアセット(TPA/総合特許力)を算出しました。以下では、特に出願件数が多い全固体電池、そして増加傾向にあるナトリウムイオン電池および多価イオン電池の分野に焦点を当てて、競争力に関する分析を行いました。

全固体電池技術における特許スコアリング

図3は全固体電池に関連する特許の出願者の国別トータルパテントアセット(TPA)の上位5の結果です。国別のランキングでは、日本が出願数とTPAの両方で最も高く、その後を中国と韓国が続いています。特に、日本は出願数とTPAの両方で2位の中国を1.5倍以上リードしており、全固体電池の分野において日本が優位性を持っていることが分かります。

図3:全固定電池技術の特許出願における国別トータルパテントアセット(上位5国)

図4は企業別のランキングです。自動車メーカーや化学系メーカー、電子部品メーカーが多くランクインしています。日本の企業では、トヨタ自動車、パナソニックホールディングス、富士フイルムイノベーション、出光興産の4社がランクインしています。さらに、個別のスコアを見ると、全固体電池の製造技術に関連する特許だけでなく、電極、固体電解質用の硫化物やセラミック材料などの部材に関する特許も高い評価を受けています。

図4:全固定電池技術の特許出願における企業別トータルパテントアセット(上位10社)

ナトリウムイオン電池技術における特許スコアリング

図5はナトリウムイオン電池に関連する特許の出願者の国別トータルパテントアセット(TPA)の上位5位です。中国が出願数とTPAの両方で最も高く、その後を日本とアメリカが続いています。特に、中国は出願数とTPAの両方で優位性を持っており、ナトリウムイオン電池の技術分野においてリーダーの地位を確立しています。

図5:ナトリウムイオン電池技術の特許出願における国別トータルパテントアセット(上位5社)

図6は企業別のランキングです。中国の大学研究機関、ガラス製造会社、バッテリー製造会社などがランクインしています。日本の企業では、トヨタ自動車、セントラル硝子、日本電気硝子の3社が上位10社にランクインしています。個別のスコアを見ると、ナトリウムイオン電池用の正極と負極に関連する素材、ナトリウムイオン電池用の電解質に関する特許が高い評価を受けています。

図6:ナトリウムイオン電池技術の特許出願における企業別トータルパテントアセット(上位10社)

多価イオン電池技術における特許スコアリング

図7は多価イオン電池に関連する特許の出願者の国別トータルパテントアセット(TPA)の上位5位です。中国が出願数とTPAの両方で最も高く、その後をアメリカと日本が続いています。特に、中国は多価イオン電池の技術分野においてもトップの地位を確立しています。

図7:2011年以降の特許出願における国別トータルパテントアセット(上位5社)

図8の企業別ランキングでは中国の大学研究機関が多くランクインしていますが、日本企業はトヨタ自動車株式会社1社のみがランクインしています。個別のスコアを見ると、亜鉛イオン電池およびマグネシウムイオン電池の電極や電解質などの材料や電池内部でのショート抑制に関連する特許が高く評価されています。

図8:2011年以降の特許出願における企業別トータルパテントアセット(上位10社)

以上の結果から、全固体電池技術では日本がTPAおよび出願件数において首位である一方で、ナトリウムイオン電池や多価イオン電池の他の分野ではいずれも中国がトップであることが明らかになりました。かつて技術的に優位だった日本が、一部の電池技術で中国に追い越されており、優位性が脅かされていると言えます。

以下は、各蓄電技術に関連した特許から選ばれた注目事例の概要です。2021年から過去5年以内に出願されたパテントインパクトコアの高い事例となります。

全固体電池に関する注目特許

  • 注目特許1
    • 出願人: パナソニックホールディングス株式会社
    • タイトル: 固体電解質材料、および、電池
    • 公開番号: WO2018025582A1
    • 出願年: 2017年
    • パテントインパクトスコア: 112.8
    • 特許概要: 硫化物およびハロゲン化物を使用した高いリチウムイオン電導性を示す固体電解質およびそれを使用した全固体電池の製造技術。
  • 注目特許2
    • 出願人: QuantumScape Battery Inc.
    • タイトル: Lithium-stuffed garnet electrolytes with secondary phase inclusions(リチウムイオン固体電池用のガーネット材料の作製)
    • 公開番号: US10347937B2
    • 出願年: 2017年
    • パテントインパクトスコア: 102.2
    • 特許概要: 高イオン電導率を持つ固体電池用電解質のためのリチウムをドープしたガーネット材料の製造技術。

ナトリウムイオン電池に関する注目特許

  • 注目特許1
    • 出願人: Global Graphene Group Inc
    • タイトル: Chemical-Free Production of Graphene-Wrapped Electrode Active Material Particles for Battery Applications(化学処理が不要な電極活物質包括グラフェンの作製手法)
    • 公開番号: US20180183062A1
    • 出願年: 2018年
    • パテントインパクトスコア: 88.3
    • 特許概要: 炭素材料からグラフェンシートを剥離し、電極用の活物質を包括させることで、化学処理を行わずに、活物質を含有するグラフェン電極を低コストで作製する技術。
  • 注目特許2
    • 出願人: セントラル硝子株式会社
    • タイトル: Ionic complex, electrolyte for nonaqueous electrolyte battery, nonaqueous electrolyte battery and ionic complex synthesis method(高温耐久性を付与する液体電解質用のイオン錯体)
    • 公開番号: US10424794B2
    • 出願年: 2017年
    • パテントインパクトスコア: 85.6
    • 特許概要: ナトリウムイオン電池に適用可能な高温耐久性を持つ液体電解質用のイオン錯体材料の製造技術。

多価イオン電池に関する注目特許

  • 注目特許1
    • 出願人: University of Maryland, College Park
    • タイトル: Solid-state hybrid electrolytes, methods of making same, and uses thereof(マグネシウムイオン電池に適用可能な固体複合電解質)
    • 公開番号: WO2018183771A1
    • 出願年: 2018年
    • パテントインパクトスコア: 78.3
    • 特許概要: 固体マグネシウムイオン電池に適用可能な、固体電解質およびゲル材料を含むポリマー材料から成る層状の複合電解質の製造技術。
  • 注目特許2
    • 出願人: City University of Hong Kong
    • タイトル: Rechargeable zinc-ion batteries having flexible shape memory(柔軟性かつ形状記憶性を有する亜鉛イオン電池)
    • 公開番号: US10446840B2
    • 出願年: 2017年
    • パテントインパクトスコア: 80.2
    • 特許概要: 形状記憶材料に金属コーティングを施した柔軟な亜鉛イオン二次電池の製造技術。

これらの特許は、それぞれの分野において注目され、高いパテントインパクトスコアを持つものです。これらの技術は、将来の蓄電池技術の発展に貢献する可能性があります。

研究開発グラントデータからみる蓄電技術の動向分析

グラントデータには、大学や公的研究機関において論文化されるより前段階の最先端研究情報がふくまれます。そこを分析することで、2~15年程度の中長期で社会実装が見込まれる将来有望な技術領域と研究テーマを見いだすことができます。

特許分析と同様に、各蓄電技術別でもグラントのデータ分析をおこないました。図9は2011年以降にプロジェクトが開始された技術別のグラント採択件数の年次推移です。グラントのデータは公開からデータベースへのデータ格納までにタイムラグがあるため、直近の2022年の集計値は参考値となります。

全固体電池に関する技術が最も多く、ナトリウムイオン電池が続いています。全ての分野で、2010年代初めから後半にかけて採択数は増加していましたが、近年は横ばいもしくは減少傾向にあります。

図9:蓄電技術別のグラント採択数年次推移(2011~2022)

図10は配分額の年次推移です。こちらも同様に2022年は参考値です。配分額は近年横ばいの傾向の分野が多い中、全固体電池、レドックスフロー電池、ポリマー電池の分野で増加傾向が見られます。

図10:蓄電技術別のグラント配分額年次推移(2011~2022 ※配賦額はプロジェクト期間で均等割りした値を集計)

グラントの分析からは、全固体電池は特許分析同様に活発な研究開発が進んでいる状況が明らかになりましたが、基礎研究分野ではレドックスフロー電池の研究に投資が集まっていることが可視化され、今後の社会実装への期待が反映されていると考えられます。

配布額の上り幅が大きい全固体電池およびレドックスフロー電池における注目事例を紹介します。

全固体電池

全固体電池はリチウムイオン電池の課題を解決するとして注目されています。日本でも2018年から2022年まで行われていた新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)」(注2)のような省庁による大規模なプロジェクトがあります。日本のグラントの採択数は全体の中でも多く、リチウムなどのレアメタルを使用しない全固体電池の研究が見られました。一方、日本に次いでアメリカも採択数が多く、レアメタルを使用しない全固体電池に加え宇宙・航空機向けなどの大規模エネルギー用の全固体電池に関する研究も見られます。

注2:https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100146.html

  • グラント事例1
    • タイトル:「Solid State Li-S Battery Based on Novel Polymer/Mineral Composite」
    • 代表者/所属:Greg Tao /Chemtronergy LLC
    • 採択年:2022年
    • 資金調達額:約330万米ドル
    • 概要:電動航空機用大規模電力貯蔵に向けた全固体リチウム-硫黄電池の開発を行っている。高電導性の薄型ポリマー複合電解質と硫黄電極による独自の全固体電池により、リチウム-硫黄電池の課題である電力安定性および安全性が向上する。また、Chemtronergy社は、固体電池などの高効率および低コストの持続可能エネルギーの研究開発を行うクリーンテックのスタートアップ企業である。
  • グラント事例2
    • タイトル:「ガラス結晶化と固体イオニクス工学を融合協奏した革新的ナトリウム系全固体電池の創製」(基盤研究(A))
    • 代表者/所属:本間 剛/長岡技術科学大学(日本)
    • 採択年:2022年
    • 資金調達額:約4,300万円
    • 概要:従来のリチウムイオン電池における、原材料のリチウムおよびコバルトなどのレアメタルの供給問題に依存しない、結晶化ガラスを利用した全固体ナトリウム電池の開発をおこなっている。

レドックスフロー電池

レドックスフロー電池は太陽光や風力のような再生エネルギーにより生成した電力の安全かつ長寿命な貯蔵システムとして近年注目されています。2018年には北海道電力によりレドックスフロー電池ベースの大規模蓄電システムを用いた再エネ発電時の出力変動の影響緩和に関する実証実験が行われました(注3)。

注3:資源エネルギー庁「再エネの安定化に役立つ「電力系統用蓄電池」https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/keitoyochikudenchi.html

日本では住友電工はすでにレドックスフロー電池の実用化に成功し商業展開もおこなっていますが、学術的研究も盛んになっています。近年のグラントでは、バナジウムの代わりに有機物を活物質に用いた有機レドックスフロー電池による性能向上関する研究が見られます。レドックスフロー電池に関するグラント採択件数が最も多いアメリカでは、レドックスフロー電池用の分離膜や、有機活物質やナノスケールの活物質による性能向上に関する研究が見られました。

  • グラント事例1
    • タイトル:「Maximizing Performance of High Energy Density Liquid Rechargeable Battery PODs for Closed Cycle Energy Storage Ecosystem」
    • 代表者/所属:John Katsoudas / Influit Energy, LLC(アメリカ)
    • 採択年:2022年
    • 資金調達額:約740万米ドル
    • 概要:ナノメートルサイズの活物質を水に分散させた懸濁液を電解液に用いることにより、リチウムイオン電池にも劣らないエネルギー密度を有するナノエレクトロ燃料フロー電池の開発をおこなっている。これにより、従来の据え置き型の用途だけでなく、輸送可能なフロー電池も実現可能となる。また、Influit Energy社はナノエレクトロ燃料フロー電池により、既存のレアメタルに依存しない安全な蓄電システムの提供を目的とするスタートアップ会社である。
  • グラント事例2
    • タイトル:「正負両極活物質に同一有機化合物を用いた高エネルギー密度レドックスフロー電池の実現」(基盤研究(B))
    • 代表者/所属:堤 宏守/山口大学(日本)
    • 採択年:2021年
    • 資金調達額:約1,790万円
    • 概要:バナジウムなどの従来の金属イオン活物質の代わりに単一の有機化合物を活物質として利用することで、現行のレドックスフロー電池よりも高出力高電圧を示すレドックスフロー電池の開発をおこなっている。

まとめ

特許データ分析から明らかになった事実として、全固体電池においては、トヨタ自動車を中心とした日本企業が競争力において優位性を持っていることが挙げられます。

しかし、中国、韓国、米国などの他国も急速に研究開発に注力し、これにより競争が激化しています。特に、中国はナトリウムイオン電池および多価イオン電池分野の特許出願件数や研究開発において圧倒的な存在感を示しており、競争相手として脅威となっています。

日本が技術的優位性をもつ全固体電池においても、実用化と量産化に課題が残されています。

全固体電池は固体電解質の材料としてリチウムを必要とするため、資源確保も重要課題です。現在、脱炭素化の流れにより全世界でリチウムの需要が急増しており、国際エネルギー機関(IEA)の推計では、2030年までに需要と供給のギャップが50%に達するとされています(注4)

注4:IEA「Committed mine production and primary demand for lithium, 2020-2030」https://www.iea.org/data-and-statistics/charts/committed-mine-production-and-primary-demand-for-lithium-2020-2030

リチウムは埋蔵、生産、精錬のいずれの過程においても特定国への偏在がみられ、とくに精錬の5割以上が中国で行われており、地政学的リスクも課題となっています(注5)。そのため、資源として確保しやすいナトリウムやカリウムなどを利用する蓄電池が注目されますが、上述のように現状ではその領域においても中国が大きな存在感を示しています。

注5:経済産業省「蓄電池産業の現状と課題について」https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chikudenchi_sustainability/pdf/001_s01_00.pdf

また、グラントデータの分析から、全固体電池とレドックスフロー電池の分野が中長期的に成長していることが明らかになりました。

全固体電池は、各国で国家プロジェクトとして研究開発がおこなわれています(注6)。ただし、特許では全固体リチウムイオン電池の電解質や電極の製造に関するものが多く見られる一方、グラントではレアメタルを用いない固体電池や大規模エネルギー貯蔵に向けた固体電池の開発が多いといった違いもあります。

注6:経済産業省「第2回 蓄電池産業戦略検討官民協議会 資料4:蓄電池の研究開発動向及びNEDOにおける取組みについて」https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/battery_strategy/0002/04.pdf

レドックスフロー電池に関しては、再生エネルギー発電用の大型貯蔵設備が注目を集めており(注7)、研究開発投資が伸びていると考えられます。

注7:伊藤忠商事「東急不動産、パワーエックス、自然電力と蓄電池事業に関するパートナーシップ協定を締結」https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2023/230803.html

近年の事例では、住友電工株式会社が2023年に北米や豪州においてレドックスフロー電池事業を展開しています(注8)

注8:住友電工「米国でのレドックスフロー電池事業本格化について」https://sumitomoelectric.com/jp/press/2023/02/prs015

一方で、現行のレドックスフロー電池に使用されるバナジウムの生産地域には偏りがあり、中国とロシアの生産量が全世界の約8割を占めているため(注9)、資源供給のリスクが懸念されます。今後は資源量やサプライチェーンが安定している有機物質をバナジウムの代わりとして活物質に用いたレドックスフロー電池に関する研究が注目されるでしょう。

注9:独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構「鉱物資源マテリアルフロー2021 バナジウム(V)」https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2022/08/material_flow2021_V.pdf

蓄電技術において、日本が持続可能な競争優位性を構築するためには、資源確保など課題が山積しています。一方で、ブレイクスルーとなる研究成果も日本の大学・企業から生まれています。

2023年3月には日本電気硝子株式会社が、世界発のオール結晶化ガラスの酸化物全固体ナトリウムイオン二次電池の開発を発表しました。資源枯渇のリスクが小さいナトリウムを使用し、かつ全固体電池の特徴である安全性の高さを兼ね備えた電池であることが重要なポイントです(注10)

注10:日本電気硝子株式会社「世界初、結晶化ガラス固体電解質を用いたオール結晶化ガラス全固体ナトリウムイオン二次電池を開発」https://www.neg.co.jp/news/20230302-6452.html

また、2022年9月には大阪公立大学の研究グループが、安価で手に入りやすい元素から構成される全固体ナトリウム電池の正極材料の開発に成功しています(注11)

注11:大阪公立大学「全固体ナトリウム電池の新たな正極材料を開発 ~二次電池市場を支えるより安価で高性能な全固体電池の実現へ~」https://www.omu.ac.jp/info/research_news/entry-02133.html

このように、資源確保の課題を解決につながる「日本発」の技術も生まれており、今後日本が蓄電技術において優位性を維持するためにも、多様な蓄電技術の開発への継続的な投資と人材育成が求められると考えられます。

著者:アスタミューゼ株式会社 田澤俊介 博士(工学) / 伊藤大一輔 博士(生命科学)

さらなる分析は……

アスタミューゼでは、「全固体電池」に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。

本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。

それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。

また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

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