地球の未来を救う! 日本発祥の有機導電テクノロジーが世界の課題を解決

地球の未来を救う! 日本発祥の有機導電テクノロジーが世界の課題を解決

目次

  1. はじめに ~有機導電材料とは~
  2. 世界の特許情報解析
    1. 分野別特許件数年次推移
    2. 最近の興味深い特許事例
  3. 世界のグラント(公的研究資金)情報解析
    1. 分野別グラント件数年次推移
    2. 最近の興味深いグラント事例
  4. まとめと展望
  5. 参考文献

1. はじめに ~有機導電材料とは~

導電材料とは電気を通すことのできる素材を指しますが、今回はその中でも有機化合物を利用したもの、従来の無機導電材料とは特徴の異なるもの、に焦点に当てた有機導電材料(導電性高分子・有機エレクトロニクス)領域を取り上げます。近年テレビやスマートフォン製品で主要な部材となった有機ELや有機太陽電池も本領域製品の一つです。素材としては、導電性高分子(電気を通す性質を持つ高分子・プラスチック)、導電性低分子、銀などメタルペーストとプラスチックを混ぜた素材、導電カーボンなどが含まれます。

導電性高分子の発祥は日本です。筑波大学名誉教授の白川英樹博士は、通常は電気を通すことの無いプラスチックにある種の不純物を加えること(ドーピング)により、電気を通すようになる性質を発見、「導電性高分子」という新しい化学分野を確立、当時研究段階から実用化が目指され始めた有機EL、研究が徐々に進展し始めた有機太陽電池など有機エレクトロニクスの基礎に重要な功績を与えたことが認められ、2000年12月にノーベル化学賞を受賞しました。

白川博士の研究は、チーグラー・ナッタ触媒により結果的にドーピングされた導電性ポリアセチレンが合成できたことからスタートしたと言われています。通常のポリアセチレンを含む高分子(プラスチック)は電気を通さない絶縁体ですが、導電性高分子はドーピング手法を用いることで導電性(半導電性)を持たせています。たとえばPEDOT(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン))のようなポリチオフェン、ポリアニリン、ポリピロール類などで導電性高分子例がみられますが、数ある高分子の種類から見ればごく少数ですし、この中で製品化につながるほどのスペックを持つ高分子はさらに限られます。

現在、スマートフォンのタッチパネルやリチウムイオン電池などに利用され、実製品として日常に浸透し始めてきた導電性高分子材料ですが、ここには白川英樹博士から始まる様々な人々の研究の成果が凝縮していると言っていいでしょう。

有機導電材料に対して無機導電材料(鉄や金などの金属を指す導体、シリコン半導体やSiCパワー半導体などを指す無機単結晶半導体)があります。無機導電材料は非常に硬い物質であるため、長期間安定的に動作できるといった製品寿命である点、電子移動度が高くデバイスの性能指数が優れている点などが長所にあげられますが、一方で曲げようとすれば簡単に壊れるといった機械強度の低さ、高温での製造が求められるといった製造コストに欠点も持ち合わせています。

それに対して、有機導電材料はその性質から、柔らかく曲げたり、液体に溶かしたりことが可能です(図1)。デバイス化する際に塗布や印刷での製造が可能な素材、無機デバイスに比べて安価大量製造が可能な素材、軽量性に優れた素材など様々なものが存在し、その結果、無機導電材料では到底成し得ない製品特長や新しい用途活用が可能な素材です。

図1:有機導電材料(導電性高分子・有機エレクトロニクス)の特徴と製品例

有機導電材料はこれからも我々の生活にますます浸透していくでしょう。例えば、軽量化や生体親和性や薄型化が可能な特徴からあらゆるデバイスにウエアラブル/ポータブル性を持たすことができたり、液体に溶かしておいてまるでネイルのように容器からブラシで必要な時、必要な個所に塗って使うような製品が未来で待っているかもしれません。

本レポートでは、2009年以降の直近10年間の世界の特許、グラント(公的研究費)、ベンチャー企業等の公開情報をベースに、近年の有機導電材料の技術研究を紹介します。

今回技術を紹介するにあたり、有機導電材料を用途別に以下の8分野に分けました。

  1. 医療分野素材
  2. 福祉分野素材
  3. 発電・エネルギーハーベスティング材料
  4. 省エネルギー用材料
  5. ウエアラブル・生体情報センシング材料
  6. 工業用材料の代替
  7. 農業分野材料
  8. ディスプレイ・照明・透明材料

まずは有機導電材料の技術革新が進むことでどのような近未来を描けるかを8分野ごとにまとめています。

有機導電材料(導電性高分子・有機エレクトロニクス)への期待と近年のニュース
(参考文献 A,B,C)

続いて、特許、グラント、ベンチャーの順で具体的な情報解析を次項から述べることにします。

2. 世界の特許情報解析

まずは世界で出願された特許についてみていきます。2009年からの10年間、世界全体で有機導電材料領域には10万件を超える出願がなされており、中でも件数の多かった国は日本と中国でどちらも約23,000件でした。次いで米国19,000件程度、韓国14,000件程度と続きます。

世界の特許 国別出願推移(上位10か国)
(2009~2020年の全世界出願 109,223件 メイン出願人帰属国単位、ファミリー寄せなし)

特許出願数の推移を見ると、2018年時点でのトップは中国、二番手グループは米国・日本・韓国の3か国となっており、これらの国が本領域における特許出願主要国といえるでしょう。

中国は、2006年に国務院が科学技術・イノベーション政策の長期的な基本方針である「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006-2020年)」を発表しており、これまでのマイクロバイオームなどでの解析結果同様に、本領域でもこの10年の出願数の伸びは顕著です。

二番手グループをみると、米国や韓国は毎年安定的な出願数をキープする一方、2009年時点ではトップであった日本の出願数は年々減少しており、数年以内に二番手グループからも脱落する懸念があります。

続いて具体的な特許の内容を検討するため、2009年以降、日本・米国・欧州3極の特許庁並びに世界特許機関(WIPO)に出願された英文表記の有機導電材料関連特許(以下、4極特許)約40000件に絞り、出願数をランキングしました。

2009年以降4極特許(米国特許、欧州特許、日本国特許、国際公開特許)の出願人ランキングトップ20

20位までには韓国、日本企業が多く並んでいます。出願件数トップはLG化学で630件ですが、第2、8、11位はサムスングループの企業であり、グループ3社を合わせれば1位を超えた1,000件以上の特許を出願したことになります。

日本は20位までに10社ランクインしており、この領域の特許を多く出願する企業、つまり比較的有機導電材料分野に力を入れている企業が多い国といっていいでしょう。しかし先ほど述べたように、日本全体の出願件数は右肩下がりですので数年後には日本の企業がほとんどランクインされない状況になるかもしれません。

概ね誰もが知る企業が表に並ぶ中、14位にはNanotek Instruments社がランクインしています。この企業は1997年に創立したスーパーキャパシタ、燃料電池、次世代バッテリーなどのエネルギー貯蔵デバイスメーカーですが、有機導電材料であるグラフェンの製造に関する最初の特許を取得した企業でもあります。グラフェンは2010年にノーベル物理学賞を受賞した素材で有名ですが、電気をよく通し、丈夫で熱にも強いなど、これまでの素材にはない優れた性質を持つことから、電子デバイス、自動車や航空宇宙用材料分野で研究開発されている素材です。またその透明性を利用し、折り曲げられるディスプレイとしての用途もあります。

分野別特許件数年次推移

次に、この特許出願件数を8つの分野別に年次推移を示します。

有機導電性材料8分野別の特許出願件数(年次推移)

「発電・エネルギーハーベスティング材料」、「ディスプレイ・照明・透明材料」、「ウエアラブル・生体情報センシング材料」の3つは、他分野に比べ特許出願件数が一桁大きいことがわかります。またこの中の「ディスプレイ・照明・透明材料」分野の特許出願数は多いながらも近年やや減少傾向にあり、これは研究がかなり成熟している証と言えるでしょう。例えばサムスンでは2020年現在、スマホ向け主力ディスプレイパネルのうち有機ELディスプレイが約30%にまでに高まっています。加えてLG Electronics社やシャープ社がプロジェクタスクリーンのようなローラブルテレビを開発したり、サムスン社やRoyole社が折り畳みスマートフォンを開発したりと、有機導電材料の特徴を活かした具体的な製品化が活発になっていることからも成熟度の高さがうかがえます。

「ウエアラブル・生体情報センシング材料」に関する特許は緩やかながら増加傾向であることがわかります。IoT×衣服、IoT×電子皮膚など、柔らかな素材ゆえに、人の動きにも柔軟に形状を変えることのできる素材がこれからのセンシング材料のトレンドになると期待されています。

最近の興味深い特許事例

2. 世界のグラント(公的研究資金)情報解析

次に、世界のグラント情報を見ていきます。弊社保有のグラント情報から2009年以降に開始された有機導電材料に関する研究テーマは約5,500件あり、そのテーマ数や配賦額を下記に示しました。

2009年以降の各国グラントテーマ件数と総配賦額(米ドル換算)
2009年以降の大学・研究機関別グラント採択ランキングトップ20
国別のグラント件数(年次推移)

全体の4割に当たる2,300件ほどを日本が占めることや、大学・研究機関別トップ20中16の日本の大学や研究機関であることから、世界の中でも日本はトップクラスで有機導電材料研究が盛んな国と言えるでしょう。

ただ、グラントでも中国が年々件数を増やしており、中国の躍進が見られます。表3のランキングトップである中国科学院は国直属の研究施設であり、自然科学など様々なテクノロジーに関する複数の研究所などを有しています。世界最大規模の科学研究機関と言われ、著名な科学雑誌にトップクラスで掲載されており、今後も有機導電材料の分野のみならず様々な分野での躍進を続けていくでしょう。

分野別グラント件数年次推移

8つの分野別での年次推移を図5に示しています。比較的多くの用途で件数が増加傾向にあるのがわかります。

分野別のグラント件数(年次推移)

最も件数が多い「ディスプレイ・照明・透明材料」分野には有機ELディスプレイに関する研究に加え、近年はそれ以外のプラズモン共鳴や3次元トポロジカル超伝導体を用いた新しい発光デバイス・レーザーデバイスにつながるような素材の開発研究が顕著です。

次に、最近の興味深いグラント事例を示します。グラントでは8つの分野だけでなく新しい有機導電材料の合成に成功したなど次世代有機導電材料につながると期待されるその他の例も紹介します。

最近の興味深いグラント事例

4. まとめと展望

現在の世界を見渡すと、先進国では軒並み高齢化し、SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)への取り組みの重要性が日に日に大きくなり、さらには世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスによるCovid-19問題も起きています。このような状況にある今、市場/産業/消費者行動は大きく変容することが求められ始めています。おそらくこの変容は、従来あるものを使うだけでは解決できないことがあるでしょう。その点も踏まえて表1を改めて見てみると、有機導電材料の発展が我々の未来に対して大きな手助けをする可能性が見えてくるのではないでしょうか。自分の周辺のウイルス検出にウエアラブルウイルスセンサを搭載したり、地球環境にやさしくない材料の代わりとなる有機導電材料の開発が多くの人々の生活環境を助けたり、加齢に伴うあらゆる機能低下の補助が期待できるなど、有機導電材料は生活空間の隅々まで広がってゆくことでしょう。

(アスタミューゼ株式会社テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、*武藤奈央、井津健太郎)

5. 参考文献

  • A. Akihisa Inoue, Hyunwoo Yuk, Baoyang Lu, Xuanhe Zhao, Sci., Adv. 2020;6: eaay5394
  • B. Benjamin C., Alex Chortos, Andre Berndt, Amanda Kim Nguyen, Ariane Tom, Allister McGuire, Ziliang Carter Lin, Kevin Tien, Won-Gyu Bae, Huiliang Wang, Ping Mei, Ho-Hsiu Chou, Bianxiao Cui, Karl Deisseroth, Tse Nga Ng, Zhenan Bao, Science., 2015;350: 313-316
  • C. Binbin Ying, Qiyang Wu, Jianyu Li, Xinyu Liu, Mater. Horiz., 2020;7: 477-488