「水素エネルギー社会」に直結する次世代技術はこれだ! ~世界の特許出願動向と注目技術領域解説~

「水素エネルギー社会」に直結する次世代技術はこれだ! ~世界の特許出願動向と注目技術領域解説~

目次

  1. はじめに
  2. 「水素エネルギー社会」を構築するための関連技術領域動向
    1. 世界の水素エネルギー社会関連技術特許出願動向
    2. 「水素エネルギー社会」を形成する技術のテーマと8の技術領域
  3. 世界の「水素エネルギー社会」関連8の技術領域別注目技術
    1. 水素エネルギーインフラ
    2. 水素エネルギーアプリケーション
    3. 水素バリューチェーンを支える安全保守
  4. まとめ

1. はじめに

2016年11月に発効した、気候変動に対応する国際的な枠組み「パリ協定」は、気温の上昇の原因となる温室効果ガス(二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素等)の排出を今世紀後半に実質ゼロまで下げるという排出ゼロ目標を掲げています。温室効果ガスの排出を減らす手段として再生可能エネルギーの活用が挙げられますが、エネルギー供給の不安定さが課題になっており、水素をエネルギーキャリアの中心として利用する「水素エネルギー社会」が期待されており、これを構築するための動きが世界的に活発化してきています。

水素エネルギー社会の形成のためには、水素の製造から輸送・供給により広く社会のエネルギーサービスへと活用するための水素インフラを構築する必要があります。日本では早い段階から水素燃料電池など技術開発に先行して着手していますが、水素インフラをエネルギー基盤として構築するに至っていません。一方で中国や欧米を中心に温室効果ガス削減の観点から水素社会構築へのインフラ整備が急速に進みつつあります。

水素を社会で広く活用するためには、まず低コストな水素製造技術が必要です。現状流通する水素ガスは水酸化ナトリウム製造や製鉄、石油化学工業における各種工業プロセスでの副生成物としての水素が中心で、これを再生可能エネルギーや太陽光を用いた光触媒による水の電解や、バイオマスの分解などを中心としたカーボンニュートラルプロセスに転換していく必要があり、その上で低コストの水素製造技術が望まれます。また、水素自体は非常に軽く液化温度が-253℃と非常に低い可燃性ガスであることから、輸送にも大量のエネルギーを使用します。このエネルギーキャリアである水素を安全かつ効率的に輸送してエネルギーを使用する顧客まで届ける技術の確立も重要です。

水素の貯蔵法として圧縮・冷却以外にも、水素吸蔵合金などの無機系材料や、有機ハイドライド、アンモニアなどの水素キャリアに変換した素材を用いる方法が提案されて実証段階にあります。再生可能エネルギーからの電気エネルギーにより水素生成ではなく、直接還元状態の水素キャリアを生成し、エネルギーを利用するオンサイトにて水素を発生させるようなプロセスの実証研究が、JXTG、千代田化工・東京大・オーストラリアのクイーンズランド工科大および政府機関の共同研究として推進されています。この水素キャリアはいかに低エネルギー消費で生成と水素放出を、実用レベルの放出速度でガス化できるかという点が技術開発のポイントとなっています。特にこれら水素キャリアでは、高圧タンクなどの設備が必要なくなり、爆発の危険性なども大幅に低減することが期待されます。

一方、水素の製造コスト低減には水素エネルギーの大幅な需要拡大も並行して必要であり、「水素閣僚会議」のアクションアジェンダではモビリティ分野へのインフラ整備や市場拡大に注力することが採択されています。しかし、水素自動車の開発の盛り上がり時とは異なり、自動車に留まらずバスやトラックなどの大型車や航空機、船舶、ドローンなど幅広く水素が動力として用いられるような開発が進められています。さらには、モビリティ領域だけでなく、再生可能エネルギーの変動を低減するための畜エネデバイスや、これをグリッド上に配置して余剰電力を畜エネし、需要ピーク時に電力供給するようなエネルギーグリッドや、家庭・地域でのマイクログリッドにおける再生可能エネルギーの活用を支えるための畜エネデバイスとしても水素エネルギーを活用することで、完全にカーボンニュートラルなエネルギーの自給自足を目指し、ビルや家庭や工場での活用も目指しています。

さらに、社会インフラとして水素の活用を拡充する点で重要なポイントの一つとして、水素の安全性確保があります。高圧水素での貯蔵は簡便である一方で爆発の危険性があり、特にモビリティへの活用は、水素スタンドでの充填時の火災や車載タンクの経年劣化による爆発などが危惧されます。さらには、水素原子が金属に吸蔵されることで金属素材の靭性が低下しもろくなる「水素脆化」が起こり、突然タンクが破断する危険性が知られています。さらには、水素の漏洩により爆発の危険があり、水素環境下での金属材料の耐水素脆化は材料課題として重要です。さらには、それらの水素関連機器の安全性を経年的に維持するための、水素漏れ検出センサや水素取扱の自動化によるヒューマンミス起因の事故防止技術や、IoTを使った水素機器の常時モニタリングによる自動異常検出技術などは、安全な水素エネルギー社会を支える基盤技術としてさらなる進化が求められます。

今回アスタミューゼでは、「水素エネルギー社会」の構築に直結する主な次世代技術8領域を定義し、水素バリューチェーン上での(1)「水素エネルギーインフラ」に関する技術、(2)「水素エネルギーアプリケーション」に関する技術、(3)「水素バリューチェーンを支える安全保守」に関する技術の観点からマッピングを行い、温室効果ガスの主要因であるCO2の排出源セクターごとの対応について整理しました。すでに実用化が進められている技術とそれを用いたスタートアップについては2020年9月11日付の記事で紹介しました。本校では、同様の次世代技術8領域における技術の詳細、特には8領域においてインパクトが大きな技術の特許およびそれを保有するプレイヤーを技術領域ごとに解説します。

2. 「水素エネルギー社会」を構築するための関連技術領域動向

2-1. 世界の「水素エネルギー社会」関連技術の特許出願推移

水素エネルギー社会の形成技術全体の特許出願動向を、出願数上位の国について示しました。ここでは自国以外に出願した特許のみについて集計しています。エネルギー自給率の低い日本では、ほぼ無尽蔵に分布する水、食品廃棄物や下水汚泥、廃プラスチックなど多様な資源から製造できる水素はエネルギー安全保障の観点からも期待が大きく、2001年以降出願数は世界でもトップで、2位グループの韓国、米国、ドイツの約3倍となっており、世界をリードする技術を多数保有することが示されています。しかしながら、2008年ごろのピークから減少傾向にあり、一方で韓国、フランスなどは増加傾向にあります。

出願人/譲受人の国籍別特許出願数の年推移(2000-2017)

2-2.「水素エネルギー社会」を形成する技術のテーマと8の技術領域

「水素エネルギー社会」の構築に貢献する主要技術8領域を定義し、水素バリューチェーン上での(1)「水素エネルギーインフラ」に関する技術、(2)「水素エネルギーアプリケーション」に関する技術、(3)「水素バリューチェーンを支える安全保守」に関する技術を各要素技術として8領域を以下に示した。

  1. 水素エネルギーインフラ
    1. 水素製造・水電解
    2. 水素吸蔵材料・キャリア変換
    3. 水素の輸送・圧縮・供給
  2. 水素エネルギーアプリケーション
    1. 燃料電池
    2. 水素タービン/エンジン
    3. エネルギーサービス・グリッド/2-4自動車・その他輸送技術
  3. 水素バリューチェーンを支える安全保守
    1. 水素バリューチェーンを支える安全保守

この8つの技術領域別において、各領域別での特許出願動向を示しました。

技術領域別特許出願数の年推移(2000-2017)

特に家庭用や自動車、モバイル機器など、さらには工場や発電所まで用途の幅が広い燃料電池の件数が飛びぬけて高く、一方2006年付近をピークとして、出願数は減少傾向にあり、基盤技術は既に完成している技術といえます。また、燃料電池以外の領域の出願傾向を拡大したプロットについて、以下に示しました。水素製造、自動車・その他輸送技術、水素タービン/エンジンなど多くの領域で2010年前後ピークを示したのちに減少傾向にあり、燃料電池同様に基盤技術の開発が終了しているとともに、より高効率・高耐久の実用に向けた開発が進行していることが考えられます。一方で、水素圧縮・供給技術やキャリア技術など生成した水素を輸送するための技術は引き続き増加する傾向で、材料面・耐久性の面から開発が続いている領域と考えられます。特に、2010年程度以降では、一旦水素燃料電池自動車の開発が下火になったため、自動車会社中心で推進されてきた経緯のある水素エネルギー関連技術は減少傾向にあり、一方で、基盤的な技術はおおよそ完成しており、実用化・サービス化のフェイズにあると考えられます。特に水素エネルギー関連技術で多くの特許を持つ日本企業はいよいよ開発した水素エネルギー技術を世界で実用化するビジネスチャンスが到来していると期待できます。

技術領域別特許出願数の年推移(2000-2017:拡大)

特許の「価値」はそれぞれ異なるため、出願数をもって技術力を評価することはできません。特許の被引用履歴に基づいたアスタミューゼ独自のスコアリングを行い、「水素エネルギー社会」の構築に貢献する主要な8つの技術領域ごとにスコア上位の特許を保有する企業・大学・研究機関のランキングを示しました。

3. 世界の「水素エネルギー社会」関連8の技術領域別注目技術

3-1. 水素エネルギーインフラ

3-1-1. 水素製造・水電解

Marathon Oil(米)、Marathon Petroleum(米)は石油や天然ガスの開発や製造、PPG Industries(米)は化学メーカーである。燃料電池メーカーであるIdaTech(米)は2012年に同じく燃料電池メーカーであるBallard Power Systems(加)に買収されている。Hall Labs(米)からのスピンアウトであるベンチャー企業のH2Gen Innovations(米)は、炭化水素燃料から低コストに水素を製造可能な、コンパクトな統合化学反応器に関する有望な技術を有し、水素製造のプレイヤーとして成長することが期待される。

※出願件数は当該技術領域における各社の出願数(以下同じ)

3-1-2. 水素吸蔵材料・キャリア変換

スコア上位に米国、オーストラリア、シンガポールの大学が位置し、他の領域に比べ大学の存在感が強い。Air Products & Chemicals(米)はガスや化学薬品のメーカーである。本領域は開発途上で活発な研究が行われており、一例として、2019年にJXTGエネルギーや千代田化工建設らは、水素キャリアである有機ハイドライドの製造時に、従来の水素からの変換でなく、水とトルエンから直接に製造する「有機ハイドライド電解合成法」を開発し、工程の大幅に簡略による低コスト化を可能にした。

3-1-3. 水素の輸送・圧縮・供給

上位の特許・企業では、迅速な水素の充填や自動化が行われている。ベンチャー企業のPlug Power(米)は、スコア上位の有望な水素ステーション技術を有する当領域のリーディングカンパニーであり、2020年には、$200Mの大規模資金調達を行っている。2016年にQuantum Fuel Systems Technologies Worldwide(米)はプライベートエクイティであるDouglas Acquisitions(米)によって買収されている。Gas Technology Institute(米)は天然ガスなどのエネルギーと環境の課題を研究する非営利の組織である。

3-2. 水素エネルギーアプリケーション

3-2-1. 燃料電池

燃料電池は特許の出願が多い領域であり、ベンチャーから大企業まで多彩なプレイヤーが競合している。水素キャリアとしてのメタノールや生物学的な分解によって発生した水素イオンや電子の利用など、水素そのもの以外の物質を利用する燃料電池の開発も活発である。日本企業では東芝が燃料電池の材料からシステムまで幅広い特許を出願している。5位のXebec Adsorption(加)は、燃料電池の効率化でスコア上位の有望な技術を有し、積極的にグローバル展開を行っており、2020年には、CA$10Mの大規模資金調達を行っている。

3-2-2. 水素タービン/エンジン

水素での利用を想定した内燃機関の他に、二酸化炭素や窒素酸化物などの削減を目指し、水素などの環境負荷の小さい燃料を使用できるよう既存の内燃機関に後付けするシステムが上位にあがっている。スコア上位のClean Energy Systems(米)はロケット推進技術と同じ原理を利用した、クリーンなガス状などの燃料をガス状酸素で燃焼する装置、Omnitek Engineering(米)は、エンジンを多燃料エンジンに変換する装置・システムを提供するベンチャー企業である。

3-2-3. エネルギーサービス・グリッド

電力送電網に組み込む水素の製造装置やそれらを使用したシステムが見られる。Cummins(米)はエンジンや発電機などパワーソリューションのメーカーである。ランクの上位に位置するConnexx Systems(日)は、種類の異なる蓄電池からなる相乗的に性能を向上させたハイブリッド蓄電池など高性能蓄電池技術を持ち、2018年には10億円の資金調達に成功している。

3-2-4. 自動車・その他輸送技術

上位にはトヨタ自動車(日)、BMW(独)、本田技研工業(日)、現代自動車(韓)といった大手自動車メーカーの燃料電池自動車やハイブリッド自動車に関わる出願が見られる。Aptiv(米)は大手自動車部品メーカーである。特許出願件数上位も大手自動車メーカーと部品メーカーに占められており、スコアではランク外であるが、日産自動車(日)の出願も多い。

3-3. 水素バリューチェーンを支える安全保守  

3-3-1. 水素バリューチェーンを支える安全保守

上位には、水素原子により金属素材の靭性が低下し、もろくなる「水素脆化」や、一定の引張荷重を受けている金属材料が突然破断する「遅れ破壊」を防ぐための金属材料の特許がランクインしており、日本製鉄(日)や神戸製鋼(日)、NTN(日)といった日本企業が活躍している。この領域では他にも水素ガス漏れを検出するセンサや、水素自動車や水素ステーションの安全性を高める構造の出願が見られる。

4. まとめ

本稿では、「水素エネルギー社会」を構築する基盤技術に関わる特許について、アスタミューゼ独自の特許スコアリングをもとに上位のスコアの技術を保有するプレイヤーについて紹介しました。

2000年代前半の水素燃料電池自動車開発の盛り上がりの時とは異なり、近年では、温室効果ガス排出低減の観点から、再生可能エネルギーを拡充して活用する社会の中で、発電量変動の大きな自然エネルギーを利用する再エネの安定化を大きな目的の一つとして、エネルギーキャリアとして水素を活用することが提案されており、世界中で官民が一体となり、幅広く実用技術の開発競争が活発化してきています。

特に、エネルギー自給率の低い日本では、多様な資源から製造できる水素はエネルギー安全保障の観点からも期待が大きく、2017年に「水素基本戦略」を策定し、2050年のビジョンを基に2030年までの行動計画を作成するなど、水素エネルギー社会の実現に力を入れている主要国の1つとなっています。

特許の件数においても水素燃料電池はもとより、幅広い水素エネルギー活用技術が日本を中心に開発されてきた経緯からも、質・量ともに世界最高レベルの技術を多くの日本企業が保有することを示しました。「水素閣僚会議」のアクションアジェンダではモビリティ分野へのインフラ整備や市場拡大が採択されており、水素自動車の開発の盛り上がり時とは異なり、自動車に留まらずバスやトラックなどの大型車や航空機、船舶、ドローンなど幅広く水素が動力として用いられるような開発が進められています。

また、モビリティ領域だけでなく、再生可能エネルギーの畜エネデバイスや、それを用いたエネルギーグリッドや家庭・地域でのマイクログリッドにおいても、水素エネルギーを活用することで、完全にカーボンニュートラルなエネルギーの自給自足を目指しています。

また、社会インフラとして水素の活用を拡充するポイントとして、水素の安全性確保があり経年的に設備を維持・管理するためのセンサや水素供給の自動化、IoTを使った水素機器の異常検出技術などは、水素エネルギー社会の安全を支える重要技術として進化し続けています。

水素エネルギー関連技術は特許出願において総じて減少傾向にあり、基盤的な技術はおおよそ完成し、実用化・サービス化のフェイズにあると考えられます。特に水素エネルギー関連技術で質・量ともに高いレベルの特許を持つ日本企業は、いよいよ開発した水素エネルギー技術を世界で実用化するビジネスチャンスが到来しており、日本企業の一層の活躍が期待されます。

(アスタミューゼ株式会社テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、米谷真人、*高田恵子)