今からでも遅くない!各産業のゲームチェンジャーとなりえる量子技術の導入・R&D投資は最新萌芽技術の選択が決め手③(全8回)~世界の研究開発動向と有望技術解説~ 第3回 量子センサーで実現する微小センシング

目次

  • 量子センシング・量子センサーによる微小量計測とは
  • 領域における主要な国の研究開発費とロードマップ
  • 各国の研究投資動向
    • 国別グラント推移
    • 国別グラントランキング
    • グラント流入機関ランキング(世界・日本)

量子センシング・量子センサーによる微小量計測とは

量子技術の深化の課程で、単一や少数の量子を精度よく検出する量子センシングの技術は重要であり、これまでの研究開発の中でいかに微小な量子状態の変化を検出するかという技術が研鑽されてきました。また、この量子の状態を検出することで、周囲の状態を認識するセンサーデバイスに応用することを量子センサーと呼びます。計測・センサー技術はICT化が進む現在の社会においては、いわば社会の「感覚器」として重要な要素技術であり、特に医療や、ウェラブル機器、セキュリティ・防災などでの微小な周囲の変化量の計測や、さらには微量のサンプルの物性を計測する技術は、素材・化学・医薬の開発などに有用であり研究開発の高速化が見込まれます。この領域はもともと量子コンピュータや量子ネットワークのための量子を扱う要素技術や、外界からのノイズに作用されやすいという量子の不安定性を逆に活用した量子派生技術ですが、微小量計測や精密イメージングという広い活用が見込まれる領域であり、応用研究が大学・研究機関はもとより企業でも進み、理想的な量子コンピュータシステムよりもむしろ早い実用化が見込まれます。

量子センシング・量子センサー領域は、量子コンピュータで用いられるスピン量子や、量子通信で用いられる光子の「もつれ」の特性を制御・操作・観測する量子技術における重要な要素技術です。一方で、これらの量子は外界のノイズにより変化したりもつれ状態が解消されてしまったり、非常に不安定であるため、これらの量子の特性を利用して量子自体を検出することおよび、外界により影響を受けた量子を観測することにより、周囲の状況を検出することで、もともとノイズの影響を受けやすい量子の特性を逆手にとり、微細な情報をセンシングできるという応用にフォーカスした領域になります。例えば、光量子である単一光子の生成とその検出技術の応用による高精度のイメージング技術や、単一の量子状態の生成とその磁性の検出により、地磁気や生体の微小磁気を解析して地球の活動や生命の活動に対する知見を得ることなどが可能となります。また、冷却した原子を用いた原子干渉計では、原子またはイオンの量子力学的振る舞いが重力に影響を受けることを利用し、超精密重力測定により地球の重力場や勾配を測定し、GPSよりも高精度な位置情報や姿勢情報の検出したり、大規模断層崩壊など地球内部の活動を検出し地震の予兆に役立てる技術なども応用として目指されています。一方、これまでは超電導回路を用いた量子システムのため極低温でなければスピン量子を安定して生成できない課題がありましたが、近年ダイヤモンドの結晶欠陥を利用して単一スピン量子を室温での長時間(マイクロ秒オーダー)で生成する研究が進展しており、これにより生体内でも検出できるセンシング方式の開発が進んでいます。また、これらの量子をセンシングする要素技術として重要な極短(フェムト秒・アト秒)パルスレーザーの開発も、量子センシング技術を深化させる重要要素技術であり、大きな研究投資が各国の国家プロジェクトとして動いています。

量子センシング・量子センサー領域における主要な国の研究開発費とロードマップ

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この量子センシング・量子センサー領域への未来技術開発に対する投資額として国費からの支出である世界の研究費(グラント)の2009年以降の推移を示しました。材料およびデバイス領域の開発が中心であるこの領域は、量子コンピュータや量子ネットワークの投資が大きな国を中心に投資額としても大きいですが、応用がより近く、かつセンサー・センシングという応用面での波及効果の大きさから、量子コンピュータや量子通信よりも大きな研究グラントの投資が進んでおり、量子コンピュータ・量子通信の技術の進展とともに、より高精度・高安定性のセンサー開発が進展すると考えられます。また、社会へ実装される応用面でも早期の実用化の可能性が高く、学術的な研究への投資だけでなく応用面を中心にした投資が今後も加速すると期待されます。

国別グラント額推移(2009-2018:USD換算)
世界研究費推計:US$ 18.6 Bil (2009-2018年)
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量子センシング関連重大ニュース

  • 2009:産業技術総合研究所の洪鋒雷、安田正美らが世界に先駆けてイッテルビウム光格子時計を開発
  • 2017:ベルリンのフェルディナント・ブラウン研究所のチームはレーザー冷却および、極低温ルビジウム原子の原子干渉計に最適化された微小集積ダイオードレーザを用いて宇宙における初のボーズアインシュタイン凝縮体(BEC)を証明
  • 2018:米国のAO SenseとNASAの合同チームは世界で初めての量子技術を用いた小型重力センサーを発表し、宇宙衛星用途への開発を推進中
  • 2019:京都大学化学研究所の水落憲和、産業技術総合研究所の加藤宙光らは、人工的に合成したリンドープn型ダイヤモンドを用い、NV中心(窒素―空孔中心)の室温での世界最長電子スピンコヒーレンス時間(T2)と、固体量子センサーでの世界最高磁場感度実現に成功

各国の研究投資動向

世界における量子センシング・センサー関連技術に対する、グラントの国別推計では、世界全体で総額US$ 18.6 Bilが直近10年で国からの研究費として支出されており、量子技術全般で先行企業の多くを有する米国が最も多いが、一方で、中国や次代の中心産業創生を目指す英国、さらにはデバイス・材料面でも強みを持つ日本においても多くの研究投資を行っており、実用化も近いことから競争が過熱しています。また、スイスやフランスなどでも年々投資額が上昇しており、量子コンピュータとは違い比較的近い実用化を目論んで各国が基盤技術と応用技術両面から量子センシング・量子センサー技術のビジネスチャンスを狙っている状況にあります。日本は量子コンピュータや量子通信技術の研究開発の過程で、材料・デバイスの側面から量子センシング技術に対しても先行的に投資を行ってきた経緯があり、世界的にもリードした技術を保有しており、今後も実用化に向けた継続的なグラントの投資が行われ、継続的な人材の育成と量子センシング・量子センサー技術の強みを維持していくと考えられます。

世界グラント推計ランキング
総額US$ 18.6 Bil (2009-2018年) pic03.png

量子センシング・量子センサー技術の対象としては、スピン量子と光量子の大きく2種類が存在します。これは量子コンピュータがスピン量子、量子通信が光量子を扱うところから派生しており、それぞれの特徴を活用したセンサー応用が模索されています。さらには、量子派生技術から転じて量子センシング・量子センサー技術は独自の領域として今後も発展してゆくと考えられ、特に量子コンピュータや量子ネットワークからの直接の派生ではない、新規の量子系についての研究開発が進むと予想されます。例えば、ダイヤモンドの欠陥において室温でも安定して生成するスピン量子や、レーザーによる低温化技術と量子生成・観測技術を用いた原子干渉計によるセンシングなど、今後はセンシシング用途に特化した量子系が次々と開発されると予想されます。

米国では量子コンピュータや量子ネットワークの研究で比較的優位なUC群やMITと共に、各領域で特色のある大学にも大型投資を行っており、カンザス州立大ではJ.R.マクドナルド研究所での、高輝度極短パルス(フェムト秒・アト秒)レーザーの形成とこれを用いた原子・分子光学研究への大規模投資や、フロリダ州立大での磁性センシングの応用研究などに大型投資が進められています。中国では量子ネットワークで中心的に開発を進める中国科学技術大や量子センシング基盤技術開発を中心的に進める复旦大・上海交通大などへの大型研究投資が国家戦略として進められています。大規模な量子研究センターを特定の大学に設置する戦略をとる英国では、量子技術の中心的な立ち位置をとるオックスフォード大のみならず、バーミンガム大を中心とした量子センシング技術の研究センターが設置され、応用に向けた産学連携研究が進められています。日本では、日本発の技術としての光格子時計技術や、極短パルスレーザーの技術開発および、最近では窒素-空孔欠陥ダイヤモンドを用いたセンシング材料技術を中心に投資がなされており、量子コンピュータ・量子通信関連技術で先行する東京大、理研、大阪大、京都大、筑波大などへの基盤技術への投資が多い状況です。一方、量子センシングで注目される領域の生物や地球科学への応用に関連する研究投資があまり見られない状況にあります。スイスでは、ETHやEPFLやバーゼル大やベルン大などの研究有力大学への集中的な投資が行われており、特に原子冷却や光量子もつれの制御・観測技術などの基盤技術への投資が中心的です。

既に、米国や欧州を中心に原子冷却技術を用いた慣性・重力センサーなどの実用化が報告されつつあり、量子技術の中でも比較的実用化の早い技術とされているのが、この量子センシング領域であり、今後はより実用面での用途開発が進むと考えられ、特に欧米を中心に産学での連携が量子技術の中ではより進んでいる領域であり、日本においても、応用の可能性が高い生物領域や地球科学および航空宇宙領域での実用に向けた産学での議論を加速させるような研究開発投資と領域をまたぐ人材の育成が重要と考えられます。

「量子センシング・量子センサー」グラント資金流入額上位10機関(世界)
研究費推計(2009-2020年総額) pic04.png
「量子センシング・量子センサー」グラント(科研費)資金流入額上位7機関(日本)
研究費推計(2009-2020年総額) pic05.png

これらの上位研究機関は、既に研究資金とは別に特定の大型プロジェクトや企業との共同研究が展開されていることが世界的に多く、投資により技術と人材のネットワークハブを形成し、そこで生まれた技術や人のつながりが新たな投資を生むという技術開発の好循環を生み出す中心地として機能することから、このコミュニティの成熟が量子技術の発展において重要です。今後、量子センシング・量子センサーの日本の存在感をさらに高めるためには、これらの研究機関への集中的な投資と、企業-アカデミア間での人材交流を含めた量子センシング・量子センサー技術の活用を目指す応用技術の開発が重要です。

第4回では、同領域における技術詳細について解説いたします。