情報化社会の未来をになう量子エコシステム&量子コンピュータの実現は遠い? トップの国・企業はどこ? ~特許から見える量子計算・量子通信・量子計測の現在と未来~

情報化社会の未来をになう量子エコシステム&量子コンピュータの実現は遠い? トップの国・企業はどこ? ~特許から見える量子計算・量子通信・量子計測の現在と未来~

著者:アスタミューゼ ミシェンコピョートル 博士(工学)/ 源泰拓 博士(理学)

量子エコシステムとは?

2023年3月22日に内閣府は情報化社会の未来をになう「量子エコシステム」の産業化を促進させる「量子未来産業創出戦略」を策定しました。「量子エコシステム」とは? と疑問に思ったかたも多いのではないでしょうか。

量子エコシステムとは「量子技術にもとづいて構築された総合的なシステムや産業のエコシステム」をさします。そこに含まれる技術は、

  • 古典コンピュータの計算能力をはるかに超える量子コンピュータ
  • 古典インターネットではけっして到達できない安全性を提供する量子インターネット
  • 古典的センサでは原理的に達成できない精密測定を可能にする量子センサ

等です。「古典コンピュータ」は従来の電気回路によるコンピュータであり「富岳」などのスーパーコンピュータもふくみます。

量子エコシステムの基盤技術となる量子計算・量子通信・量子計測は、いささかエキゾチックな量子効果(量子重ね合わせや量子もつれなど)に依存する成長分野です。

量子エコシステムの開発は、情報処理のニーズが増大し続ける、情報化社会の将来にとってきわめて重要です。どのような国や企業がこれらの技術に取り組んでいるのか、アスタミューゼが構築しているデータベースにより関連技術情報を深掘りし、量子エコシステムの現状と今後の展望について見ていきます。

量子情報処理の基礎知識

量子の世界においては、「量子重ね合わせ」と「量子もつれ」という不思議な現象が発現します。「量子重ね合わせ」とは「0」と「1」の2つの情報を1つの量子ビットで同時に表現できる現象です。「量子もつれ」とは、複数の量子系がたがいに関係づけられ、相互に依存する状態をさします。この状態では複数の量子ビットを同時に操作できます。これらの性質を利用することで「0」と「1」の両方の情報をあわせもつ量子ビットを複数、同時にあつかえることになります。

このように量子情報処理では、古典情報処理とはことなるアプローチをもちいることで、これまでにない高速な計算や高度なセキュリティを実現できます。

量子エコシステムに関する国別・企業別の特許スコア

現時点では、高速の量子コンピュータ、高セキュリティの量子インターネットは実用的な段階ではありませんが、実用化にむけた研究や技術開発は活発におこなわれています。

図1:量子エコシステムに関連する特許出願件数の推移(2001年~2021年)

図1は、量子エコシステムに関する特許の国別の出願動向です。2001年以降、全体で約11,000件が出願されています。出願件数は2020年までは増加傾向にありましたが、2021年以降は減少傾向にあります。また、全期間において、米国からの出願件数が圧倒的に多くなっています 。

量子エコシステムに関わる出願特許の「価値」を評価するためのスコアを算出しました。アスタミューゼ独自の特許価値評価ロジックにもとづき、特許1件ごとの価値をしめすパテントインパクトスコアを計算し、さらに帰属国、出願人ごとにトータルパテントアセット(総合特許力)を算出しています。

トータルパテントアセット(総合特許力)の帰属国別ランキングを図2に、企業別ランキングを図3にしめしました。対象とした特許は2001年から2021年に出願された全世界です。

図2:出願特許の帰属国別トータルパテントアセット

国別では、出願件数、トータルパテントアセットのランキングともに、米国が圧倒的に優位です。2位と3位にはカナダと日本が拮抗した状態でランクインしています。ここでは2位のカナダに注目です。また、4位と5位の韓国と中国も拮抗した状態です。最後に、EU加盟国が6位以降にランクインしていますが、それらのトータルパテントアセットを合計しても日本や中国の水準にはおよびません。

図3:出願特許の出願人(企業・研究機関など)別トータルパテントアセット

出願人別では、米国の IBM が2位のGoogleとダブルスコアでトップです。また、上位15位中に日本企業2社がランクインしました。東芝と浜松ホトニクスは、ともに量子エコシステムに関して高く評価される特許を保有しています。国別ランキングで2位となったカナダの企業は、3位の D-Wave Systems の存在が大きいのですが、16位にもカナダ企業の 1QB Information Technologies が入っています。

量子エコシステムに関する技術別・企業別の特許スコア

図4:量子エコシステムに関連する技術別の特許数の推移 (2001年~2022年)

図4は全体を「量子コンピュータ/量子計算」、「量子インターネット/量子通信」、「量子センサ/量子計測」の3つの技術要素にわけた場合の特許の出願動向です。量子エコシステムの構成技術の中でも、「量子コンピュータ/量子計算」に関わる特許が多く、7,800件あまりが出願されています。次点は「量子インターネット/量子通信」に関わる特許で、2,300件程度の出願件数がありました。「量子センサ/量子計測」の出願がもっとも少なく、1,600件程度です。2020年までは増加傾向ですが、2021年は減少しているように見えるのは3つの技術要素ともに共通な傾向です。

図5:2011年のそれぞれの要素技術の出願件数を1とした場合の量子エコシステムに関連する特許数の推移(2001年~2021年)

特許数の増加・減少の傾向を見るため、図5にそれぞれの要素技術の2011年の出願件数を1とした特許数の推移をしめしました。縦軸の数値がたとえば5であれば、特許数が2011年時点の出願件数の5倍出願されたことを意味します。これで見ると、2011年の出願件数と比較した場合、「量子コンピュータ/量子計算」は20倍あまり、「量子インターネット/量子通信」は15倍程度、「量子センサ/量子計測」は2倍程度のびたことがわかります。

最後に、量子エコシステムを「量子コンピュータ/量子計算」(図6)、「量子インターネット/量子通信」(図7)、「量子センサ/量子計測」(図8)の3つの技術要素にわけた場合の出願人別トータルパテントアセットを算出しています。3つの技術要素それぞれでことなる企業が1位となり、とくに「量子インターネット/量子通信」と「量子センサ/量子計測」の領域では日本の企業(東芝、浜松ホトニクス)がトップとしてランクインしています。

図6:量子コンピュータ/量子計算
図7:量子インターネット/量子通信
図8:量子センサ/量子計測

まとめ

量子コンピュータの分野において圧倒的なトップに立つ IBM が、10万量子ビットの量子スーパーコンピュータにむけた新規技術開発のため、1億ドルのパートナーシップを世界の大学と開始するなど、この分野の研究開発は精力的に進められています。こうした中で、量子エコシステムにかかわる特許の出願が2021年にのびなやんでいるように見えるのは、なぜでしょうか。

1つの推論としては、米中の「新冷戦」とも称される緊張関係が増すなかで、安全保障にかかわる量子技術が秘匿されはじめた可能性です。米国、中国、カナダなど、この分野で多くの特許を出願する国々では秘密特許の規定が整備されており、公開することなく知的財産を確保できるようになっています。日本でも、特許出願の非公開制度の運用開始にむけた検討がおこなわれており、2024年をめどに知的財産の公開原則の例外とされる発明が認められる可能性があります

経済安全保障、あるいはたんに安全保障にふかくかかわる技術については、公開情報だけでは趨勢を見あやまる可能性がある、その1つの例と言えるかもしれません。

著者:アスタミューゼ ミシェンコピョートル 博士(工学)/ 源泰拓 博士(理学)

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アスタミューゼは世界193ヵ国、39言語、7億件を超える世界最大級の無形資産可視化データベースを構築しています。同データベースでは、技術を中心とした無形資産や社会課題/ニーズを探索でき、それらデータを活用して136の「成長領域」とSDGsに対応した人類が解決すべき105の「社会課題」を定義。

それらを用いて、事業会社や投資家、公共機関等に対して、データ提供およびデータを活用したコンサルティング、技術調査・分析等のサービス提供を行っています。

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