TechLetters002:糖尿病治療をリアルタイムデータで自動化!-ウェアラブル人工すい臓とデジタルバイオマーカーが拓くヘルスケアの新潮流

Astamuse TechLetters 第2回

著者:アスタミューゼ 佐古健生 博士(医学)

人生100年時代と医療DX

厚生労働省発表の「簡易生命表(令和2年)」によると、2020年の日本人の平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳で過去最高を更新しました。2040年には100歳以上の人口が30万人以上になると予想され、人生100年時代の到来が間近に迫っています。

人工知能(AI)やロボット、ビッグデータ解析などデジタル技術とデータの利活用を基盤とするデジタルトランスフォーメーション(DX)は、社会全体に大きな影響を及ぼしつつありますが、とりわけ医療・ヘルスケア分野はこれらの技術を活かし得る分野のひとつとして期待されています。

デジタルバイオマーカーとは 

医療・ヘルスケア業界におけるDXは、生体情報センシングとAIやIoTなどを活用して治療やヘルスケアの効果を向上させるデジタルヘルスとして推進されていますが、この分野で近年注目されているのが「デジタルバイオマーカー」です。

デジタルバイオマーカー(Digital Biomarker: dBM)は、「臨床的な評価を目的に、各種のデジタルデバイスを用いて客観的・定量的に収集・測定された生体データ(生理学的データや行動のデータ)」と定義されています(注1)。例えば、皆さんがお使いのiPhoneに入っているヘルスケアアプリ(Health Records)では、歩数やウォーキング・ランニングの距離、歩行速度、心拍数、睡眠分析などのデータが保存されますが、これらもデジタルバイオマーカーとなり得ます。 

(注1)日本製薬工業協会「医薬品開発におけるデジタルバイオマーカー(dBM)の利活用と要件」
https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/rfcmr0000000216e-att/digital_biomarker_202204.pdf

図1)デジタルバイオマーカーの全体像

図1に、dBMの全体像を示します。バイオマーカーは、診断や治療など何らかの臨床的意思決定を下すために用いられる、客観的に測定・評価可能な指標を指しますが、従来はタンパク質や代謝物、核酸(DNAやRNA)などが用いられてきました(注2)

(注2)国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター「研究開発の俯瞰報告書 ライフサイエンス・臨床医学分野(2021)
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2020/FR/CRDS-FY2020-FR-04/CRDS-FY2020-FR-04_20100.pdf

しかし、医療やヘルスケアが「治療から予防へ」、「画一から個別化・層別化へ」とシフトしていくなか、上記の分子・細胞バイオマーカーやゲノムバイオマーカーに加え、画像バイオマーカーやデジタルバイオマーカーと併せて統合的に解析することにより、診断・治療技術の高度化と精密化が進められています(注3)

(注3)国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター「医療機器・ヘルスケア開発 注目すべき研究開発動向」
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/medical_equipment_healthcare/pdf/001_02_00.pdf

研究予算(グラント)採択数・配分額と特許件数から見た技術開発の動向

図2)デジタルバイオマーカーに関わるグラント採択数及び配分額と、日米欧各特許庁及びWIPO(世界知的所有権機関)への出願件数の年次推移。
アスタミューゼの無形資産可視化データベースから作成。2010年を100とした比で示す。
2019年以降はデータベースに未登録のものが存在するため参考値。

図2は、デジタルバイオマーカーに関連するグラントの採択数・配分額と、四極特許庁への特許出願数の年次推移を示しています。特許は11年から17年まで増大しており、技術の社会実装が進んでいることが窺われます。一方、グラント件数は14年から下降を続けているものの配分額は横ばいであり、基礎研究領域の選択集中が考えられます。特許出願も18年より減少し始めていることから、既存領域から萌芽領域へのシフトの可能性があります。

注目すべきグラントテーマ

図3)最近の興味深いグラント事例

デジタルバイオマーカーに関する特許は、生体信号やセンサなど要素技術が中心となるため、ここでは具体的なグラント事例を取り上げて、デジタルバイオマーカーについて説明します。

図3で取り上げている米バージニア大学のグラントは、2016年から2021年にわたって行われた人工すい臓(Artificial Pancreas)の臨床研究で、米国保健社会福祉省が管轄する国立糖尿病・消化器・腎臓病研究所(National Institute of Diabetes and Digestive and Kidney Diseases: NIDDK)から1265万米ドル余りの研究費を提供されました。

この人工すい臓は、別名closed-loop systemとも呼ばれるもので、リアルタイムの持続血糖モニター(continuous glucose monitoring: CGM)から得た血糖値のデータを利用して、インスリンポンプ(continuous subcutaneous insulin infusion: CSII: 持続皮下インスリン注入療法)を制御するものとなっています。この臨床研究では、糖尿病コントロールの2つのキーファクターである、HbA1Cと低血糖リスクの改善を実証しようとしています。

これまで、CGM機器やCGM機能を持ったインスリンポンプ(Sensor Augmented Pump: SAP)は既に認可されていますが、血糖値を取得しながらそのデータでインスリンポンプを制御する人工すい臓は認可されておらず、自動車産業における完全自動運転に似た試みと言えるかもしれません(注4)

(注4)西村理明(日本内科学会雑誌107巻3号)「糖尿病治療におけるデバイスの進歩」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/107/3/107_586/_pdf

図4)人工すい臓の写真(出典:NIDDK website)
左:インスリンポンプとスマートフォン 
右:皮膚に装着された血糖値センサーとベルトに装着されたインスリンポンプ
出典:https://www.niddk.nih.gov/health-information/diabetes/overview/managing-diabetes/artificial-pancreas

今後の見通し

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、私たち個人の生活様式だけではなく、リモートワークの導入や業務環境のオンライン化など企業活動にも大きな変化をもたらしました。

2010年代以降盛んに技術開発されてきたデジタルバイオマーカーは、現在は社会実装フェーズに入っているものと推測されます。2020年にはApple Watch ECGアプリが日本でも医療機器として認可され、ウェアラブルデバイスによる健康管理や疾病兆候の早期発見といった取り組みは、実用化へ向けて今後ますます加速していくことが見込まれます(注5)

(注5)国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター「近年のイノベーション事例から見るバイオベンチャーとイノベーションエコシステム」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2021/RR/CRDS-FY2021-RR-02.pdf

さらに詳しい分析は……

アスタミューゼは世界193ヵ国、39言語、7億件を超える世界最大級の無形資産可視化データベースを構築しています。同データベースでは、技術を中心とした無形資産や社会課題/ニーズを探索でき、それらデータを活用して136の「成長領域」とSDGsに対応した人類が解決すべき105の「社会課題」を定義。

それらを用いて、事業会社や投資家、公共機関等に対して、データ提供およびデータを活用したコンサルティング等のサービス提供を行っています。

お問い合わせはこちらへお願い致します。

「デジタルバイオマーカー」に関連する成長領域・社会課題