水素産業分野で日本の技術力は世界イチ!研究投資の中心は水素製造と燃料電池 ~世界の有望企業/大学研究機関の技術資産スコアランキング~

2021年6月に開催されたコーンウォール・サミットにおいて、G7各国は国内電力システムを2030年代に最大限、脱炭素化することが謳われました。電力の脱炭素化は、20年以下のスパンで達成すべき喫緊の課題と位置づけられます。そこで、今回のレポートでは、発電や原動機におけるクリーンで持続可能なエネルギー源として、様々な産業の脱炭素に貢献する「水素産業」に注目し、関連技術を分析しました。この領域には、発電・燃料電池といった水素エネルギーそのものに加え、製鉄・化学品の合成といった製造業に関する技術および、水素の輸送や貯蔵などのインフラに関する技術が含まれます。

水素産業に関わる特許の分析

特許は、自社がその技術を独占的に実施する権利を守り、排他性を発揮することで意味が生じます。アスタミューゼは、出願件数それ自体ではなく、特許の「強さ」を指標化して、技術力評価するためのスコアリング手法を開発しています。特許の「強さ」とは、排他力、つまり競争相手を排除する力であると考えて、特許1件1件の強さを定量評価したものがインパクトスコアです。また、各々の特許のインパクトスコアに権利の残存期間などの要素を加味して、特許を所有する企業/大学・研究機関ごと、あるいは国別の技術資産を指標(トータルパテントアセット)で示すこともできます。ただし、競争力が一定以上ある特許をもっていない企業/大学・研究機関については、トータルパテントアセットは算出できません。トータルパテントアセットは、特許ポートフォリオとしての総合的な競争力の指標と考えることができます。

今回の分析では、2010-2019年の10年間に出願された全世界の水素製造・利用・運搬・貯蔵に関する特許のインパクトスコアを算出しました。対象期間中には167,095件の特許が、計60か国から出願されています。

表1に、各企業が所有する特許のパテントインパクトスコア(※1)の最高値であるパテントエッジスコア(※2)のランキングを示します。

1位こそ韓国企業に譲ったものの、米国が上位20位の内12件と過半数を占めています。本領域において、米国が競争力のある技術の主たる開発地域であることがうかがえます。

1位のHyundai Motor Company、2位のCalifornia Institute of Technologyの特許はいずれも燃料電池に関するものでした。燃料電池に関する特許は11位のOneD Battery Sciences、15位のJohnson Mattheyにも見られます。また、日本から唯一20位以内にランクインした本田技研工業の特許は、燃料電池そのものではありませんが、燃料電池車両への水素充てん装置に関するものでした。燃料電池は水素産業において技術開発競争が盛んな領域の一つであり、用途としては自動車向けの割合が高いことが示されます。

2位はCalifornia Institute of Technology、7位のUniversity of Southern Californiaなど、アカデミアからのランクインが多いことも水素産業の特徴として挙げられます。一部水素関連技術は産業への応用、製品上市が始まっているものの、まだ基礎研究の割合も高く、まさに開発途上の分野と言えます。

  • ※1)パテントインパクトスコア:他社への排他権としてのインパクト評価を中心に、更に地理的な権利範囲、権利の時間的な残存期間などを重み付けしアスタミューゼが開発した定量的な評価指標。
  • ※2)パテントエッジスコア:競合他社に対して大きな脅威となりうる突出した特許を示すパテントインパクトスコアの最高値。
表1 2010-2019年間のパテントエッジスコア上記企業20社

この、一つ一つの特許のスコアをもとに、水素産業に関わる特許の出願人(個人含む)ごとのトータルパテントアセットを分析しました。表2にその上位20までのランキングを示します。トータルパテントアセット(※3)が算出された機関は6,425。トヨタ自動車株式会社はパテントエッジスコアでのランクインこそ逃したものの、トータルパテントアセットにおいては2位と2倍以上の差をつけ圧倒的な強さで首位となりました。

その他、2位の日産自動車株式会社、4位の本田技研工業株式会社など、日本からのランクインは9件と約半数を占めています。各企業における高スコアの特許の多くは燃料電池に関するものでしたが、技術のポイントは電極素材や電池の構造、燃料電池を含むシステム全体など多岐にわたっております。各社の強みを合わせることで、優れた燃料電池を日本から創出させることができると期待できます。

11位のIntelligent Energy Holdings Plcおよび12位の住友電気工業株式会社では、燃料電池の他、水素製造に関する特許も高スコアで評価されています。

  • ※3)トータルパテントアセット:各社の特許ポートフォリオとしての総合的な競争力を計る指標
表2 2010-2019年間のトータルパテントアセット上記企業20社社

続いて、トータルパテントアセットを国別に算出しました。国別のトータルパテントアセットは、競争力の有意な比較のため、母集団全体のトータルパテントアセットの8割を説明する上位894社を対象に集計しています。結果、日本のスコアは群を抜いて高く、首位となりました。日本においてはトヨタ自動車のトータルパテントアセットが際立って高いのですが、仮に当社のスコアを抜いたとしても7,646,626であり、依然として日本は首位にあります。

日本に続いて2位が中国、3位が米国、4位が韓国となりました。2~4位の三か国は比較的近い値である一方、5位のドイツとは2倍以上の差があり、国別の特許競争力としては大きく首位、次点、5位以降の3つのグループに分かれています。

1~4位までの、特許一件当たりのトータルパテントアセットを見てみますと、最高が244.1(米国)、最低が215.7(中国)でした。総合的な評価としては、各国で特許一件の強さに大きな差はないと言えます。一方で、上位894社までのトータルパテントアセットの出願人別平均値を見ると、最高は19,873(日本)、最低は中国(2,330)と大きな差が見られました。日本では少数精鋭の企業や組織により当領域の技術開発が進められていることがうかがえます。一般的に、特許の権利の観点から、特許が分散して保有されているよりは集中している方が技術を利用しやすいと考えられます。日本は水素分野において、優れた技術を事業化しやすい環境にあると言えます。

表3 2010-2019年間の国別トータルパテントアセット上位10か国

水素産業に関わるグラントの分析

ここまで、特許の視点から、水素産業に関わるプレイヤーを評価してきました。しかし、特許は出願の時点で実現が見込まれる技術を表すもので、その未来の技術をうかがうには不向きな指標です。アスタミューゼでは、現在ではなく未来を見通すための指標として、公募で決定される研究開発資金(グラント)に注目しています。グラントを獲得する研究は、まだ事業化には距離があるけれども、資金を配布する政府等の公的機関からの「推し」があると考えるためです。

当社の所有するグラントデータベースに拠ると、2010年から2019年の10年間に水素産業にかかわるグラント配賦額の総計は10.0億ドルでした。2010年の投資額から、2019年まで、年間成長率27.6%で伸びています。

水素産業を、

  • 燃料電池(水素等を原料とした燃料電池の研究)
  • FC車両(燃料電池を動力として用いる車両(車、船、トラック、鉄道))
  • 発電(水素エネルギーを用いた発電(核融合含む)に関する研究)
  • 製鉄(水素還元製鉄等に関する研究)
  • 化学(水素等からプラスチック等化学品への変換に関する研究)
  • 輸送、貯蔵(水素の輸送、貯蔵に関する研究)
  • 製造(水の電気分解等、水素の製造に関数研究)

に分類しその配賦額を図に模式化しました。

図 水素産業の主たる研究テーマとその件数ならびに配賦額

7分類のうち、件数・調達金額ともにトップは水素製造の研究でした。研究内容としては、水の電気分解によって水素を製造する研究や、太陽電池発等の自然エネルギーを活用した水の電気分解に関する研究が多く行われています。東京大学の、人工光合成による水素製造に関わる研究課題が多くの研究資金を得ていました。

次に、燃料電池及び燃料電池を動力源とする車両の研究に資金が投入されています。どちらも燃料電池に関する研究ですが、前者は燃料電池そのものの研究を、後者は燃料電池を多種多様の車両に組み込む研究が主となります。

水素の貯蔵、輸送の研究では、金属有機構造体(MOF:Metal Organic Frameworks)の空孔に水素を包摂することで、貯蔵、輸送に用いる研究や、水素を液体化する研究などがみられました。

以下に、研究テーマを要素技術別に紹介します。

燃料電池


FC車両


発電


製鉄


化学


輸送、貯蔵


製造


今後の展望

水素産業に関して、特許分析やグラント分析を行うことで、どのような技術傾向があるかを見てきました。その結果、①特許分析では、日本には高い競争力を有する企業が多数存在すること、および、日本全体としての企業の競争力は世界の中でトップクラスであることが示されました。各社の強みを組み合わせ、社会実装を加速することが今後の課題です。②グラント分析における調達額ならびに件数両方の首位は水素製造に関するものでした。燃料電池が比較的応用に近いステージにある一方で、水素製造はまだ基礎研究の割合が高いテーマであると言えます。水素の製造においては、水の電気分解が主流の手法でした。再生エネルギーを用いることで、製造工程も含めて脱炭素を進めるテーマも多く見られました。

水素分野で高い競争力を有する日本の企業は自動車製造、電機、ならびに素材メーカー大手であり、主として燃料電池に関わる技術が高く評価されています。燃料電池に関する研究は、グラント分析の調達額ならびに件数比較の両方においても、主要な分野であることが示されています。世界的にみると、日本の企業は比較的集中的に関連技術を保有しており、技術を事業化しやすい状況にあると言えます。さらに、各社が得意とする技術を組み合わせることにより、優れた燃料電池や燃料電池関連商品・サービスの社会実装を加速することが期待できます。

水素によるカーボンニュートラルの実現には、開発が先行している燃料電池の他にも、水素製造、運搬・貯蔵など様々な技術開発が必要になります。グラントの調達額ならびに件数の首位はともに水素製造に関するものでした。水素をつくりだすことは、水素産業バリューチェーンの上流過程として必須です。経産省の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(参考文献A)においても、水素製造の低コスト化は開発段階の今後の重要な取り組み対象として挙げられています。本分野に関して、日本ではグラント分析で紹介された東京大学をはじめ、水電解用光触媒の研究が目立ち、今後の技術開発進展が期待されます。2021年2月には、京都大学におけるルテニウム–イリジウム合金を用いた水素製造効率の高い電極触媒開発成功が報告されました(参考文献B)。また、今回の分析では、日本のグラントにて金属有機構造体(MOF:Metal Organic Frameworks)による水素貯蔵の研究テーマも多数みられました。水素の普及には、水素利用時のコストを現状の3分の1以上に抑えることが必要です。水素産業関連の基礎研究進展に加え、その成果を迅速に産業利用できるスキームの構築が望まれます。

(アスタミューゼ株式会社テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、*源泰拓、*井津健太郎、*高田恵子、*曵地知夏)

参考文献