
核融合の実用化にむけた国際連帯と官民連帯:特許、論文、グラント、スタートアップから見える次世代電源への道のり
著者:アスタミューゼ株式会社 ミシェンコ ピョートル 博士(工学)
目次
カーボンニュートラル実現の切り札:核融合の大型プロジェクト
2050年までにカーボンニュートラルの目標を掲げる国際社会の脱炭素戦略を背景に、2024年の「G7気候・エネルギー・環境大臣会合コミュニケ」は核融合を「ゼロエミッションで、安全・安定、ほぼ無限のクリーンエネルギー源」と位置づけ、核融合の実現にむけた国際協力枠組みの設置を宣言しました。
また、アメリカ合衆国エネルギー省は「Fusion Energy Strategy 2024」として2030年代に民間主導の実証炉、2040年代には商用炉を稼働させる「大胆な10年間のビジョン」を提示しています。現状、こうした政策が各国の大型プロジェクトを推進する原動力となっています。
核融合の実用化にむけて、各国政府が主導する実験炉や原型炉の大型プロジェクトが増加しています。2023年10月にプラズマ生成に初成功した超伝導トカマクJT-60SAは、日欧共同でITER後を見据えた物理・技術試験を開始し、世界最大級トカマクとして稼働しています。
アメリカ合衆国エネルギー省は、2024年6月に総額4,600万ドルを民間8社へ拠出するマイルストーン型支援を開始し、実証炉設計を急速に進めています。
イギリス政府は2025年1月ノッティンガムシャーに原型炉を建設するために4億1,000万ポンドを投入し、核融合にまつわる国内技術の後押しをおこないました。
欧州連合はEUROfusion計画下でDEMOの概念設計を推進し、2024年9月には主要技術審査を終えて次段階へ移行しました。
これら各国における大型プロジェクトが核融合技術の実用化を急激に進めることで、2050年までのカーボンニュートラル達成が現実的な目標となりつつあります。
海水から「星の炎」を取り出す:核融合の基礎
核融合は、水素などの軽い原子核が融合してヘリウムなどの重い原子核を生成する際に非常に大きなエネルギーを放出する反応です。例えば、水素の同位体である重水素(D)と三重水素(T)が(D-T)反応するとヘリウムと高速中性子が生成されます。

重水素(D)と三重水素(T)の原子核が1:1の割合で混合した(D-T)反応の燃料が1g反応するとタンクローリー1台分の石油(約8トン)を燃焼したときと同等なエネルギーが発生します(注7)。
重水素(D)は海水からも容易に回収でき、三重水素(T)は核融合炉の炉壁内で高速中性子とリチウム(同じく海水から回収が可能)が起こす核反応により「その場で生産」できます。
こうした特性から、核融合はカーボンニュートラル社会をささえる次世代電源としての期待が国際的に高まりつつあります。
しかし、重水素(D)と三重水素(T)の正電荷同士の原子核は強く反発するため、(D-T)反応を起こすには燃料の1億度以上の加熱、つまり燃料のプラズマ状態化が必須となります。
そのため核融合発電にはプラズマの温度と密度、閉じ込め時間の積が一定値を超える「ローソン条件」の達成が必要不可欠であり、その実現を目指して世界各国で実証実験が急がれています。
本レポートでは、核融合の実用化に向けた近年の技術的な取り組みについて、弊社のデータベースを活用し、特許、論文、グラント、スタートアップの分析結果を紹介します。
核融合の研究開発動向
アスタミューゼ株式会社では、文献に含まれる特徴的なキーワードの年次推移を抽出することで、近年伸びている技術を特定する「未来推定」という分析を実施し、萌芽的な分野の予測をしています。キーワードの変遷をたどることで、すでにブームが去った技術や、これから脚光をあびると推測される技術を可視化することができます。この分析により、ある技術の社会実装時期や今後発展する技術の予想が可能です。
最初に、2013年から2024年までの特許、論文、グラントのタイトルや概要にふくまれるキーワードの年次推移をしめします。成長率(Growth)とは、2013年から2024年までにおけるキーワードの出現回数と、2019年から2024年までのキーワードの出現回数の割合を示します。数値が1に近いほど直近で出現している頻度が高いと解釈できます。また、キーワードの変遷から近年の技術的な取り組みをより明確にするために、各キーワードに「ソフトウエア」、「プラズマ」、「物質」、「燃料」、「設備」との関連性を示す技術タグを付与しています。
核融合に関連する特許の動向
図2は特許における核融合技術に関連するキーワードの年次推移です。

「q-is(quasi-isotropic superconducting stand)」、「ni-hts(no-insulation high-temperature superconducting coil)」、「heib(high energy ion beam target)」など、設備関連のキーワードが圧倒的に多く、「ods-w(oxidation dispersion strengthened tungsten)」、「beryllium-titanium alloy」、「rafm(reduced activation ferritic martensitic steel)」などの物質関連と「elm(edge-localized mode)」、「open field line」、「sawtooth oscillation」などのプラズマ関連のキーワードも比較的に多いことがわかります。一方、燃料関連やソフトウエア関連のキーワードはきわめて少ない状況です。このことから、核融合技術は部分的な権利化に価値が見いだされる段階まで成熟しているといえます。
核融合に関連する論文の動向
図3は、核融合技術関連の論文から抽出したキーワードの年次推移です。

「efit-ai(equilibrium fitting artificial intelligence)」、「gknet(GyroKinetic numerical experiment of tokamak)」、「psi-tet(code)」といったソフトウエアに関するキーワードが大多数を占め、プラズマ関連、設備関連、燃料関連のキーワードはほとんど見られません。核融合に関する最近の研究論文は「ローソン条件」の達成の鍵となるプラズマのシミュレーションに集中していることがうかがえます。
核融合に関連するグラントの動向
図4は核融合関連技術のグラント(競争的研究資金)から抽出したキーワードの年次推移です。

「grad-shafranov(equation)」、「triangularity」、「elm-free(edge localized mode free)」などのプラズマ関連のキーワードと「cotsim(control-oriented transport simulator)」、「jorek(code)」、「neo(neoclassical transport computation code)」などのソフトウエア関連のキーワードが比較的多く見られます。その一方、物質や設備、燃料に関連するキーワードは少ない状況です。直近における研究資金投資は核融合炉におけるプラズマのシミュレーションに集中していると言えます。
核融合に関連するスタートアップ企業の動向
核融合に関連するスタートアップ企業の動向を把握するために、2010年から2024年までの企業数と調達額(単位:百万米ドル)の年次推移を図5に示します。

核融合に関連するスタートアップの企業数はきわめて少なく、いまだに政府主導の技術領域であることがわかります。ただし、核融合は巨額の開発資金投資を必要とする特性を持つ技術領域であり、企業数が少なくとも調達額は大きい傾向にあります。核融合に関連するスタートアップ企業の調達額は2021年の特異値をのぞいてゆるやかな増加にあり、15年間でおよそ54億ドルが投じられています。2021年の突出した調達額はCommonwealth Fusionによる1,800百万ドルにおよぶ巨額の資金調達が原因です。
調達額上位の注目スタートアップをいくつか紹介します。
- Commonwealth Fusion
- https://www.cfs.energy/
- 所在国/創業年:アメリカ合衆国/2017
- 資金調達額:20億1,400万ドル
- 事業概要:核融合エネルギーの商業化を目指すスタートアップ企業。数十年にわたる公的研究の研究成果を活かし、希土類バリウム銅酸化物(REBCO)高磁場超伝導磁石を用いた核融合設備を構築している。
- Tokamak Energy
- https://tokamakenergy.com/
- 所在国/創業年:イギリス/2009年
- 資金調達額:2億8,700万ドル
- 事業概要:コンパクトな球状トカマクで低コストの核融合発電を追求。球状トカマクは同じ磁場でより高いプラズマ密度を実現でき、効率向上とコスト削減を可能にする。
- Kyoto Fusioneering
- https://kyotofusioneering.com/
- 所在国/創業年:日本/2019年
- 資金調達額:1億1,100万ドル
- 事業概要:ジャイロトロンやトリチウム燃料サイクル、増殖ブランケット技術を開発し、世界の公共・民間のパートナーが核融合を実用的なエネルギー源として早期実現できるよう、高性能かつ商業性の高いソリューションを提供する。
まとめ
キーワードの年次推移から読みとれる技術動向についてまとめます。
論文とグラントは類似した傾向をしめしています。ソフトウエアとプラズマに関連するキーワードが多く、直近の研究や研究資金投資の目的はプラズマのシミュレーションを踏み台にした「ローソン条件」の達成であると結論づけられます。一方、特許は異なる傾向にあり、設備関連のキーワードが圧倒的に多くみられます。すでに部分的な権利化に価値が見いだされる段階まで成熟しているといえます。
核融合技術全体の動向を把握するために、2010年から2024年までの特許、論文の件数とグラントの配賦額(年度で均等割 / 単位:百万ドル)の年次推移を図6にまとめました。

特許は、出願から公開までに1年半が経過するため、2010年から2023年まで集計になります。また、グラントの配賦額はプロジェクト期間で均等割りにして、各年に再配分した値で集計しています。ただし、中国はグラントの開示状況が年によって大きく異なり、実態を反映していないため、集計から除外しています。
論文の件数は停滞傾向にある一方、特許の件数とグラントの配賦額は継続的な増加傾向にあります。核融合は基礎研究フェーズから応用研究フェーズへと移行しているといえます。グラント配賦額の年次推移から核融合に対する研究資金投資が継続的に行われ、精力的に研究が行われている中で、基礎研究の注目度に対する指標である論文件数は停滞する一方、応用研究の注目度指標である特許の件数は増加しています。
図5で見られる核融合関連スタートアップ企業における近年の調達額増加の傾向から、これからも巨額の資金調達が続き、ちかい将来に応用研究の段階から商用化の段階へと移行する可能性も見えてきます。これは特許のキーワード年次推移から読みとれる知見とも一致します。
核融合技術は基礎研究段階から応用研究段階にまで到達し、商用化への転換点の一歩手前までたどりついているといえます。今後の持続的な研究と開発、資金投資と国際・官民連携が「星の炎」を現実のエネルギーへとみちびく決定打となるでしょう。
著者:アスタミューゼ株式会社 ミシェンコ ピョートル 博士(工学)
さらなる分析は……
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本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
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