「ネイチャーポジティブ(気候変動、生物多様性、資源再生など)」の網羅的な最新状況と未来を把握するためのテクノロジー動向
著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)
「ネイチャーポジティブ」の現状
人間の活動は、自然の資源や力、すなわち「自然資本」に依存しています。「自然資本が人間の活動によって傷つけられている」という考えは共通の認識になりつつあります。
酷暑、豪雨、干ばつといった異常気象、マイクロプラスチックをはじめとする海洋の汚染など、自然資本の棄損を感じさせるニュースが増えてきました。「被害を最小限におさえる」という段階をこえ、「自然の状態を改善する必要がある」という認識が高まっていることから、「ネイチャーポジティブ」の概念が注目されています。
2023年、IUCN(国際自然保護連合)は 「2020年を基準として、2030年までに自然の損失を食い止め、反転させ、2050年までに完全な回復を達成する」ことを目標とする「ネイチャー・ポジティブ・イニシアチブ」を発表しました。
「ネイチャーポジティブ」は新しい概念で、関連する研究や技術の全容をつかむのは困難です。たとえば、単純に“nature positive”をキーワードに、アスタミューゼのデータベースから特許、グラント(科研費のような競争的研究資金)、論文、スタートアップ企業を抽出したところ、該当数は2003年から2023年までのあいだに、特許3件、グラント41件、論文138件、スタートアップ6件にとどまりました。
図1に、グラント開始年と論文発表年ごとの件数を示します。
ともに2022年から急増していますが、この数がネイチャーポジティブのすべてであるとは考えられません。現状を正しく把握するためには、気候変動、生物多様性などさまざまな自然資本(ネイチャー)と、ポジティブ/ネガティブの仕分けをとらえなおし、キーワードや技術について再検討する必要があります。
「ポジティブ」とはなにか
国内のネイチャーポジティブにかかわる議論では、どのような技術・施策が「ポジティブ」として認められるのか、その範囲もさだまっていません。
たとえば、再生可能エネルギーの導入による化石燃料使用量の削減は「ネガティブを減じる施策であり、ポジティブではない」という見かたがある一方、「温室効果ガスを排出せず、生態系破壊や大気汚染を回避することで、長期的には自然にあたえるポジティブな影響が期待できる」とする考えかたもあります。環境省では、ネイチャーポジティブ経営への移行に「足元の負荷の低減」をふくめています。
また、モニタリング技術も必要です。カーボンニュートラル対応では、CO2排出量の削減という具体的な目標があり、進捗を数値(トン)で測ることができました。しかしながら、生物多様性のような自然資本に対しては「ネガティブを減らした/ポジティブになった」という客観的な評価自体が困難であり、技術開発を必要とします。
このような現状をふまえ、アスタミューゼではネイチャーポジティブの概念を以下の3つの視点で整理します。
- 狭義のポジティブ:自然に対して直接的にポジティブな影響を与える技術
- 広義のポジティブ:自然に対するネガティブな影響を最小限に抑える技術
- モニタリング:自然への影響を測定・評価する技術
「ネイチャー」とはなにか
つぎに、「ネイチャー」について考えます。自然資本のとらえかたは、地域住民、投資家、環境団体、政府・規制当局など各々のステークホルダーによってことなり、多様な視点や価値観があります。ここではTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures /自然関連財務情報開示タスクフォース)によって提示された自然資本への「インパクトドライバー」をとりあげます。
TNFDは企業や金融機関が自然資本に関連するリスクや機会を認識し、それを情報開示できるようにするための国際的な枠組みです。TNFDでは、自然資本へのネガティブ/ポジティブ双方のインパクトを以下の5つに分類しています。
- 気候変動
- 陸・森林/淡水/海の利用変化
- 汚染/汚染除去(土壌、水質、大気、光害、騒音など生態系への悪影響)
- 資源利用/再生(水資源/森林資源等)
- 侵略的外来種の防疫/駆除
この枠組みは、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)など国際的な知見をもとに、自然資本にあたえる主要な影響を体系的に整理したものです。「ネイチャー」の全容をとらえるための枠組みとしてふさわしいものであり、TNFDにおける情報開示に活用しやすい分類です。
「ネイチャーポジティブ」を分析するための枠組み
以上をふまえ、ネイチャーポジティブを3つの視点x5つのインパクトドライバーから構造化できます。
本レポートは今回をふくめ、全6回のシリーズとなる予定です。今回は分析フレームの提示だけにとどめ、内容については次回以降にそれぞれ解説していきます
アスタミューゼでは、世界中のグラント、論文、特許など、イノベーションに関わる膨大なデータベースを保有しています。そして、グラント、論文、特許の数や金額、スコアの増減には、その技術開発段階による時間軸の差異があらわれます。
グラント(科研費などの競争的研究資金)は、「政策にもとづく投資」とみなすことができます。ある領域の研究プロジェクトに資金が投じられるには、その領域に国家あるいは資金提供機関の判断がはたらいているからです。研究活動の成果は論文として公表され、開発された技術を権利化するために特許が出願されます。あたらしい技術で社会に影響をあたえるスタートアップ企業は、近未来社会への技術の実装の指標と考えられます。そして特許は、民間事業者による技術開発への投資を反映しており、各事業者が注力する分野は政策/規制を反映しています。
気候変動、生物多様性の喪失など、サステナビリティ関連の課題の多くは、現在の状況や手持ちの資源、技術をベースに、できることを積み上げていくボトムアップの手法での解決は困難とされます。未来の理想や目標を明確にし、そこに到達するためになにをするべきかを逆算するバックキャストの考えかたが必要です。一方で、コスト中心の対応になりがちなカーボンニュートラルにくらべ、課題が複雑で多面的なネイチャーポジティブへの対応は、長期的に見て収益化やあらたな事業機会の創出の可能性もあります。
本レポートシリーズの次回以降では、
- 気候変動
- 陸・森林/淡水/海の利用変化
- 汚染/汚染除去
- 資源利用/再生(水/森林資源等)
- 侵略的外来種防疫/駆除
これら5つのインパクトドライバーの網羅的な最新状況と未来を把握するために、
- 狭義のポジティブ:自然に対して直接的にポジティブな影響を与える技術
- 広義のポジティブ:自然に対するネガティブな影響を最小限に抑える技術
- モニタリング:自然への影響を測定・評価する技術
それぞれに対応する特許、論文、グラントの分析をしめすことで、投資、政策/規制、技術革新の動向分析から、現状の把握と未来をうかがうきっかけを提供してまいります。
著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「ネイチャーポジティブ」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。