リテールテックの特許分析:Google、eBay、Amazon、IBMが席巻 ~AI・VR・脳科学がひらく流通と買物の未来~

リテールテックの特許分析:Google、eBay、Amazon、IBMが席巻 ~AI・VR・脳科学がひらく流通と買物の未来~

著者:アスタミューゼ株式会社 川口 伸明(薬学博士)

はじめに

リテールテック(Retail Tech)とは、小売業界で使われる新しい技術のことです。eコマース(電子商取引・電子決済)、自動化、AI、データ分析などが含まれます。最近の特許分析によると、リテールテックの潮流は、店舗の無人化、ウェアラブル端末を使用したショッピング体験の個人化、サプライチェーンの効率的な管理、マーケティングの新しい戦略などに焦点が当てられています。

この分野での特許件数では、中国のアリババ集団が首位に立っており、中国のリテールテック産業の成長を示しています。一方、日本はリテールテックの開発と導入においては少し遅れを取っているようです。

本レポートでは、リテールテックに関する特許の分析を行い、リテールテック産業全体の推移と、関連技術分野別の成長性、およびリテールテックを代表する企業の保有する注目の特許事例について解説します。

世界のリテールテック関連特許出願状況

アスタミューゼの保有する世界90カ国以上の特許データベースから、2001年から2021年までに出願されたリテールテック関連の特許母集団8万件余を抽出し、出願件数の年次推移を調べました。

関連特許の出願先国は70カ国以上に及びましたが、図1では上位5か国の件数推移を示しています。

図1:リテールテック関連特許の国別出願件数

なお、ここの出願先国は、出願人の帰属国ではなく、出願先特許庁の帰属国となります。米国特許商標庁には日本や中国などからも出願されますが、図1では米国の出願件数に含まれます。

2020年まで圧倒的に優勢だった米国は2010年ごろにピークを迎え、件数が下落します。その後も世界トップの座を守ってきましたが、中国が2012年以降に急上昇し、2021年に米国を追い抜きました。

日本は2013年以降、米中に次ぐ3位をキープしていますが、件数としては少なく、存在感が薄い状況です。

リテールテック関連特許の技術分野別出願件数

おなじ母集団のうち、2011年から2021年までに出願された6万6000件余について、技術分野別の延べ出願件数を調べた結果が図2です。

図2:リテールテック関連特許の技術分野別出願件数

全期間を通して「自動化・無人化」に関する出願が最も多いことがわかります。

2011年に出願件数が多かった「セキュリティ」と「リアルタイム情報」は、増減あるものの以降も高い件数を維持しています。

2016年、急激に伸びているのは「トレーサビリティ」。それを追う2017年の「ブロックチェーン・分散型台帳」。この2分野は2020年時点で2位と3位の位置にあります。ブロックチェーンはトレーサビリティにも応用できる技術ですが、グラフ上でほぼ並行に動いているのが印象的です。
2020年時点での4位は「リアルタイム情報」、5位は「セキュリティ」。続いて「カメラ・画像」と「機械学習」がほぼ同数となっています。

リテールテック関連特許出願人ランキング

2011年から2023年までに出願された6万6000件余について、特許出願人(法人・個人・大学・各国政府機関等)ごとの集計を行いました。

上記のうち、世界69カ国、6143社の主要企業(世界の上場企業、および未上場の有名企業)の特許延べ3万7000件余(公開・登録含む)に対し、アスタミューゼ独自の特許スコアリング(定量的価値評価)と、企業単位での出願件数およびTPA(Total Patent Asset:総合特許資産)ランキングを作成しました。

図3は出願件数の上位20社のランキングです。

図3:リテールテック関連特許の主要企業ランキング(件数)

出願件数ランキングでは、中国のAlibabaがトップ、Googleの親会社である米国Alphabetが次点、3位は米国のeBayでした。4位には中国国家関連群が入りましたが、これには中国政府機関自体と支援するベンチャー企業や大学等の中国系非上場組織が含まれます。13位には中国のTencentが入っており、上位は米国と中国で占められています。

日本企業は17位に楽天、20位に東芝がランクインしています。ランク外ですが22位にソニー、45位にはNEC、スクウェア・エニックスが入っています。

アスタミューゼ独自指標のトータルパテントアセット(TPA)によるランキングが図4です。

図4:リテールテック関連特許の主要企業ランキング(TPA)

件数ランキングとは順位が大幅に入れ替わり、トップはAlphabet、以下、eBay、Amazon、IBMと続き、上位17位まで米国企業が占めています。18位に中国のAlibaba、19位にドイツのSAP、20位に日本のスクウェア・エニックスが入っています。

アスタミューゼのTPAは、特定企業が所持する特許のうち、母集団に含まれる全特許の平均スコア以上の特許について、スコアと権利残存年数の積の総和として計算しています。したがって、件数が多くても、スコアが小さい場合、権利残存年数が短い特許が多い場合、失効あるいは取下した特許が多い場合に、TPA値は相対的に低くなります。

件数、TPAともに順位が高かったAlphabet、eBay、Amazon、IBMは、非常に強い特許資産を持っていると言えるでしょう。

注目特許の事例

以下に、各社の特徴的な特許を紹介します。

Amazonは、物流効率化に関する特許「集荷場所」 (US9830572B2) を保有しています。これは、出荷前に物品を包装することなく、配送業者によるピックアップを可能にする方法の提案です。また、同社は「コンピュータを使った売り手のパフォーマンス分析」(US8510178B2)や「ユーザープロファイルとジオロケーションによる効率的なトランザクション」(US8135624B1)といった店舗効率化に関する特許、さらに、無人店舗におけるオンデマンドビデオストリーミングへの展開を可能にする特許「インタラクティブなショッピングインターフェースのためのブロードキャスターツール」(US9883249B2)を保有しています。

Alphabetは、衣類やアパレルをリコメンドする特許「検出されたウェブブラウザの入力とコンテンツタグの解析に基づく衣服や衣類のフォトリアリスティックレコメンデーション」(US10580057B2)があります。

eBayは「ウェアラブルセンサーに基づく推奨のためのシステム、方法、およびコンピュータ可読媒体」(US10956956B2)で、ユーザの状態に基づいて文脈的な推奨を提供するための装置および方法を提案しています。

近年増えているブロックチェーン関連の特許として、以下があります。

NIKEは「ブロックチェーンで保護された小売商品のための暗号デジタル資産をプロビジョニングするためのシステム及び方法」(US11295318B2)、Accenture は「ブロックチェーン分散データベースを介して商品サプライヤを自律的に選択するための装置、方法およびシステム」(US11062305B2)、salesforceは「分散型台帳技術(DLT)を使用してブロックチェーン上で取引されるデジタルツインの真正性証明を実装するためのシステム、方法、および装置」(US11488176B2)、IBMは「ブロックチェーン上でスマートコントラクトの実行階層を強制する方法及び装置」(US11663609B2)を保有しています。

VR・AR・MR(Mixed Reality:複合現実)関連の特許も増えています。

SAPは「ネットワーク化されたモバイルデバイスを使用した拡張現実ショッピング」(US9449343B2)、ベルシステム24は「複合現実感技術を用いた顧客支援装置及びウェアラブル情報処理端末」(JP6823688B2)、eBayは「オンラインマーケットプレイスにおけるデジタルアバター」(US10529009B2)、Microsoftは「アバターベースの仮想試着室」(US9646340B2)や「感情的文脈を持つコンテンツに広告を提示する方法と装置」( US9426538B2)等が注目の特許です。

AIや機械学習を用いた特許も増えてきました。

Accenture は、顧客関係管理(CRM)を自動化する特許「セマンティック人工知能エージェント」(US10951763B2)を保有しています。Price Technologies は「マルチモーダルデータを用いたディープラーニングモデルに基づく商品マッチングのためのシステムおよび方法」(US10949907B1)を提案しています。Capital One Financial は、機械学習を用いた「顧客との自動化された自然言語対話を提供するためのシステムおよび方法」(US11004440B2)を保有しています。

脳科学や認知科学を利用した特許も見られます。

Nanjing University(南京大学)は「脳波に基づいて感情を特定するショッピングシステム」(CN108073284B )や「脳とコンピュータの相互作用に基づくショッピング意思決定方法」(CN108932511A )など、買い物における心理を対象とした技術の特許を保有しています。

最後に

このように、リテールテックは、さまざまな最新技術や研究を取り入れて進化しています。今後は生成AIや大規模言語モデル、さらには脳科学を活用した特許が増えることが予想されます。

店舗の無人化や自動化が広まりつつある今、リテールテックは、小売・流通業界だけにとどまらず、買い物の未来、さらには、生活の未来を切り拓いていく推進力になることが期待されます。

関連記事

日本経済新聞 2023年8月24日電子版および紙面に、本稿の元データを利用した記事「流通×ITのリテールテック、アリババが特許数首位 米が半数、中国は2割 日本勢『無人化』で追う」が掲載されています。

また、202年10月16日の日経MJ(日経流通新聞)にも別記事「特許が映す未来の小売り、決済・位置情報…3.8万件分析」が掲載されています。

著者:アスタミューゼ株式会社 川口 伸明(薬学博士)

さらなる分析は……

アスタミューゼでは「リテールテック」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。

本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。

それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。

また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

本件レポートを
ダウンロードできます その他、未来の成長領域
136に関わるレポートも販売中
ダウンロードはこちら