基礎研究から実用化フェーズへ! 自己修復素材を行う軽量&強靭化素材がカーボンニュートラル社会実現を加速させる ~素材・材料テクノロジーの最先端と未来~

基礎研究から実用化フェーズへ! 自己修復素材を行う軽量&強靭化素材がカーボンニュートラル社会実現を加速させる ~素材・材料テクノロジーの最先端と未来~

著者:アスタミューゼ 田澤俊介 博士(工学)
佐古健生 博士(医学)
源泰拓 博士(理学)

はじめに

菅内閣総理大臣(当時)は2020年10月26日の所信表明演説においてカーボンニュートラルな社会の実現の目標を2050年にすると宣言しました。

燃費向上によるCO2排出の抑制のために、軽量かつ強靭な材料が注目されています。単に丈夫なだけではなく材料自身が損傷を直してしまう「自己修復材料」も登場してきました。自己修復材料を効果的に用いることができれば、修理や交換に伴うCO2排出を抑えつつ、長い時間の供用が可能になることからカーボンニュートラルの実現にも資する技術と考えられます。

これらの技術に取り組んでいるプレイヤーや有望な素材・技術にはどのようなものがあるのでしょうか。関連する技術データを深掘りし、軽量化/強靭化材料、および自己修復/自己治癒材料技術の現状と今後の展望について見ていきます。

市場軽量化/強靭化材料・自己修復/自己治癒材料とは

材料の重さは、車両、船舶、航空機などの輸送機械の燃費にかかわる要素の1つです。材料を軽量化することで、燃費が向上し、CO2排出量の削減につながります。しかし、材料を軽量化させると強度が落ちし、安全性も低下します。そのため、アルミニウム合金やポリマー材料など、重量密度が比較的小さくても強度の高い素材が利用されてきました。さらに、FRP(繊維強化プラスチック)などの強化材を部材の内部に複合することで強度を向上させる材料の開発も進められています。

一方で、長期間使用できる部材は、修理・交換に伴うCO2排出をへらす観点からも重要です。供用寿命を延ばすための技術として、自己修復/自己治癒材料が注目されています。自己修復性とは、傷ついた材料が、修理しなくても直っていく性質を指します。2008年にPhilippe Cordier氏がNature誌に報告した超分子材料は、理論上何度でも自己修復が可能な材料であり、この分野にとって新たな転機となりました。超分子など水素結合を有する素材から発現する自己修復性が、自動車の塗料やiPhoneケースのコーティングなどで採用されている例があります。

なぜ重要なのか

2015年12月に第21回気候変動枠組み条約国会議(COP21)にて気候変動抑制に関するパリ協定が採択されました。この協定により、各国は温室効果ガスであるCO2の削減対策が義務づけられました。国土交通省によると日本も2021年度では10億6400万トンのCO2を排出しますが、自動車を含む運輸部門からの排出はその17.4%を占めています。

環境:運輸部門における二酸化炭素排出量(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html

そのため、輸送機械の燃費を上げるのに不可欠な軽量化や強靭・高強度化の技術が近年注目されるようになりました。

また、材料の長寿命化は、生産過程で排出されるCO2を削減することで脱炭素にも寄与します。なかでも、セメントの生産には多量のCO2排出が必要なため、自己修復するセメントは、持続可能性が重要視される世界的な時流も相まって、近年ますます注目を集めています。

軽量化/強靭化材料・自己修復/自己治癒材料の技術動向分析

アスタミューゼでは、世界中のグラント(研究開発予算)や特許、論文、スタートアップなど、イノベーションに関わる膨大なデータベースを保有しています。ここでは対象の材料について、軽量化、強靭化、および自己修復材料技術の3つに分け、グラントと特許のデータを用いて深掘りし、現在の立ち位置と今後の展望について見ていきます。

グラントデータの分析

グラントの採択数(図1)および配分額(図2)の分野別における年次推移を示します。

図1:グラント採択数の分野別推移(2012~2021)
図2:グラント配分額の分野別推移(2012~2021)

採択数・配分額ともに、軽量化、自己修復材料、強靭化の順となっており、軽量化が他の2分野を圧倒しています。一方で、全ての分野で、2010年代初めから中頃にかけて採択数・配分額が増加していましたが、近年は減少傾向にあります。ただし、グラントデータの収集はwebサイトに公開されるものが対象で、公開されたものがすぐにデータベースに格納されるものではありません。このような、配賦・公表・データベース収納のタイムラグのために、直近の集計値は減少しやすいことには留意が必要です。

特許出願数の分析

分野別における特許出願数の推移を図3に示します。

図3:出願数の分野別の推移(2012~2021年)

どの分野も共通して当該期間での増加傾向が見て取れました。強靭化が年間2,000-3,000件程度と最も多く、軽量化および自己修復材料の分野は年間100-500件の間を推移しており、ほぼ同程度となりました。

本結果と図1・2のグラントの減少傾向を合わせて考えると、これら技術に関しては、大学・研究機関を中心とした基礎的な技術開発から、企業を中心とした技術開発への移行過程にあると推察されます。今後は製品の多様性や出荷額が増大して、市場が成長段階に入っていくものと考えられます。

図4:2015年の出願数を1とした特許出願数の分野別の推移(2012~2021年)

特許スコアリングによる技術分析

アスタミューゼでは、独自のアルゴリズムに基づき、特許の評価を行っています。特許1件ごとの競争力を評価するパテントインパクトスコアを付与し、さらに、それをもとに分析可能な特許(3,956件)を対象として、出願人ごとに出願特許の競争力を示すトータルパテントアセット(総合特許力)を算出しました。

トータルパテントアセット上位10社の結果を図5に示します。航空機や自動車の製造企業や化学系メーカーが多くランクインしています。日本の企業では、東レ、トヨタ自動車、本田技研工業の3社が入っています。

図5:2012年以降出願特許のトータルパテントアセット上位10社

トータルパテントアセット上位企業の代表的な特許例

  • Boeing社:Methods for making composite structures having composite-to-metal joints(和訳:複合材料と金属の接合部を有する複合構造の製造方法)(公開番号:US9522512B2)(出願年:2014年)
    (特許概要)航空機などに用いられる高強度の複合樹脂対金属接合部の製造
  • 東レ株式会社:Frame structure for backrest and method for manufacturing the same(和訳:背もたれのフレーム構造とその製造方法)(公開番号:US9487118B2)(出願年:2012年)
    (特許概要)自動車の背もたれ用の軽量かつ高強度の繊維強化樹脂フレーム構造
  • トヨタ自動車株式会社:Battery mounting structure for vehicle(和訳:自動車用バッテリー搭載構造)(公開番号:US9694772B2)(出願年:2013年)
    (特許概要)電気自動車バッテリー固定用フレーム用の高強度複合材料

また、トータルパテントアセットの上位には入っていない企業の出願であるものの、パテントインパクトスコアが高い注目特許を紹介します。

  • 注目特許1(パテントインパクトスコア:108)
    出願人:West Virginia University
    タイトル:Durable, fire resistant, energy absorbing and cost-effective strengthening systems for structural joints and members(耐久性、耐火性、エネルギー吸収性および、コスト効率に優れた構造接合部および部材の強化システム)
    公開番号:US9611667B2
    出願年:2016年
    特許概要:2種類の構造部材の接合部の間の空隙を埋める充填材に関する特許。従来のFRPシートと組み合わせることで、従来の応力集中の不均一性や応力腐食を改善し、強度を向上させる。構造物の強風や地震に対する耐性を効率的に向上させることができるるため、既存構造物の強化などでの応用が期待される。
  • 注目特許2(パテントインパクトスコア:104)
    出願人:Auburn University
    タイトル:Minimal weight composites using open structure(開放構造を利用による重量を最小限まで抑えた複合材料)
    公開番号:US9840792B2
    出願年:2014年
    特許概要:トラスなどに用いることができる開放構造用の複合材料に関する特許。本特許によると、強化繊維とポリマー母材の複合材料を管状の状態で作製することで、トラス構造に応用可能な材料を作ることが可能。
  • 注目特許3(パテントインパクトスコア:104)
    出願人:Massachusetts Institute of Technology
    タイトル: Nanostructure-reinforced composite articles and methods(ナノ構造体を強化材に用いた複合材料とその作製方法)
    公開番号:US10906285B2
    出願年:2019年
    特許概要:ナノスケールのサイズの強化材を母材に含有させた強化複合材料の作製に関する特許。カーボンナノチューブをはじめとしたナノ構造を基板の表面上に成長および整列させる。従来制御が困難であったナノ材料を一定の方向に配向させ複合化させられるこの技術は、材料強度の大幅な向上を実現することが期待できる。

まとめ

軽量化/強靭化材料・自己修復/自己治癒材料の技術に関しては、グラントが近年伸び悩む傾向にある反面、特許出願数が伸びていることから、研究開発の主役が、大学・研究機関から民間企業へと移行していることがうかがわれます。

今後は、注目特許に見られるようなカーボンナノチューブをはじめとした新素材の開発が企業でも進むと予想されます。CO2削減や電気自動車などのニーズの高まりが、これからの技術開発を後押ししていくでしょう。

著者:アスタミューゼ 田澤俊介 博士(工学)
佐古健生 博士(医学)
源泰拓 博士(理学)

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