
プラズモニクスと量子光学 ~究極の“光”は社会をどう変えるか?~
著者:アスタミューゼ株式会社 岡 寿樹 博士(工学)
目次
はじめに
光を極限まで制御・利用する技術の発展はめざましく、その適用範囲は光物性の基礎科学から、医療や次世代太陽電池などの社会課題解決型の技術応用にまでいたります。
国内外のグラント(科研費など競争的研究資金)の動向をみても、欧州ではHorizon EuropeによるEU史上最大規模の支援で、量子とフォトニクスの融合技術を対象としたプロジェクトが立ち上がり、米国ではNSFやDOEが、光の量子状態を活用した量子センシングを重点的に支援しています。日本でも、CRESTやさきがけをはじめとするJSTの大型研究プログラムが立ち上がり、量子フォトニクスやナノフォトニクスを中核とした課題が多数採択されています。
このような動向は、たんなる学術的支援にとどまらず、イノベーション創出やディープテックとして、社会実装を視野に入れた取り組みへと広がりつつあります。その技術革新の候補が、本レポートで取り上げる「プラズモニクス」と「量子光学」です。
プラズモニクスとは、金属ナノ構造と光の相互作用によって、光の局在化や電場の強度増強、高速・高効率発光の実現を目指した、光を時間的・空間的に極限まで制御する技術です。一方、量子光学は、光がもつ量子的な性質(重ね合わせ、量子もつれ、粒子性)を利用することによって、従来のレーザーでは実現し得なかった精度と感度で、情報制御・計測・通信を極限まで引き上げる技術です。
これらの技術は、光技術における次世代基盤技術として位置付けられており、さらにこれらの技術を融合することで、従来の光技術では到達が困難であった、時間・空間・エネルギー領域での極限的な光制御が可能になりつつあります。実際、光制御の精度を高めるだけにとどまらず、エネルギー変換(太陽光発電など)や生体センシング(高感度バイオセンサーなど)といった異分野応用にも波及し、強いインパクトをもたらしています。
このような究極まで制御された光は、今後、社会をどのように変えていくのか?本レポートでは、「プラズモニクス」と「量子光学」について、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、グラントと論文推移から見える今後の技術動向について、未来推定分析を行い、その結果をご紹介します。
※未来推定分析について
アスタミューゼでは、特許、グラント、論文などの文献に含まれる特徴的なキーワードの年次推移を抽出することで、近年発展している技術要素を特定する「未来推定」という分析をおこなっています。特徴的なキーワードの変遷をたどることで、これから脚光を浴びると推測される要素技術を可視化し、黎明・萌芽・成長・実装といった技術ステータスの分析が可能となります。
プラズモニクスとは
金属中の自由電子が光により集団的に振動する現象である「プラズモン」は、光と物質の相互作用に新たな特性をもたらす技術として注目されています。プラズモニクスは、このプラズモンをナノスケールで制御する光技術の総称で、ナノフォトニクスの一分野です。

プラズモンは一般的に表1のように3つに分類され、その構造によって異なる性質を示します。局在表面プラズモンは、波長よりも小さい金属ナノ粒子で起こります。そのため、可視光の波長帯域(380nm〜780nm)においては、粒径サイズが数10nmの金属ナノ粒子が対象になります。一方、表面プラズモンは、金属薄膜と誘電体の界面に沿って生じるため、誘電体の屈折率や入射光の入射角を適切に制御する必要があり、局在表面プラズモンと比較するとその用途が限定されます。

プラズモンが示す光学特性も分類によって異なります。表2に技術応用が展開されている代表的なものを列挙しました。量子サイズ効果は、プラズモンだけではなく、量子ドットなどのナノスケールの物質にほぼ普遍的に現れる現象です。粒径サイズによって発光色が変化するため、発光デバイスに利用されます。局在表面プラズモンの共鳴波長は金属によって異なり、粒径サイズを変化させることで、可視域をほぼ全てカバーする発光デバイスが作成できます。また、最近ではナノロッドなど、形状を変えることにより、近赤外光を発光させる研究もさかんです。
誘電環境への鋭敏性と異常光透過現象は、バイオセンシングなどにも応用されており、もっとも注目されるプラズモンの光学特性といえます。プラズモンセンサーは、プラズモンが持つ屈折率感度で特徴付けられます。例えば、直径約20 nmの球状金ナノ粒子は、約50 nm/RIU(refractive index unit)の屈折率感度をもつことが知られています。これは周囲の屈折率が1だけ変化すると、プラズモン共鳴ピークが約50nmシフトすることに対応します。緑色の光(530nm)であれば、黄色(580nm)に発光色が変化します。このように、周囲の屈折率変化をプラズモンの共鳴ピークの変化として検出するのがプラズモンセンサーです。
プラズモンセンサーの人体への応用、特に癌細胞検出への応用を考えてみましょう。癌細胞は正常細胞と比較して、周囲の屈折率と0.01〜0.02程度異なると言われています。屈折率感度が約50 nm/RIUであれば、おおよそ0.5nm〜1nm、共鳴ピークがシフトします。これは現在のプラズモンセンサーで十分に検出可能なシフト量です。現在の高感度プラズモンセンサーは、0.00001の屈折率変化を検知する分解能をもっており、癌細胞はもちろん、人体の1℃の体温上昇に起因する屈折率変化も検出できる感度です。
異常光透過現象は、金属薄膜にサブ波長サイズの穴(ナノホール)を周期的に配列することで、光の透過率が異常上昇する現象です。この高い透過性とプラズモンの誘電環境への鋭敏性により、ナノホール近傍の小さな変化(タンパク質の付着など)を高感度で検出できるためバイオセンサーに応用されています。
このように、プラズモニクスは既存の光技術では難しかった微小領域での光制御(波長制御、電場増強、環境鋭敏性、透過率増加など)を可能にし、バイオ、医療、ナノエレクトロニクス分野で広く応用されています。
プラズモニクスに関する論文の動向
プラズモニクス分野の発表論文の動向を見ていきます。アスタミューゼの保有するデータベースより、論文のタイトルと要約に「plasmon」と「nano」を含む、2015年以降に発表された母集団(71,522件)を抽出しました。論文は、大学や企業の研究所等が一定の成果を発表したものであり、短中期的な社会実装が期待できる技術といえます。さらに、黎明・萌芽的な研究であれば、新たなグラント獲得のシーズにもなるため、今後の発展が期待できる技術ともいえます。
図1は、2015年から2024年までのプラズモンに関連する論文のタイトルと要約において頻出する、キーワードの年次推移を成長度 (growth)の降順で示しています。成長度は、全期間における直近5年に出現したキーワードの比率を表します。成長度が1であるキーワードは、ここ5年以内に突如現れたキーワードであり、黎明・萌芽的な研究である可能性が高いと考えられます。

成長度が1のキーワードを見ると、「plasmonic-flour(プラズモニック蛍光色素)」や「WF-SPRM(広視野表面プラズモン顕微鏡)」といった、有機化学や医療分野に関連する応用研究であることがわかります。また、「thermoplasmonics(熱プラズモニクス)」や「nanoheaters(ナノヒーター)」といった熱プラズモンに関連したキーワードに加え、「biomarkers(バイオマーカー)」のようなDDS(薬物送達システム)や医療応用に関連するキーワード、さらには、「metasurface(メタサーフィス)」といったメタマテリアル応用に関連するキーワードが上位を占めています。これらのキーワードは、2015年以降の全期間において高い頻度で現れており、成長期にあるプラズモニクスの応用研究であることが推測できます。
成長度1のキーワードを国別にみると、「nanoblackbodie(ナノ黒体)」は4件すべてインド、「WF-SPRM(広視野プラズモン顕微鏡)」は3件がドイツ、「photoplasmonic(フォトプラズモニック)」は5件が米国、「plasmonic-fluor(プラズモニック蛍光色素)」は米国と中国がそれぞれ8件と4件といったように、黎明・萌芽的研究は、各国それぞれに得意分野があることがわかります。日本は成長度1のキーワードを含む論文はなく、0.78の「NPOM(nanoparticle-on-mirror / ミラー上ナノ粒子)」が2件、0.76の「thermoplasmonics(熱プラズモニクス)」が6件で、成長期と考えられる研究が多いのが特徴といえます。
プラズモニクスに関するグラントおよび研究プロジェクトの動向
つづいて、プラズモニクス分野のグラントの動向を見ていきます。アスタミューゼの保有するデータベースより、グラントの概要に「plasmon」と「nano」を含む、2015年以降に採択された母集団(6,637件)を抽出しました。グラントのデータは、まだ論文では発表されていない課題や、技術課題にむけた新しいアプローチ手法・研究事例が記されている情報とみなすことができます。
2015年から2024年までのプラズモンに関連するグラントの概要において出現するキーワードの年次推移を、成長度(growth)の降順で示したのが図2です。

成長度が1のキーワードを見ると、「plasmonic-flour(プラズモニック蛍光色素)」や「THz-FPAS(テラヘルツ焦点面アレイ)」といった、有機化学やテラヘルツ技術への応用が注目されていることがわかります。また、「HAMR(熱アシスト磁気記録)」や「heat-assisted(熱アシスト)」といった熱プラズモンの応用に関連したキーワードの他、「IQE(内部量子収率)」や「ultrabright(超高輝度)」のような発光素子に関連したキーワード、さらには「nanopore(ナノポア)」といったDNA塩基配列検出のためのセンサーが上位を占めています。他のキーワードを見ても、表2の応用例には見られない、黎明・萌芽的な次世代技術のキーワードが多いことがわかります。
以上、グラントと論文の年次推移から、プラズモニクスの技術動向を分析しました。医療応用と磁気応用が、今後のプラズモニクス研究の大きな潮流といえそうです。医療応用では、プラズモニック発光色素とバイオマーカー、熱プラズモンによる光温熱療法が中心になると考えられ、磁気応用では、HAMR(熱アシスト磁気記録)やメタサーフィスによるメタマテリアルが中核となると考えられます。一方、プラズモニックバイオセンサーの研究は、成長・実装期に入ったと考えられます。これは、本レポートでは示しませんでしたが、特許の年次推移分析から、バイオセンサー関連の技術用語が多いことからも推測されます。
量子光学とは
つぎに「量子光学」の技術動向を見ていきます。
「量子光学 (quantum optics)」は、光を「光子」という素粒子でとらえ、その光子がもつ量子的な性質(重ね合わせ、量子もつれ、粒子性)を利用することにより、従来のレーザーでは実現し得なかった精度と感度で、情報制御・計測・通信を極限まで引き上げる光技術です。一般的な「量子」の概念を理解するのは簡単ではありませんが、量子光学は対象が光であるため、従来のレーザーと対比することで、比較的容易にその性質を理解することができます。表3にレーザー光学と量子光学との違いをまとめました。学術的にはレーザーは量子光学に含まれますが、ここでは理解のしやすさを重視します。

レーザー光学は波としての性質をあつかうのに対し、量子光学では光子の粒子としての性質が重要になります。特にノイズ制御に関しては、両者には本質的な違いがあり注意が必要です。レーザー光学におけるノイズ制御は、S/N比を上げる、いわゆるノイズ除去ですが、量子光学におけるノイズ制御は、不確定性原理に伴う量子雑音の制御であり、光子の統計性や光子状態制御と直結する、量子光学の本質ともいえる重要な技術となります。
光技術応用の観点では、光のどの自由度を制御・活用するかが重要になります。まずは比較のため、表4にレーザー光学に基づく光の自由度とその応用例を列挙しました。

レーザー光学では、光を波として扱うため、波長(あるいは周波数)、振幅、位相、波数ベクトル、偏光、パルス性といった自由度に分類できます。一般的に、光技術では多くの自由度が複合的に寄与しますが、簡易化のため、代表的な自由度に対して応用例を列挙してあります。応用例の多さからも、レーザーがいかに光技術に革新をもたらしたかがわかります。
量子光学的な観点から見た光の自由度も基本的にはレーザーと変わりません。振幅が「光子数」に変わり、その光子の集団的な「光子統計性」という自由度が新たに加わります。これらの自由度を制御することで、光子の量子状態を制御し、レーザー光には存在しない特性を持った光を生成することができます。表5によく知られた量子光学的状態とその応用例をまとめました。

コヒーレント状態は、光子が光源からランダムに発生する状態です。確定した光子数は持たず、光子の集団はいわゆるポアソン分布に従います。しかし、粒子全体としては、完全な波としての性質を示し、これがレーザーの量子状態であることを示したR. J. Glauberは2005年にノーベル物理学賞を受賞しています。
量子光学の観点からは、レーザーは量子光学の一形態に過ぎません。逆にいうと、光子の統計性がポアソン分布(またはコヒーレント状態)から少しでも外れると、光子は粒子としての性質を示します。このポアソン分布から外れた光を扱う分野が、量子光学となります。そのため、太陽光ですら量子光学的な対象となります。
このポアソン分布からの「ずれ」は、量子雑音の制御により実現され、量子雑音の制御は、非線形光学効果により実現されます。量子光学と非線形光学が一括りにされるのは、このような理由によります。例えば、二次の非線形光学効果であるパラメトリック下方変換は、スクイーズド光や量子もつれ光の生成に利用されます。基礎研究ではBBO結晶が広く用いられますが、より制御された、高品質なスクイーズド光の生成には、PPLN (LiNbO3)などのデバイス開発が重要になり、非線形光学の理解が必須となります。
2022年のノーベル物理学賞では「量子もつれ」の実証に対する研究が評価され、量子光学の概念は広く知られるようになりました。しかし、量子コンピュータや量子テレポーテーションといった、魅力的なキーワードとともに普及したため、量子光学の応用=量子情報技術という印象を与えてしまっているようです。
量子光学の特性を利用した応用技術、例えば、単一光子による超高感度センシング、量子ノイズを超える測定技術、盗聴耐性のある通信は、医療、材料、通信、エネルギーといった実産業分野でも現実的な技術基盤となりつつあります。本レポートでは、量子光学の中核的な特性と、それが切り拓く応用の展望を、論文およびグラントの年次推移から分析します。
量子光学に関する論文の動向
量子光学分野の発表論文の動向を見ていきます。アスタミューゼの保有するデータベースより、論文のタイトルと要約に「photon」、「quantum」、「optic」を含む、2015年以降に発表された母集団(28,922件)を抽出しました。
図3は、2015年から2024年までの量子光学に関連する論文のタイトルと要約において頻出する、キーワードの年次推移を成長度(growth)の降順で示しています。

成長度が1のキーワードを見ると、「QPICs(量子フォトニック集積回路)」や「tin-vacancy(錫空孔)」といった、量子情報デバイスの集積化や新しい量子光源への応用研究に関連するものであることがわかります。また、「photovoltaics(太陽光発電)」や「LNOI(Lithium Niobate on Insulator / インシュレータ上ニオブ酸リチウム)」、「HBN(立方晶窒化ホウ素)」といった電子・光デバイス応用に関連したキーワード、さらに「non-Hermitian(非エルミート的)」のような、エネルギー非保存を表すキーワードが上位に位置しています。これらのキーワードは、2015年以降の全期間において高い頻度で現れているため、成長期にある量子光学デバイスの応用研究であることが推測されます。量子情報技術に関連するキーワードが多いなか、「photovoltaics(太陽光発電)」の件数が急激に伸びているのも注目に値します。
成長度1のキーワードを国別にみると、「foundry-scalable(ファウンドリスケーラブル)」は米国と中国がそれぞれ2件、「photon-avalanching(フォトンアバランシング)」は米国が2件、「QPICs(量子フォトニクス集積回路)」は日本が2件、「tin-vacancy(錫空孔)」は米国が12件といったように、黎明・萌芽的研究のほとんどが、米国で産まれています。日本は得意とする集積化で、量子フォトニクス分野を先導していることがわかります。
量子光学に関するグラントおよび研究プロジェクトの動向
つぎに、量子光学分野のグラントの動向です。アスタミューゼの保有するデータベースより、概要に「photon」、「quantum」、「optic」を含む、2015年以降に採択されたグラントの母集団(6,789件)を抽出しました。
図4は、2015年から2024年までの量子光学に関連するグラントの概要において出現するキーワードの年次推移です。成長度(growth)の降順で示しています。

成長度が1のキーワードには、「fiber-chip(ファイバーチップ)」や「QPICs(集積フォトニック集積回路)」といった量子デバイスの集積化、「LNOI(インシュレータ上ニオブ酸リチウム)」や「spin-photonic(スピンフォトニック)」といった電子・光デバイス応用があがっています。また、「telecom(電気通信)」や「quantum-photonic(量子フォトニック)」といった量子通信に関連したキーワードに加え、「chips(チップ)」や「scalable(スケーラブル)」のような集積化に関連したキーワードが上位に見られます。
以上、グラントと論文の年次推移から、量子光学の技術動向を分析しました。論文とグラントで共通する技術キーワードが多く、量子光学では萌芽的な研究と成長期にある研究が混在していると考えられます。萌芽的な研究としては、量子フォトニック集積回路やファイバーチップ、錫空孔やスピンフォトニクスといった、量子情報デバイスの集積化や、新しい量子光源開発が多いことがわかります。
成長期にある研究としては、太陽光発電やLNOIのような電子・光デバイス開発が多いことが年次推移から読み取れます。一方、量子光学応用の代名詞とも言える量子通信技術は、論文やグラントの中核からは外れており、既に実装期に入っていると考えられます。これは、本稿では触れませんでしたが、特許の年次推移分析では量子通信関連の技術用語が上位に多く見られることからも推測できます。
量子光学×プラズモニクス:量子プラズモニクス
本分析では、論文とグラントのデータベースをもちいて、プラズモニクスと量子光学の技術動向の分析を行いました。それらの分析から得られた論文およびグラントのキーワードをさらに詳細に解析し、今後10年のプラズモニクスと量子光学の融合研究の未来展望を見ていきます。
量子光学とプラズモニクスの融合領域は「量子プラズモニクス」とも呼ばれ、サブ波長スケールに閉じ込めた光と物質の相互作用を量子レベルで制御する分野です。量子プラズモニクスという用語は、2013年のNature Physicsの論文に端を発します。その論文では、「金属ナノ構造による電磁場の強い局在化と、光の量子的性質(単一光子性、量子もつれなど)との相互作用を扱う分野」と定義されており、比較的早い段階でその重要性は認識されていたようです。しかし、学術的に浸透し始めたのは、2020年代に入ってからになります。
プラズモン共鳴による電場増強と量子光源・検出技術を組み合わせれば、従来の光学デバイスを凌駕する感度・効率を持つ量子ナノフォトニックデバイスが実現できると期待されています。以下では、量子センシング、量子光源の制御、ナノフォトニックデバイス、バイオ・化学計測への応用に焦点を当て、実用技術の未来推定を示します。
最後に、世界的な研究・開発動向とともに、今後の日本における取り組みや立ち位置についても言及します。
量子センシングと高感度計測技術
量子プラズモニクスは、従来の光技術の検出感度限界を超える高感度センシングを可能にします。すでに言及したように、プラズモニックセンサ自体は、屈折率変化をリアルタイムで検出する、高感度バイオセンサーとして広く利用されています。しかし、その感度は光の量子ノイズによる理論限界があります。近年、量子もつれ光やスクイーズド光といった量子相関を持つ光をプローブ光として利用することで、この理論限界を打ち破る検出が可能であることが実証されました。米オクラホマ大学とオークリッジ国立研究所のグループは、量子もつれ光をプラズモンセンサーに導入し、屈折率変化の検出感度をレーザー光と比較し、約56%向上させることに成功しています。これは量子もつれ光によりセンサーのノイズフロアを低減し、ショットノイズ限界を下回る検出が可能になった例です。
さらに、単一光子レベルの超高感度計測の実現も現実味を帯びてきています。シンガポールの研究グループは、量子もつれ光を用いた「量子分光法」により、信号がノイズの70倍小さい環境下でも、プラズモニックセンサの応答が検出可能であることを示しました。このように量子相関を利用したセンシングは、非常に弱い光信号や生体試料のようなノイズ環境下での高感度計測に大きな可能性を示しています。
今後10年では、量子プラズモニックセンサの実用化に向けた研究が加速すると予想されます。具体的には、量子もつれ光源の小型集積化やスクイーズド光の高効率発生といった量子光源技術の進歩により、実験室レベルの量子センシングをチップ上に統合する開発が進むでしょう。これらにより、医療診断や環境計測において、これまで不可能だった微弱信号の検出が可能となるかもしれません。
量子光源と量子エミッタの制御技術
単一光子源や量子光源の開発は、プラズモニクスの活用によって大きな前進が期待される分野です。プラズモニックナノ共振器やナノアンテナは、発光体(量子ドットや量子井戸など)の自発放出を増強するPurcell効果を利用することで、単一光子放出の高速化を可能にします。実際、プラズモニック共振器に単一量子エミッタを結合させ、室温で10ps程度の発光寿命をもつ超高速単一光子放出が報告されました。これは一般的な蛍光寿命(~10ns)とくらべ、文字通り桁ちがいに速い結果です。また、量子プラズモニクスは強結合領域での光源制御にも寄与しています。たとえば、2024年には、量子ドットをプラズモニックナノ共振器に閉じ込め、安定した強結合(ラビ分裂)を観測した研究が報告されています。このような強結合ナノ光源は、テラヘルツや中赤外領域での新しい周波数帯の量子光源につながる可能性があります。
一方で、プラズモニクスには、金属損失による非放射過程(クエンチング)の問題があります。発光体を金属に近づけすぎると、発光が金属内の熱として失われてしまうため、強結合やPurcell効果とトレードオフの関係にあります。フランスのグループは、プラズモン誘起光重合を利用して、量子ドットをナノアンテナ近傍に固定し、最適位置に単一量子ドットを配置することに成功しました。そのハイブリッドナノ発光体では、偏光状態によって異なる発光モードが観測されています。
今後は、室温動作する実用的な単一光子源の開発に量子プラズモニクスが不可欠となるでしょう。半導体量子ドットや色中心(ダイヤモンドNVセンターなど)は、室温単一光子源として有望ですが、光子生成レートに課題があります。プラズモニック共振器とのハイブリッド化により、室温で高速かつ高品質な単一光子源の実現が期待できます。
ナノフォトニックデバイスと集積化動向
量子プラズモニクスを実用システムに組み込むには、ナノフォトニックデバイスへの集積化が鍵となります。プラズモニック素子はサイズが小さく、高速応答が可能であるという利点がある一方、伝搬損失が大きいという欠点があります。そのため、将来の量子フォトニック集積回路では、プラズモニック素子と低損失の誘電体ナノフォトニクスを組み合わせたハイブリッド集積が主流になると考えられます。例えば、量子メタサーフェスと呼ばれる概念が登場しており、ナノアンテナアレイによって単一光子の波面や偏光状態を制御する試みがなされています。また、強結合ナノフォトニクスやエキシトンポラリトンをもちいた量子メタマテリアルも、光子の材料内部で制御する新奇デバイスとして注目されています。
理論面では、非エルミート(損失・増幅系)フォトニクスや超強結合理論の進展がデバイス開発を後押ししています。プラズモニクスは本質的に損失系であるため、近年はあえて損失を取り入れた「非エルミートフォトニクス」により、新奇な現象を引き出す研究が盛んです。量子プラズモニクスにも非エルミート設計を取り入れることで、損失を積極的に利用する設計パラダイムが考案されています。また、真空と物質の結合エネルギーが遷移エネルギーに匹敵する、超強結合(ultrastrong coupling)の領域では、新たな物理相が理論的に予測されており、ナノデバイスでの検証が期待されます。これらの理論的知見は、今後10年の量子ナノデバイスの実験的検証とデバイス応用における、デバイスデザインの指針となるでしょう。
バイオ・化学計測への応用展望
量子プラズモニクスの技術は、バイオ・化学計測の分野でゲームチェンジャーになる可能性があります。従来のプラズモンセンサーは、高感度な生体分子検出が可能ですが、単分子検出や極微量分析といった、究極的な検出には依然限界がありました。量子センサー技術を導入することで、この壁を打ち破ることが期待できます。実際、量子バイオセンサーは、生体試料中の超微量分析(バイオマーカーのフェムトモーラー検出など)への応用が期待されており、従来では困難だった超高感度・定量的バイオセンシングを可能にするポテンシャルがあります。
このように、量子プラズモニクスはバイオ・化学計測において感度・分解能の飛躍をもたらす可能性があり、国際的にも注目されています。日本においても、量子センシングを応用した医療診断や食品・環境中の有害物質のリアルタイムモニタリングなど、社会的ニーズの高い応用分野で量子プラズモニクス技術の実証が進むと期待されます。
おわりに:今後10年の展望と日本の立ち位置
量子光学とプラズモニクスの融合研究は、量子センシング、量子光源、ナノフォトニック集積、バイオ計測といった領域で、従来技術を超える性能を引き出すキーテクノロジーとなっています。
今後10年間で、これらの技術要素がさらに成熟し、実用レベルのシステム実装が進むでしょう。例えば、量子もつれ光を用いたバイオセンサーや、プラズモニック強結合によるオンチップ量子光スイッチング素子などがプロトタイプとして現れ、特定用途においては、従来技術を凌駕する性能を示すと予想されます。
また、室温動作や大規模並列化といった実用上のハードルも、材料科学の進展(低損失プラズモニック材料の開発など)やデバイス設計(非エルミート最適設計など)によって徐々に克服されていくでしょう。日本の研究コミュニティも、量子プラズモニクス分野で重要な役割を果たしていくことが期待されます。現在、国内では文部科学省やJSTの大型プロジェクト(Q-LEAPやムーンショット型研究開発など)のもとで、量子技術の社会実装が推進されています。
光・量子技術は、そのなかでも重要な柱の一つと位置付けられており、産学官連携による開発が進んでいます。日本はナノ加工や材料分野で強みがあり、プラズモニクスでも世界トップレベルの実績を持つ企業・研究機関を擁します。これらの強みをいかし、量子計測・センシングの実利用(医療・環境)や量子情報ネットワーク基盤技術において、独創的かつ先導的な成果を出せるポテンシャルがあります。
基礎科学から生まれた量子プラズモニクスは、今後10年でデバイス技術へと昇華し、超高感度センサーや高速量子光回路といった形で実装され、社会に貢献していくでしょう。その実現に向けては、異分野融合の研究開発と継続的な技術革新が必要です。量子時代のナノフォトニクス技術として、量子プラズモニクスの進展が期待されます。
著者:アスタミューゼ株式会社 岡 寿樹 博士(工学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「プラズモニクス」および「量子光学」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。