DXからQXへ:デジタル・トランスフォーメーションは量子技術活用の時代に

DXからQXへ:デジタル・トランスフォーメーションは量子技術活用の時代に

著者:アスタミューゼ株式会社 ミシェンコピョートル 博士(工学)

はじめに

2018年に、経済産業省は「産業界のデジタル・トランスフォーメーション(DX)」を発表しました。

その中で、DXは次のように定義されています。

“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。”

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf

DXと近年注目を集めている量子エコシステムがどのような関係にあり、QX(クアンタム・トランスフォーメーション)へとどのように繋がっていくのか、本レポートで考察していきます。

DXからQXへ

DXは急速に進化し、サイバー空間と現実空間を高度に融合させた「Society 5.0」の実現が近づいています。爆発的に増大するデータ量や通信量をデジタル技術だけで処理するのは困難と予想されます。情報処理能力やセキュリティ対策に優れている量子エコシステムを活用していくことが不可欠です。現代社会はデジタル技術を活用したDXの時代から量子(クアンタム)技術を活用したQX(クアンタム・トランスフォーメーション)の時代へと変化していくでしょう。

量子エコシステムとは「量子技術に基づいて構築された総合的なシステムや産業のエコシステム」を指します。

量子効果(量子重ね合わせや量子もつれなど)を巧みに操ることで実現される量子計算・量子通信・量子計測を基盤技術とします。

また、QXは「量子技術による社会変革を目指すものであり、DXの量子技術版」です。

量子エコシステムによるQX

量子エコシステムによるQX が具体化する可能性が特に高い領域として、以下の4つが挙げられます。

  1. 金融
    取引戦略、市場予測、ポートフォリオの最適化、リスク分析、不正検出など
  2. 物流・交通
    自動車・船舶・航空機・ドローン等の配送機体の稼働計画、ルートの最適化、交通シミュレーション、自動運転など
  3. 創薬・医療
    新薬の開発や製造、高精度な診断、高感度で小型なMRIなど
  4. セキュリティ
    秘匿性の高い通信、保護すべきデータの高セキュアな保存など

本レポートでは、上記の領域に関わる情報をアスタミューゼのデータベースから抽出し、調査を行いました。今回はグラント(競争的研究資金)と論文のデータを使用しています。

量子エコシステムに関するグラントの動向

グラントとは、科学研究などを支援する目的で行政機関や民間助成財団から交付される一定の補助金・助成金です。論文は既存の研究成果の発表であるのに対して、グラントは未来の研究成果を示唆する先行指標としての役割を果たします。

図1は2002年以降に採択・開始された、量子エコシステムに関するグラントの年次推移を領域別でまとめたものです。

図1:量子エコシステムに関する領域別グラント件数の年次遷移

金融や物流・交通の領域に比べて、創薬・医療やセキュリティの領域におけるグラントの件数が多い傾向が見られます。

セキュリティ領域の件数は2018年にピークを向かい、2018年以降は徐々に減少しています。セキュリティ領域は国家の安全保障に関わる領域であり、関係する情報が公開されていないことも寄与している可能性もありますが、セキュリティ領域が研究・開発の段階から実用化・商用化の段階へと移行していると見ることもできます。セキュリティ領域は他の領域よりも歴史が長いことも考慮する必要があります。

図2は2011年におけるグラント件数を1とした場合の領域別件数の推移を示しました。領域ごとの増加・減少の傾向が見て取れます。

図2:2011年の件数を1とした場合の量子エコシステムに関する領域別グラント件数の年次遷移

これで見ると、2011年のグラント件数と比較した場合、2022年には金融と物流・交通と創薬・医療は4倍程度、セキュリティは2018年に4倍程度のピークを過ぎて、2倍程度伸びたことが分かります。

量子エコシステムに関する論文の動向

図3は2002年以降に発表された、量子エコシステムに関する論文件数の領域別年次遷移です。

図3:量子エコシステムに関する論文件数の領域別の年次遷移

金融や物流・交通、創薬・医療の領域に比べ、セキュリティ領域の件数が圧倒的に多いことがわかります。

グラントと同様に、論文の件数の増加・現象の傾向を見るために、2011年における論文の件数を1とした場合の量子エコシステムの各領域の件数推移を示したのが図4です。

図4:2011年の件数を1とした場合の量子エコシステムに関する領域別論文件数の年次遷移

2011年と比較した場合、2022年には金融は20倍程度、物流・交通と創薬・医療は10倍程度、セキュリティは2~3倍程度伸びています。図3と図4からは、セキュリティの件数が圧倒的に多いが、伸び率が極めて低いことがわかります。

量子エコシステムの活用例とスタートアップ企業の情報

量子エコシステムに関連するサービスを提供している、あるいは研究や実装に取り組んでいるスタートアップ企業を、金融、物流・交通、創薬・医療、セキュリティの領域別に紹介します。

  • 金融
    • 企業名:Multiverse Computing
    • http://multiversecomputing.com/
    • 調達資金額:27.6M USD
    • 設立:2019年
    • 概要:金融を含む様々な領域に応用可能な量子アルゴリズムを組み込んだSaaS(Software as a Service)を提供しています。Excelシートに接続することで簡単にポートフォリオを最適化するプラグイン等です
  • 物流・交通
    • 企業名:QC Ware
    • https://www.qcware.com/
    • 調達資金額:41.4M USD
    • 設立:2014年
    • 概要:量子コンピュータ向けの組み合わせ最適化の問題や機械学習の問題を取り扱うソフトウェア・アルゴリズムを研究・開発する企業です。株式会社アイシンと共同で量子コンピュータを用いて輸送の最適ルートを割り出すソフトウェア・アルゴリズムを開発しています
  • 創薬・医療
    • 企業名:PASQAL
    • https://www.pasqal.com/
    • 調達資金額:142.1M USD
    • 設立:2019年
    • 概要:中性原子を2Dや3Dに規則正しく配列することで量子コンピュータを構築し、エネルギー、ヘルスケア、ファイナンス、モビリティなどの領域の問題解決に取り組んでいます
  • セキュリティ
    • 企業名:Quantum Xchange
    • https://quantumxc.com/
    • 調達資金額:23.5M USD
    • 設立:2018年
    • 概要:営利企業や行政機関向けに安全な通信のためのソリューションを提供する企業です。既存の暗号化鍵を量子コンピュータの攻撃から守る暗号化鍵管理システム(Phio Trusted Xchange)を提供し、ポスト量子暗号(PQC)と量子鍵配送(QKD)の両方をサポートしています

まとめ

図1~4で分かるように、金融、物流・交通、創薬・医療の領域におけるグラントと論文の件数が共に順調に伸びています。しかし、セキュリティの領域では、2018年を境目にグラント件数が徐々に減少し、論文件数も伸び率が停滞しています

理由として、二つの推論があります。一つは、セキュリティ領域が研究・開発の段階から実用化・商用化の段階へと移行していること。量子エコシステムを活用したセキュリティ領域は、他の領域とは異なる側面があります。実用化が極めて困難な大規模量子コンピュータを必ずしも必要としない点です。実用化が比較的容易な量子通信や量子計測で十分に対応が可能な領域なのです。また、量子エコシステムの活用例として最初に考案されたのがセキュリティに関わる公開鍵暗号を破るためのショアのアルゴリズムであり(注)、セキュリティ領域が他よりも歴史が長いことも考慮に値します。

注:P.W. Shor, “Algorithms for quantum computation: Discrete logarithms and factoring”, Proceedings 35th Annual Symposium on Foundations of Computer Science. IEEE Comput. Soc. Press. pp. 124-134, (1994). doi:10.1109/sfcs.1994.365700.

二つ目は、セキュリティ対策の領域は国家の安全保障に関わる重要な領域であり、セキュリティ対策に関係する情報が公開されていないのでは?という可能性です。この推察が正しいとすると、量子エコシステムに限らず、最先端技術の動向を分析する際には、その技術の専門的知識や歴史的背景社会的背景も考慮する必要性を示唆し、単純な件数の増加や減少公開情報だけで物事を判断する危険性も暗示しています。

著者:アスタミューゼ株式会社 ミシェンコピョートル 博士(工学)

さらなる分析は……

アスタミューゼでは「量子エコシステム」に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。

本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。

それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。

また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

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