インセクトリファイナリー: 昆虫をもちいた持続可能な精製産業の動向分析と最新事例

インセクトリファイナリー: 昆虫をもちいた持続可能な精製産業の動向分析と最新事例

著者:アスタミューゼ株式会社 中曽根 大輝 博士(理学)

インセクトリファイナリーとは

インセクトリファイナリー(Insect refinery)とは、昆虫を活用した製品生産システムの総称です。狭義のインセクトリファイナリーとしては、昆虫を「道具」として利用し、有機廃棄物を処理すると同時に、昆虫バイオマスをエネルギーやその他の有益な製品に変換するという領域として定義されています。これは廃棄物処理と資源生産を統合した革新的なシステムであり、サーキュラーエコノミーの実現に向けた重要な技術として注目されています。

一方、昆虫バイオマスから多様な有用製品を生産するという点に注目すると、伝統的な養蚕業による絹生産や昆虫由来の有用タンパク質の応用製品の生産全般も広義のインセクトリファイナリーとなります。

本レポートでは広義のインセクトリファイナリーについて分析をおこないます。

インセクトリファイナリーは、昆虫バイオマスを製品や燃料、化学品に変換する多製品生産システムであり、石油リファイナリーの生物版であるバイオリファイナリーの一種でもあります。昆虫食品もそのひとつであり、世界的な食料危機と環境問題を背景として、重要性が高まっています。2050年には世界人口が97億人に達すると予測され、従来の畜産業では必要なタンパク質供給が困難とされています。昆虫は少ない土地と水で効率的にタンパク質を生産でき、温室効果ガス排出量も従来の畜産業より大幅に少ないという利点があります。国連食糧農業機関(FAO)や各国政府による政策支援により、2030年までに昆虫タンパク質市場は数十億ドル規模に成長すると予測され、とくに発展途上国では、小規模農家や起業家にとってのあらたな収入源として期待されています。

インセクトリファイナリーで生産される製品は昆虫食品だけでなく、肥料、動物飼料、バイオポリマー、産業用酵素、バイオガスなど多岐にわたります。昆虫由来の機能性成分であり、抗菌ペプチド、免疫調節物質、産業用酵素などの高付加価値製品の開発も進んでいます。

インセクトリファイナリー技術のおもな技術領域・製品には、以下のような要素があります。

【技術手法】

  • 昆虫飼育・大量生産技術:自動化飼育システム、環境制御技術、飼料最適化、品種改良、統合技術と自動化による生産効率向上など
  • 廃棄物処理・生物変換技術:有機廃棄物処理、エントモレメディエーション(重金属などの汚染物質の除去)
  • バイオテクノロジー技術:遺伝子組み換え、ゲノム編集昆虫による有用物質生産

【製品】

  • 食料・飼料:タンパク質粉末、昆虫オイル、動物飼料
  • 工業・化学原料:バイオ燃料、界面活性剤、潤滑油・ワックス、ポリマ原料、生分解性フィルム、泡消火剤など
  • バイオマテリアル・医療材料分野:キチン・キトサン、メラニン、コラーゲン、シルク、バイオファイバー、機能性繊維など
  • 高機能性物質・医薬品分野:抗菌ペプチド(AMPs)、産業用酵素、抗凝固剤・抗止血剤、ラウリン酸、保湿成分、アンチエイジング成分、天然色素など
  • 農業分野:フラス肥料(昆虫の脱皮殻や排せつ物)、バイオスティミュラント
  • 研究用資材分野:実験用昆虫、細胞培養基質、遺伝子組み換え昆虫による有用物質生産

本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、特許や論文におけるインセクトリファイナリーに関わる技術動向を見ていきます。

インセクトリファイナリーに関連する特許の動向分析

アスタミューゼが保有する特許データベースから、前項であげた技術領域に関連するキーワードを要約にふくむ特許母集団10,667件を抽出しました。この母集団を対象に、文献内にふくまれるキーワードの年次推移を算出することで、近年進展のある技術要素を特定する「未来推定」分析をおこないました。キーワードの変遷を把握することで、すでにブームが去った技術やこれから脚光を浴びる技術要素を定量的に評価・可視化することができます。未来推定分析により、それぞれの技術要素に対する技術ステータス(黎明・萌芽・成長・実装)を予測することが可能です。

図1は、2015年以降出願のインセクトリファイナリーに関連する特許の要約にふくまれる特徴的なキーワードの年次推移です。成長率(growth)は2015年以降の文献中における出現回数と、2020年以降の文献中における出現回数の比で定義されます。1に近いほど直近に多く出現しており、近年注目されているキーワードであると見なせます。

図1:インセクトリファイナリーに関連する特許の要旨に含まれるキーワードの年次推移(2015年以降)

2015年以降に出願されたインセクトリファイナリーに関連する特許の分析結果では、「BSF(アメリカミズアブ)」「acheta(ヨーロッパイエコオロギ)」、「bombyx(カイコ)」といった主要な産業用昆虫種を中心とした特許出願が活発化しています。インセクトリファイナリー分野では昆虫種によって利用用途が明確に差別化されており、コオロギ類は主に昆虫食品や健康機能性食品への応用、ミズアブ類は主に油脂・タンパク質生産(飼料用)や有機廃棄物処理、バイオチャー(バイオ炭)製造などの工業的用途に、カイコは主に機能性食品、高機能材料や医薬品原料の生産に特化しています。特にカイコでは「bmnpv(カイコ核多角体病ウイルス)」に関する病害抵抗性技術や品質管理技術も重要な技術基盤として発展しています。このように安定した工業的昆虫生産を支える飼育技術に関する特許出願が活発化しています。

個々のキーワードに注目すると「saprophagous(腐食性昆虫)」、「biowaste」、「bioconverter」、「feedstocks」といった有機廃棄物の分解に関するキーワードが出現しています。これは、有機廃棄物を昆虫飼育用の基質として効率的に活用するための循環型システムへの取り組みが近年さかんにおこなわれていることによるものとみなすことができます。

また、生産された昆虫バイオマスの利用に関連したキーワードとして「protein-hydrocolloid(昆虫由来機能性タンパク質抽出技術)」、「feed-supplement(昆虫用機能性飼料添加剤)」も増大傾向にありました。これらのキーワードに関連した特許は、昆虫バイオマスから多様な有用成分を抽出する高付加価値技術にもとづく、機能性タンパク質や栄養補助食品などの付加価値製品に関するものです。さらに「fecula(昆虫の排泄物)」、「frass」といった、昆虫の排泄物を肥料やバイオチャーとして利用する技術キーワードもみられ、廃棄物処理からはじまり昆虫バイオマス生産、高付加価値製品創出、そして副産物の肥料化まで、一連の工程全体で価値を創出する統合的なバイオリファイナリーシステムが構築されつつあることがうかがえます。

これらのキーワードをふくむ、近年の特許事例を抜粋し、3例を以下に紹介します。

  • WO2024173774A2 “Nutrient and biochar production using high moisture feedstock and black soldier flies”
    • 出願人:Intersect Agriculture, Inc.
    • 国:アメリカ合衆国
    • 公開年:2024年
    • 概要:アメリカミズアブをもちいてバイオチャーと栄養素を連続生産するためのclosed-loop法の開発。高水分含有有機廃棄物を餌として幼虫を飼育する。終齢幼虫は家畜飼料用の高タンパクミール、オイルに加工。飼育中に発生した排せつ物は熱分解にかけられ、バイオチャーへと変換。また、熱分解時に発生したガスは燃焼させることで飼育環境の温度調節も行う。
  • KR20230174400A “A process for the preparation of cricket bread and the cricket bread preparation therefrom”
    • 出願人:Song Mi-ja
    • 国:韓国
    • 公開年:2023年概要:コオロギパンの製造方法とそれにしたがって調製されたコオロギパンに関する発明。本発明により調製されたコオロギパンは、タンパク質などの栄養特性が向上し、抗がん効果などの付加的機能性を持つ。また、風味の向上と湿潤で柔らかい食感により、嗜好性を大幅に高める。さらに、消化改善と肥満負担軽減の効果があり、全年齢が楽しめる食事として期待される。
  • CN119014499A “A kind of colorful luminous silk with orthogonal excitation-emission characteristics and preparation method thereof”
    • 出願人:Application filed by Inner Mongolia University of Technology
    • 国:中国
    • 公開年:2024年
    • 概要:直交励起発光特性を持つカラフル発光シルクとその製造方法に関する発明。ナノ光学材料分野の技術であり、直交励起発光特性をもつ二層コアシェル構造ナノ粒子を調製し、表面プロトン化処理による水溶化改質をおこなう。このナノ粒子水溶液を桑葉に噴霧し、カイコ5齢幼虫に摂食させて営繭まで飼育することで、直交励起発光特性を持つカラフル発光シルクを得る。この方法で調製された発光シルクは、二つの光周波数アップコンバージョン発光機構を組み合わせ、高い生体組織透過性、低い生体背景蛍光干渉、長い蛍光寿命、高い光学安定性、狭帯域発光などの利点をもち、複数の発光色チャンネルを提供できる。

つづいて、特許出願件数の動向です。企業や研究機関の出願する特許の傾向には、社会実装が近い、あるいはすでに実装済みである技術と関連する短中期の様相が反映されます。 図2はインセクトリファイナリーに関連する2015年以降の全世界における特許出願件数の年次推移を示しています。なお、特許データは出願から公開までにタイムラグが存在するため、直近の集計値は参考値です。

図2:インセクトリファイナリーに関連する特許出願件数の年次推移(2015年以降)

インセクトリファイナリーに関する特許の出願件数は、2015年から2017年まで急激に増加しましたが、その後は減少傾向にあります。この傾向は、イノベーションの停滞ではなく、技術の成熟と市場戦略の転換というポジティブな側面を反映していると考えられます。

現在のインセクトリファイナリー分野は、産業の黎明期に飼育や加工に関する広範な基礎技術が出そろい、新規参入者が殺到した、いわば「ゴールドラッシュ」段階は終息した状態といえます。近年の特許出願は生産効率の向上や循環システムの高度化、高付加価値な機能性成分・素材の開発など、より応用的な技術に関するものであり、各企業がコア技術を深堀し、差別化と競争優位性を確立しようとする集約フェーズへの移行しつつあると考えることができます。

インセクトリファイナリーに関連する論文の動向

特許分析と同様に、インセクトリファイナリーと関連する特徴的なキーワードをふくむ論文母集団4,210件を抽出しました。2015年以降に発表されたインセクトリファイナリー関連する論文の要旨にふくまれている特徴的なキーワードの年次推移を図3にしめします。

図3:インセクトリファイナリーに関連する論文の概要に含まれるキーワードの年次推移(2015年以降)

ここでは主に特許の分析では出現しなかった用語に注目し、近年の技術トレンドをひもといていきます。論文の分析では「superworms(Zophobas morio)」、「diaperinus(Alphitobius diaperinus)」、「Yellow mealworm(Tenebrio molitor)」といったゴミムシダマシ類(いわゆるミールワーム)が注目キーワードとして出現しました。ミールワームは昆虫食品(機能性食品もふくむ)、家畜・水産養殖飼料だけでなく有機廃棄物処理や抗菌ペプチドの生産にももちいられる産業用昆虫種です。一方で「brevitarsis(Protaetia brevitarsis)」はメジャーな産業用昆虫種ではないものの、アメリカミズアブやミールワームでは分解困難なリグノセルロース分解能を持つことやフラス(排泄物)の肥料利用、機能性食品としての価値が高いといった特性があり、注目されている昆虫種です。

特許と同様に廃棄物処理に関する「biowaste(有機廃棄物)」、「bioconversion(生物変換)」、「monogastric(単胃食動物→単胃食動物では分解できないものという文脈で使用される)」などのキーワードも出現しており、この分野の研究が活発化していることがうかがえます。さらに、より高度な有機廃棄物処理に関するキーワードである「entomoremediation(エントモレメディエーション)」も出現しています。エントモレメディエーションとは、昆虫をもちいて有機汚染物質(毒性物質、マイクロプラスティック、残留農薬、医薬品成分、ナノマテリアル等)や重金属などで汚染された土壌の浄化をおこなう技術です。

また、特許でも出現していた「frass(フラス:昆虫の脱皮殻や排泄物)」は、論文では出現頻度が非常に高いことが確認できます。フラスは従来の化学肥料にかわる有機肥料として注目されおり、昆虫由来の成分により植物の成長促進と抗ストレス効果の向上が示唆されています。しかし、フラスの安全性や品質評価方法が定まっていないこと、農作物におよぼす影響が完全に明らかになっていないなどの課題点があり、現在、さまざまな農作物にたいする実証研究が進んでいます。

出現頻度は低いものの「degree-of-hydrolysis(加水分解度)」「thanatin(タナチン)」、「amp-17(AMP-17)」、「tmdorx2(TmDorX2)」、「lebocin(レボシン)」といった抗菌ペプチドに関する用語も増大傾向にありました。これらの昆虫由来抗菌ペプチドは、それぞれことなる作用機序と応用分野をもち、次世代の感染症治療薬として注目を集めています。

これらのキーワードをふくむ、近年の論文から4例を、抜粋して紹介します。

  • “Unpacking the benefits of black soldier fly frass fertilizer towards nematode suppression and potato production”
    • 雑誌名:Frontiers in Plant Science
    • 出版年:2025年
    • DOI:https://doi.org/10.3389/fpls.2025.1509643
    • 概要:アメリカミズアブのフラスにキチンを5%添加した肥料の効果を検証。キチン強化フラス肥料は、従来のNPK+殺線虫剤処理と比較してジャガイモ収量を向上させた。線虫抑制効果も優れており、繁殖率を抑制し、土壌中の線虫卵数と感染性幼虫数を55-92%削減する効果を示した。この結果は、高コストで環境負荷の大きい化学肥料や殺線虫剤に代わる持続可能な農業資材として、昆虫由来フラス肥料の可能性を実証している。
  • “Antimicrobial peptide AMP-17 induces protection against systemic candidiasis and interacts synergistically with fluconazole against Candida albicans biofilm”
    • 雑誌名:Nature Nanotechnology
    • 出版年:2024年
    • DOI:https://doi.org/10.3389/fmicb.2024.1480808
    • 概要:イエバエ由来抗菌ペプチドAMP-17の全身性カンジダ症治療効果を検証した研究。ハチノスツヅリガ幼虫とマウスの感染モデルで、AMP-17は生存率を向上させ、病原菌量を約90%減少させた。フルコナゾールとの併用実験では相乗効果を示し、カンジダのバイオフィルム形成や菌糸の増殖、細胞外マトリックスの炭水化物含量等を減少させた。この結果は、AMP-17が薬剤耐性真菌に対する新たな治療選択肢として、単独または既存薬との併用により有効である可能性を示している。
  • “Method for Zero-Waste Circular Economy Using Worms for Plastic Agriculture: Augmenting Polystyrene Consumption and Plant Growth”
    • 雑誌名:methods and protocols
    • 出版年:2021年
    • DOI:10.3390/mps4020043
    • 概要:ミールワーム(Tenebrio molitor)とスーパーワーム(Zophobas morio)が、耐久性と自然分解抵抗性により深刻な環境汚染源となっているポリスチレン(PS)を炭素源として摂食・分解可能で、かつ毒性影響がないことが判明。さらにスクロースとふすま少量添加でPS摂食量が増加した。また、2種由来のフラスを肥料として利用することでドラゴンフルーツ栽培が可能であることを実証。とくにスーパーワームフラスは2週間でミールワームフラスや対照培地よりすぐれた成長・発根効果をしめした。
  • “Composting the Invasive Toxic Seaweed Rugulopteryx okamurae Using Five Invertebrate Species, and a Mini-review on Composting Macroalgae”
    • 雑誌名:Waste and Biomass Valorization
    • 出版年:2023年
    • DOI:https://doi.org/10.1007/s12649-022-01849-z
    • 概要:5種の無脊椎動物をもちいて、2015年以降にジブラルタル海峡で爆発的に増殖した侵入海藻(Rugulopterycx okamurae)を浄化する検証。従来のミミズをもちいたコンポスト化による駆除は海藻の有毒な二次代謝産物により困難であった。本研究では、アメリカミズアブの幼虫とゴキブリ(Eublaberus spp.)によるコンポスト化が有効であり、毒性物質の分解だけではなく、長期生存・成長・繁殖に影響しないことを明らかにした。

つぎに、近年のインセクトリファイナリーに関連する論文において時系列分析を行いました。企業や研究機関が発表する論文に記載された技術は、まだ研究段階にあり、社会実装されるまで時間が必要な「基礎研究」の活発度や関連分野の研究コミュニティの拡大状況を知ることができます。

図4は、インセクトリファイナリーに関連する2015年から2024年までの上位5ヵ国における論文発表件数の年次推移を示しています。

図4:インセクトリファイナリーに関連する論文の発表件数の年次推移(2015年以降)

論文発表数では、アメリカ、中国、欧州(イタリア、ドイツ、イギリス、オランダ)が上位を占めています。2018年以降の伸びが顕著で、2015年から2024年にかけ約6.2倍に増加しており、研究活動が国際的に活発化しています。この研究の急拡大の背景には、世界的な食料安全保障と持続可能性への意識が強く連動していると考えられます。

2013年に国際連合食料農業機関(FAO)が「食料と飼料の安全保障に向けた昆虫の将来展望」を発表し、昆虫が将来の食料危機解決の鍵となることが国際的に認識されました。つづく2015年の国連SDGs採択では「ゼロハンガー」目標が設定され、先進各国のあいだで代替タンパク質源研究の必要性が共有されています。この国際的な政策転換が研究投資を誘発し、2018年以降の急激な発表数増加につながったといえるでしょう。現在、この分野は戦略的研究投資により、持続可能な食料システム構築という人類共通の課題解決にむけ、科学的知見を加速度的に蓄積している段階にあると考えられます。

インセクトリファイナリーに関連する技術動向のまとめと今後の市場について

本レポートでは、インセクトリファイナリーに関する特許や論文のデータベースを活用し、重要なキーワードや年ごとの動向を分析するとともに、具体的な事例を抽出しました。

特許の分析からは、さまざまな産業用昆虫種に関するキーワードが確認されました。これは、昆虫の特性にもとづいた明確な市場戦略が存在していることの裏づけであり、たとえば、有機廃棄物の分解能力が非常に高いアメリカミズアブは工業的な廃棄物処理と飼料生産に、栄養バランスや風味が良いコオロギは人間の食品市場に、そして特殊なタンパク質を産生するカイコは医療品などの高付加価値素材市場に、それぞれの強みを最大限に活かすかたちで技術開発がすすんでいると考えることができます。

論文の分析からは、学術界が産業界の実用化路線のさらに先を見すえていることがわかります。主要な産業用昆虫種だけでなく、難分解性物質を分解できるような能力をもつ昆虫の種名がキーワードとして出現しており、新規有用昆虫種の探索が進んでいることがうかがえます。また、昆虫がもっている分解能力を利用して汚染物質・環境を浄化する「エントモレメディエーション」という応用分野や、昆虫由来の「抗菌ペプチド」を次世代の医薬品として開発する研究も活発化しています。

インセクトリファイナリーにおいて現在の最大シェア領域は昆虫食品・昆虫飼料です。世界人口の増加と環境負荷の増大にともない、持続可能なタンパク質源の確保が21世紀の重要課題となっています。この課題への革新的な解決策として昆虫は注目されています。主要企業であるŸnsect、Protix、Innovafeedなどは、規制環境が整備された市場規模の大きい飼料やペットフード分野で収益基盤をかため、段階的にヒト向け食品市場への参入をはかる戦略を採用してきました。EUでは2017年に水産養殖用飼料、2021年には家禽・豚飼料での昆虫タンパク質使用が承認され、米国でも成犬用ドッグフードでの使用が認可されるなど、規制面では着実に進展しています。

しかし、昆虫飼料の価格は2023-2024年時点でトン当たり3,800-6,000ドルであるのに対し、フィッシュミールは1,400-1,800ドル/トンと、コスト競争力が最大の課題となっています。失敗企業の多くは過度に野心的な大規模施設建設に集中し、市場の成熟度を過大評価した一方、成功企業は段階的拡張と既存産業との戦略的提携を重視しています。Innovafeedが大手飼料メーカーとの長期契約で収益安定化を図り、ProtixがTyson Foodsとの合弁で技術と市場を共有するのはその好例です。

昆虫食品については、人間向け食品への投資は飼料用途と比較して限定的であり、文化的受容度が課題となっているのが現状です。しかし、EUでは2021年にミールワーム、2022年にイエコオロギとトノサマバッタが人間の食品として承認されるなど、規制環境は整備されつつあります。現在は高付加価値なスポーツ栄養や機能性食品分野でのニッチ市場形成が進んでおり、従来の肉類の完全代替ではなく、栄養補完的な位置づけでの市場開拓が現実的なアプローチとなっています。

技術面では、自動化生産システム、AI活用による生育管理、循環型生産プロセスなどの革新技術が実用化段階となり、生産効率の向上とコスト削減への道筋が見えてきています。また、産業としては、研究段階ではありますが、昆虫由来タンパク質の機能性食品素材や化粧品原料としての高付加価値用途開発も進展し、単純な価格競争から付加価値競争への転換がはかられています。

インセクトリファイナリー産業は、黎明期の試行錯誤をへて、現在は選別と集約の段階に入っています。短期的には飼料・ペットフード市場での確実な収益化を目指しつつ、中長期的には技術革新によるコスト削減と、機能性成分などの高付加価値製品開発により、持続可能な食料システムにおける重要な役割を担う可能性を秘めています。今後は、資金力と技術力をもつ企業による業界再編がすすみ、真に競争力のあるビジネスモデルを確立した企業が市場をリードしていくことになるでしょう。

著者:アスタミューゼ株式会社 中曽根 大輝 博士(理学)

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