
高出力レーザー技術の動向分析と最新事例:製造や医療、防衛産業をささえる基幹技術の最先端
著者:アスタミューゼ株式会社 池田 龍 博士(理学)
目次
高出力レーザー技術とは
高出力レーザー技術は、レーザー加工機でもちいられる10ワット級から、最先端の大規模レーザー施設で実現される10ペタワット(1京ワット=10の16乗ワット)級におよぶ高エネルギーのレーザー光を生成・制御する技術の総称です。時間的・空間的に非常にせまい一点にきわめて高いエネルギーを集中させることの可能な高出力レーザー技術は、製造・医療・防衛・宇宙開発・科学研究など幅広い分野における応用可能性があり、現代社会の基盤技術として位置づけられます。
1960年にレーザーが発明され、高エネルギー出力を実現できるパルスレーザー(一定のくりかえし周波数できわめて短時間だけ光が出力されるレーザー)の生成に不可欠なQスイッチやモードロックといった技術が1960年代のうちに確立しました。レーザー装置内部の光学部品の破損をさけつつ飛躍的なエネルギー密度の向上を実現するためのチャープパルス増幅(CPA)技術が1980年代にレーザー増幅手法として採用されて以降、高出力レーザー技術はおおきく進歩し、以前は大規模施設が必要であったテラワット(1兆ワット=10の12乗ワット)スケールのレーザーが、現在では卓上サイズの装置で実現できるようになっています。
レーザー装置の小型化によって、幅広いエネルギースケールのレーザーがさまざまな分野で活用されています。高出力レーザーに関連する領域において代表的な技術要素には、下記があげられます。
- 製造:金属切断・穿孔加工、レーザー溶接・接合、レーザークリーニング・錆取り、3D造形(金属粉末溶融)、マーキング・刻印、テクスチャリングなど
- 医療:レーザー手術、がん治療・腫瘍除去、歯科レーザー治療、皮膚科治療など
- 防衛:小型無人機(ドローン)迎撃、対空防御システム、ミサイル防衛、対艦・対地攻撃など
- 宇宙開発:スペースデブリ除去、廃止衛星の軌道制御、宇宙太陽光発電(無線電力伝送)、レーザー推進システムなど
- 科学研究:超高速現象の観測、超高分解能レーザー分光、プラズマ物理実験、レーザー核融合、高エネルギー物理実験、レーザー駆動粒子加速、量子重力理論の検証など
本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、特許や論文、グラント(研究プロジェクト)やスタートアップ企業における「高出力レーザー」に関する技術動向を分析しました。
高出力レーザー技術に関連する特許の動向
アスタミューゼの保有する特許データベースから、要約に「高出力レーザー」、「高強度レーザー」および「パルスレーザー」や「自由電子レーザー」などの特徴的なキーワードをふくむ特許母集団8,626件を抽出しました。抽出された母集団を対象とし、文献にふくまれるキーワードの年次推移から近年進展のある技術要素を特定する「未来推定」分析を実行しました。キーワードの変遷を把握することで、ブームが去った技術やこれから脚光を浴びると予測される技術を定量的に評価し、それぞれの要素技術に対する技術ステータス(黎明・萌芽・成長・実装)を予測する分析です。
2011年以降に出願された高出力レーザー技術に関連する特許の要約にふくまれるキーワードの年次推移が図1です。

キーワードごとの成長率(Growth)は、2011年以降の文献中における出現回数と、2021年以降の文献中における出現回数の比で定義されます。値が1に近いキーワードほど直近の出現頻度が高く、近年注目されているキーワードとみなせます。
「ultra-compact(超小型)」、「frequency-locking(周波数ロック)」、「high-repetition-frequency(高くりかえし周波数)」、「laser-damage(レーザー損傷)」といった、高出力パルスレーザーの品質改善に関連するキーワードの出現頻度と回数に増加傾向が見られます。レーザー発生装置の小型化や出力周波数の精密化および安定化、光パルスの出力頻度向上による高エネルギー化、光学部品における熱損傷の抑制など、産業用途における高出力レーザー応用を促進する技術の特許出願が増加していることから、これらの技術が社会への普及段階に移行しつつあると考えられます。具体的な応用先についてのキーワード語として、化学反応プロセスなど極短時間スケールの現象に対する測定・解析技術に関連する「time-resolved(時間分解)」や高速3Dプリント技術に関連する「additive(積層)」なども出現頻度が高まっています。
先進的な応用分野のキーワードとしては「borane-filled(ボラン充填剤入り)」や「proton(陽子)」などが見られます。中性子線を発生しない「軽水素-ホウ素核融合反応」を採用したクリーンな次世代核融合炉や、プラズマ中の疎密波に発生するきわめて強い電場勾配を活用した「レーザー加速方式」によるコンパクトな陽子加速器など、革新的技術を実現するための重要な基盤としての高出力レーザー技術が見えてきます。
続いて、特許出願数の国別動向を見てみます。企業や研究機関の出願する特許の傾向には、社会実装が近い、あるいはすでに実装済みである技術と関連する短中期の様相が反映されます。
高出力レーザー技術に関連する特許の国別出願件数の年次推移が図2です。なお、特許データは出願から公開までにタイムラグが存在するため、直近2022年の集計値は参考値です。

中国が一貫した増加傾向がみられ、出願件数ももっとも多くなっています。その後に米国、EU、韓国、日本が続いています。中国は2015年5月に公開した産業政策「中国制造2025」において、次世代情報技術や製造プロセスのインテリジェント化などを含む10の重点分野を中心とし、製造業の高度化と国際的な主導権獲得を目標として設定しています。その方針のもとハイエンドなCNC(コンピュータ数値制御)工作機械や積層造形装置などと関連する産業用高出力レーザー技術が急成長したことが推測されます。
近年の特許事例を紹介します。
- CN114204397B「GHz-magnitude ultra-high repetition frequency high-power femtosecond disc laser」
- 機関/企業:華中科技大学
- 国:中国
- 公開年:2024年
- 概要:GHz級の超高くりかえし周波数をもちいた高出力フェムト秒ディスクレーザー。薄いディスク状のレーザー結晶と非対称レンズ群を組みあわせ、光共振器空洞を再設計することによってレーザー結晶上のスポットサイズを拡大し、超高くりかえし周波数における課題であった出力低下を抑制する。
高出力レーザー技術に関連する論文の動向
企業・研究機関の発表する論文は、研究開発段階にあり、特許と比較して社会実装までに時間がかかる技術と関連する中長期の様相が反映されます。
特許分析と同様に、高出力レーザーと関連する特徴的なキーワードを含む論文母集団30,961件を抽出しました。2011年以降に出版された高出力レーザー技術に関連する論文の概要にふくまれるキーワードの年次推移が図3です。

「EuXFEL」をはじめとする大規模X線自由電子レーザー施設の名称、「MHz-XPCS」や「smSFX」、「XFEL-SPI」などX線レーザーをもちいた精密測定手法などが直近で増加傾向であります。近年世界各国で建造されているX線自由電子レーザー施設を使った化学反応プロセスや分子構造の精密解析をおこなう研究がさかんに実施されている様子が見てとれます。
一方、「CBXFEL(共振器型X線自由電子レーザー)」などの新方式のレーザー発生技術、「zettawatt(ゼタワット=10の21乗ワット:現在最強のレーザー出力10ペタワット=10の16乗ワットの10万倍)」、「laser-gamma(レーザーによるγ線生成)」、「all-OPCPA(全OPCPA方式)」、「sub-10fs(サブ10フェムト秒:パルス長の短縮)」など、新領域の高出力レーザー技術の開拓に関連するキーワードの出現頻度が高くなっており、より高出力・短パルス長のレーザーを実現するための研究がさかんになっていることがわかります。
つづいて、出版論文件数の国別動向を見ていきます。高出力レーザー技術に関連する論文の国別出版件数の年次推移が図4です。

米国の論文出版件数がもっとも多く、直近で急伸している中国、さらにドイツと日本、フランスが続いています。米国の件数が多い理由として、軍事国防の観点から本格的なレーザー兵器運用の実用化のための研究支援がさかんであること、レーザー点火方式の核融合システムの開発を推進してきたことなどがあります。一方、中国については、米国と同様のレーザー兵器配備計画のほか、積極的な研究開発投資を背景とした材料化学・工学分野の論文におけるシェア拡大が考えられます。
以下に、近年の論文事例です。
- Membrane protein megahertz crystallography at the European XFEL
- 雑誌名:Nature communications
- DOI:10.1038/s41467-019-12955-3
- 出版年:2019年
- 機関名:Yale University(米国)ほか
- 概要:世界初のMHzくりかえし周波数をもちいた硬X線自由電子レーザー(EuXFEL)により、膜タンパク質複合体Photosystem Iの構造を2.9Åの分解能で決定する。従来と比較してけたちがいに高速なデータ収集を実現し、大型タンパク質複合体の構造解析に重要な影響をあたえる可能性を示した。
高出力レーザー技術に関連するグラントの動向
続いて、グラント(競争的研究資金)配賦額の動向分析です。企業や研究機関に賦与されるグラントは、研究計画段階にあり、特許や論文と比較して社会実装にさらに長い時間が必要な技術と関連する長期の様相が反映されます。特許と論文の分析と同様に、高出力レーザーに関連する特徴的なキーワードをふくむグラント母集団5,665件を抽出しました。2012年以降の高出力レーザー技術に関連するグラントにふくまれるキーワードの年次推移が図5です。

論文でも増加傾向にあった大規模X線レーザー施設名にくわえ、レーザー駆動の革新的な線形加速器建造プロジェクトである「EuPRAXIA」が直近で増加しています。また、レーザー核物理研究施設「ELI-NP」や、レーザー点火方式の核融合で用いられる「multi-kw」、「kilojoule-class」レーザーなど、高出力レーザーをもちいた核反応プロセスの解明や制御につながる研究が資金をあつめているのが見てとれます。
また、特許や論文とはことなり、「relativistically-intense(相対論的強度)」、「laser-QED(レーザー量子電磁力学)」、「QED-plasma(量子電磁力学プラズマ)」など、基礎物理領域のキーワードが出現しています。レーザーのエネルギースケール拡大により、素粒子論などの基礎領域における新規検証ツールとしても高出力レーザーが注目をあつめていると思われます。
つづいて、グラントの件数および配賦額を見ます。高出力レーザー技術に関連するグラントの国別の件数推移が図6、配賦額の推移が図7です。中国はグラントデータの開示状況が年次によりおおきくことなり、実態を反映しない可能性が高いことから除外しています。また、公開直後のグラント情報はデータベースに格納されていない場合があり、直近の集計値については過小評価されている可能性があります。


国別件数では、横ばい傾向にあるものの日本がもっとも多く、直近で急伸している米国、英国、さらにEUとスイスが続いています。配賦額では米国がもっとも多く、増加傾向のEU、日本、英国、フランスが続きます。日本では高出力レーザーに関連する多様な研究に研究資金が継続的に配賦されているほか、米国においては新規研究プロジェクトへの投資がさかんである一方、EUでは競争力の高い研究プロジェクトに資金が集中しつつある、という近年の動向が読みとれます。
以下はグラントの事例です。
- EuPRAXIA Preparatory Phase Project
- 機関/企業:UNIVERSITY OF ROME ほか
- グラント名/国:CORDIS/EU
- 期間:2022年~2026年
- 資金賦与額:約260万米ドル
- 概要:革新的な超小型加速器施設の建設準備計画。第1段階でローマに電子ビーム駆動プラズマ加速器、第2段階でヨーロッパの候補地にレーザー駆動プラズマ加速器を建設。医療用の高解像度イメージング、陽電子消滅分光法による材料分析、生体分子やウイルスなどの微視的プロセスの解析に適した研究環境を提供する。
高出力レーザー技術に関連するスタートアップ企業の事例
最後に、高出力レーザー技術に関連する近年のスタートアップ企業を紹介します。スタートアップ企業は、新技術によって、既存プレイヤーをはじめとして社会全体にインパクトをあたえる企業であり、その資金調達額は新技術に対する社会の期待値を反映していると考えられます。今回抽出されたスタートアップ企業は、いずれも高出力レーザー技術を電子ビーム技術やAI技術と組み合わせた独自性の高い新規技術を主軸として資金調達を成功させた事例です。
以下に、近年設立されたスタートアップ企業を紹介します。
- Lumitron Technologies
- https://www.lumitronxrays.com/
- 所在国/創業年:米国/2013年
- 事業概要:レーザーコンプトン散乱を活用し、10億ドル規模のシンクロトロンの出力を再現しつつ、CTスキャナの寸法におさまり、価格を数分の一におさえた新型の高エネルギーX線/γ線光源を開発。従来のCTスキャナに代わり腫瘍の詳細診断と低被曝での精密放射線治療を実現する細胞レベルの次世代医療イメージング技術を提供する。
- Penta Laser
- https://www.pentalaser.com/
- 所在国/創業年:中国/2012年
- 事業概要:高精度レーザー加工機を設計、開発および製造する。高出力レーザー切断/溶接システム、3Dレーザー切断システムなどを販売するほか、これらを組み込んだインテリジェント生産ラインの設計や構築サービスも提供する。
高出力レーザーに関連する技術動向のまとめ
本レポートでは、高出力レーザーに関連する特許、論文、グラント、およびスタートアップ企業のデータベースを使用し、年次推移動向の分析および具体的な事例の抽出をおこないました。
特許の分析からは、産業用パルスレーザー技術の高品質化が進展していることがわかります。とくに2020年代に入って、レーザー発生装置の小型化と周波数安定化、高出力化、内部損傷抑制など、産業用パルスレーザーの品質向上に必須な技術の開発が隆盛をむかえています。一方、レーザー核融合やレーザー駆動の粒子加速器など、先進的な応用分野での要素技術に関する特許出願もなされており、クリーンな新エネルギー源や医療分野にも応用できる超小型粒子加速器など、高出力レーザーを活用した次世代の実用技術としての普及が期待されます。
論文の分析からは、現在の高出力レーザーに関する研究開発は世界各地の大規模X線自由電子レーザー施設を主な拠点として進行中であり、とくにX線レーザーをもちいた化学反応プロセスや分子構造の精密解析にもとづく研究がさかんに実施されていると推測されます。これらの時間的分解能にすぐれた解析技術は、ちかい将来に触媒やタンパク質の反応機構を解明するための強力なツールとして普及することで、幅広い成果を社会にもたらすことが予想されます。
グラントの分析からは、研究成果が順調に出ている大規模X線自由電子レーザー施設への投資が近年さかんであり、次世代の技術ではレーザー核融合やレーザー駆動の粒子加速器がとくに注目を集めていることが見えます。
スタートアップ企業の分析では、高出力レーザー技術を他分野と融合させた独創的な技術をもつスタートアップ企業が近年注目をあつめており、今後の技術革新によっては高出力レーザーの技術開発に関与するプレイヤーや社会実装の進展などの全体像が大きな変化をむかえる可能性があると考えられます。
これらをまとめると「高出力レーザー技術」においては、産業用パルスレーザーによるレーザー加工や積層造形、精密な分子構造解析が現在の社会実装や実用化のメインであり、レーザーシステムのさらなる高効率化、高品質化、高信頼化、高出力化の実現およびコスト削減が現在解決すべき課題である、と考えられます。
ちかい将来には、レーザー核融合やレーザー駆動の粒子加速器の実用化など、人類社会におおきな変革をもたらすあらたな応用分野への展開が期待されます。また、超大型化しつつある既存方式の粒子加速器に代わるあらたな基礎物理領域のコンパクトな検証手段としても注目されており、高出力レーザー技術は今後も継続的な発展が予想される重要な基盤技術であるといえます。
著者:アスタミューゼ株式会社 池田 龍 博士(理学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「高出力レーザー」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
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