「温室効果ガスゼロ排出」に直結する次世代技術はこれだ!(世界の特許出願動向と注目技術領域解説編)
目次
目次
- はじめに
- 出願済み特許に見る各国の世界のCO2排出低減技術動向
- 世界各国のCO2削減関連技術に関わる特許出願数の年推移
- 7つのCO2排出削減技術のテーマと16の技術領域
- 領域別注目研究
- 発電に伴うCO2の排出削減
- 送電ロスの低減/再生可能エネルギーの供給安定化
- 製造プロセスにおけるCO2の排出削減
- CO2を排出しない/排出量の少ない輸送・移動機器
- 移動・輸送の効率化/規模の縮小によりCO2排出を削減
- CO2を排出しない/排出量の少ない住宅・家電
- CO2の回収と処理
- まとめ
1. はじめに
2016年11月に発効した、気候変動に対応する国際的な枠組み「パリ協定」は、世界平均気温の上昇を産業革命(18世紀半ばから19世紀)前に比べて2°C未満に抑える(理想的には1.5°C未満)という温度目標と、気温の上昇の原因となる温室効果ガス(二酸化炭素(CO2)やメタン、亜酸化窒素等)の排出を今世紀後半に実質ゼロまで下げるという排出ゼロ目標を掲げています。
気温上昇を産業革命前の1.5°C以内に抑えるためには、2030年には温室効果ガスの排出を45%減らし、2050年までには世界全体で排出を実質ゼロにする必要があると見積もられています。省エネルギーのみでは達成は難しく、エネルギー、製造、輸送システムなど領域で技術のブレイクスルーが必要です。
技術革新に向けた研究活動と投入される資金については2020年9月1日付の記事で紹介したところ ですが、研究活動は、未だ実現していないものを開発する活動です。一方で、実用化が視野に入っている技術の指標として、特許があります。本稿では、CO2排出技術領域ごとに、近い将来に技術の進展をもたらしうる特許について、解説します。
2. 出願済み特許に見る各国の世界のCO2排出低減技術動向
2-1. 世界各国のCO2削減関連技術に関わる特許出願数の年推移
CO2排出削減技術全体の特許出願動向を、出願数上位の国について示しました。ここでは自国以外にも出願した特許だけを集計しています。日本からの出願数は10年間を通じてトップで、2位の米国の1.5倍以上となっています。デンマーク、韓国からの出願数がこれに次いでいます。
特許の「価値」はそれぞれ異なるので、出願数をもって技術力を評価することはできません。アスタミューゼは、ひとつひとつの特許について、後発出願特許の新規性、進歩性等に疑義を示す「被引用履歴」を用いた独自の特許評価方法を開発しました。ここでは、以下の7つのCO2排出削減技術のテーマにおいて、更に細分化された16の技術領域ごとに高い評価を得た特許を紹介します。
2-2. 7つのCO2排出削減技術のテーマと16の技術領域
- 発電に伴うCO2の排出削減
- 太陽光発電・太陽電池
- 風力発電
- バイオマス発電・バイオ燃料
- 海洋エネルギー発電
- 次世代火力発電等技術(水素燃料複合発電など)
- 核融合発電
- 送電ロスの低減/再生可能エネルギーの供給安定化
- 次世代送配電ネットワーク
- 全固体/高容量二次電池
- 超伝導送電
- 製造プロセスにおけるCO2の排出削減
- 製鉄プロセスにおけるCO2の排出削減(フェロコークス製鉄・水素還元製鉄等)
- CO2再資源化/カーボンリサイクル
- CO2を排出しない/排出量の少ない輸送・移動機器
- 水素燃料電池自動車
- 移動・輸送の効率化/規模の縮小によりCO2排出を削減
- 無人物流(ゼロエネ倉庫・自動運転)
- MaaSの拡大・多様化
- CO2を排出しない/排出量の少ない住宅・家電
- HEMS/BEMS(Home/Building Energy Management System)
- 家庭用水素燃料電池と水素ネットワーク
- CO2の回収と処理
- CO2分離回収
- CO2による人工光合成
3. 領域別注目研究
3-1. 発電に伴うCO2の排出削減
3-1-1. 太陽光発電・太陽電池
首位の特許の出願人Semprius, Inc.は米国ノースカロライナに本拠を置くベンチャー企業(2005年に設立)。日本企業からは、三井E&Sホールディングスが出願人となっている太陽光発電パネル監視装置に関する特許が上位に評価されている。
3-1-2. 風力発電
首位の特許の出願人Reden Solarは太陽光発電所の開発、建設、運用を行うフランスの事業者。日本からは、三菱重工、日立の関連特許が高いスコアを得ている。
3-1-3. バイオマス発電・バイオ燃料
再生可能エネルギーに関わる研究資金の投入が、特に米国で多い領域。2位と3位の評価を得た特許の出願人であるXyleco, Incは米国マサチューセッツにあり、非食品バイオマスの研究開発を事業とする。
3-1-4. 海洋エネルギー発電
上位にはIBM、googleの順に並び、4位にはボーイングの特許が位置する。3位のNEPTUNE WAVE POWERは米国テキサス州ダラスに本社を置き、浮きブイを介して波力を利用した発電を事業としている。
3-1-5. 次世代火力発電等技術(水素燃料複合発電など)
グラントの分析では、発電機構そのものの改善よりも、CO2を回収してエネルギー源とする研究課題が多く見られたが、特許でも同様の傾向がある。
3-1-6. 核融合発電
米国や英国で多額の資金を得た研究計画が存在する一方で、特許出願は少ない。高温高密度のプラズマ形成、閉じ込めに関わる特許が高いスコアを得ているが、発電に直接つながる技術はまだ見られない。
3-2. 送電ロスの低減/再生可能エネルギーの供給安定化
3-2-1. 次世代送配電ネットワーク
グラントでは不安定な再生可能エネルギーを電力網に組み込む研究が、金額上位のグラントに多いのに対して、特許では電力・エネルギー需要の分析による効率化技術がスコア上位に多く見られる。
3-2-2. 全固体/高容量二次電池
三菱ケミカルホールディングスが出願した特許が高い評価を得ている他、村田製作所、東芝など、日本の企業が出願した二次電池の改良に関わる特許が上位に多く見られる。
3-2-3. 超伝導送電
特許化された技術は少ない。8件の出願を行っているAmerican Superconductorは米国マサチューセッツ州に拠点を置き、電力システムと超電導線の設計と製造を専門としている。
3-3. 製造プロセスにおけるCO2の排出削減
3-3-1. 製鉄プロセスにおけるCO2の排出削減(フェロコークス製鉄・水素還元製鉄等)
グラントでは金額上位の研究課題は英国のものが非常に多いが、特許においては日本企業が存在感を示している。神戸製鋼が高い評価を得ているほか、日本製鐵も上位の特許を出願している。
3-3-2. CO2再資源化/カーボンリサイクル
CO2の油田での利用に係る技術が高く評価されている一方で、CO2を改質して再利用する特許は少ないと言える。
3-4. CO2を排出しない/排出量の少ない輸送・移動機器
3-4-1. 水素燃料電池自動車
AeroVironment, Inc.は無人飛行機を中心とする防衛関係の事業を行う米国の企業である。日本企業ではソニーと本田技研工業の出願特許が比較的高い評価を得ている。
3-5. 移動・輸送の効率化/規模の縮小によりCO2排出を削減
3-5-1. 無人物流(ゼロエネ倉庫・自動運転)
グラントと同様に、自動運転に関わる技術が多く、倉庫に特化した特許はあまり見られない。ドローンを用いた空輸もこの領域に該当し、内燃機関の自動車によるCO2排出削減に貢献しうる。
3-5-2. MaaSの拡大・多様化
自動車交通に関係するサービスの特許がスコア上位に多い。グラントについては英国が民間企業による研究課題に多くの資金を投入していたが、特許にはそれを反映する傾向は見られない。
3-6. CO2を排出しない/排出量の少ない住宅・家電
3-6-1. HEMS/BEMS(Home/Building Energy Management System)
Allure Energyは、米国テキサス州に拠点を置くスマートグリッドテクノロジープロバイダーで、ここに示した2件の他にも高く評価される複数の特許を出願している。日本企業では本田技研工業とトヨタ自動車の出願特許が比較的高い評価を得ている。
3-6-2. 家庭用水素燃料電池と水素ネットワーク
燃料電池をネットワークに接続して活用する技術が特許スコア上位に多く見られる。Amazonの出願特許が、群を抜く高スコアを得ている。
3-7. CO2の回収と処理
3-7-1. CO2分離回収
研究課題としては回収したCO2の貯留先を地中とするものが比較的多いが、特許ではCO2を再利用するものが目立つ。Calera Corp.は2007年に設立された炭素隔離事業のベンチャー企業である。
3-7-2. CO2による人工光合成
太陽光によりCO2を直接回収する技術には、高いスコアを得ている特許は少ない。二酸化炭素を用いた低エネルギー下の還元反応に関わる技術が上位に多く見られる。
4. まとめ
CO2排出削減技術に関わる特許について、アスタミューゼ独自の特許評価をもとに紹介しました。この特許評価方法では、後発出願特許の審査に引用されたか否かが大きな要素となるのですが、新しい特許は引用される機会が相対的に小さいため、スコアが伸びにくい、という性質があります。それぞれの特許の現時点での評価には向いていますが、新しい技術が今後、重きを成すかどうかは測り難い部分があります。
こうした性質を念頭に置く必要がありますが、現時点での高スコア特許に、CO2の排出量実質ゼロ、あるいはマイナスに直接つながる技術は見出し難いと考えます。当面のCO2濃度をできるだけ低く抑えて、技術的なブレイクスルーまでの時間を稼ぐためには、本稿で挙げた技術は有用です。
CO2の排出量は化石燃料と直結する要素が強く、これまでは化石燃料を効率的に使用する、いわゆる省エネ技術が中心にCO2の排出削減が進められてきました。一方で経済活動をさらに活発化させつつCO2の排出を低減するということにおいては限界を迎えていることも事実で、CO2を根本的に削減するための化石燃料代替技術が必要です。その有力な手段として再生可能エネルギーの活用が挙げられます。
一方で、再生可能エネルギーは太陽光や風力など、変動が大きな自然エネルギーを用いた技術が大半であり、これら再生可能エネルギーを社会の中心に据えるためには、この変動を安定化する方法が必要で、蓄電池や水素としてエネルギー貯蔵を行う畜エネ技術が注目されています。中でも、水素エネルギーは様々なエネルギー源から製造でき、シンプルには水の電気分解から生成できるように、元素種として地球ではほぼ無尽蔵かつ均一に分布している点からも期待が大きく、日本を含め多くの先進国では、「水素エネルギー社会の形成」を目指した国家戦略が進められています。
現状では製造コスト面および製造規模の面からも、まだまだ実用化に向けて取り組むべき課題の多い水素エネルギーですが、再生可能エネルギーなどの自然エネルギー由来電力による低コストな水素製造や、生成した水素の安全で安定的な貯蔵・輸送方法、さらにはそれを利用した燃料電池や水素タービンなどのエネルギー動力変換技術や、水素を活用したエネルギーサービスなど、水素社会を構築する上でのサプライチェーンを形成する基盤技術は着実に成長してきており、この水素エネルギーの領域が気候変動を解決する中心技術として注目されています。
次回では、この「CO2の排出量実質ゼロ」時代を迎えるための、重要なキーの一つになる「水素エネルギー社会の構築」に向けた技術について特集したいと思います。
(アスタミューゼ株式会社テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、米谷真人、*源 泰拓)