フェムテック:特許・論文・スタートアップで見る女性の健康を支える技術の最前線
著者:アスタミューゼ株式会社 髙橋 舞菜 博士(農学)
目次
フェムテックとは
フェムテック(Femtech)とは、Female(女性)とTechnology(技術)を組みあわせた造語です。月経や妊娠、出産、更年期、婦人科疾患といった女性特有の健康課題を、デジタル技術やセンシング技術、バイオテクノロジーなどを活用して支援・解決する製品やサービスの総称です。
フェムテックは2010年代以降に注目されはじめた比較的新しい概念ですが、現在では女性のウェルビーイング向上と医療格差是正をめざす学際的な技術領域として確立されつつあります。
フェムテックが急速に注目を集めるようになった背景には、女性の健康が長らく医療や産業、社会のいずれの側面でも十分にあつかわれてこなかったという課題があります。医学研究は歴史的に男性を主たる被験者とすることが多く、女性特有の生理現象や疾患は研究の蓄積が十分ではありませんでした。月経や妊娠、更年期といったライフステージにともなう心身の変化は社会的にもタブー視されやすく、診断の遅れや治療選択肢の不足、QOL(生活の質)の低下といった「Gender Health Gap(医療における男女格差)」が国際的な課題として浮上しています。
加えて近年では、女性特有の健康課題が個人のQOLにとどまらず、企業の生産性や人材定着、ひいては経済成長に影響をあたえうる論点として注目されつつあります。国際機関によるジェンダー格差の可視化や、各国政府の女性活躍推進政策、企業におけるDE&I(多様性・公平性・包摂性)や健康経営の浸透は、女性の健康をビジネスインフラとして整備する必要性を浮き彫りにしています。フェムテックは、こうした医療的なギャップと社会的なニーズの双方を技術によって埋め、女性がライフステージを通じて活躍し続けられる環境を整えることを目的として登場しました。フェムテックがあつかう技術領域は、ライフステージや健康課題にもとづいて大きく4つに分類できます。
第一に、月経・妊孕性(にんようせい、妊娠しやすさ)関連技術です。月経周期の把握や予測、不妊治療の支援、排卵期の判定などを対象とし、基礎体温やホルモン濃度を計測するウェアラブルデバイス、AIによる周期予測アプリ、家庭用のホルモン検査キット、月経カップや吸水ショーツといった生理用品のサステナブル化などが代表例です。センシング技術やデータ解析、素材工学などの領域が関わります。
第二に、妊娠・出産・産後支援技術です。妊娠期から産褥期(さんじょくき、出産後の回復期間)にかけての母子の健康モニタリングや産後ケアなどを対象とし、胎児心拍を在宅で計測するワイヤレスモニタ、妊娠高血圧症候群の早期検知デバイス、産後うつのスクリーニングアプリ、骨盤底筋トレーニングデバイスなどが代表例です。医療機器工学や遠隔医療(テレヘルス)、行動科学などの領域が関わります。
第三に、更年期・加齢関連技術です。更年期症状の緩和やホルモンバランスの管理、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)や心血管リスクなど、加齢に伴う健康課題への対応を対象とし、ホットフラッシュ(更年期に起こるのぼせやほてり)を抑制する冷却ウェアラブル、ホルモン補充療法(HRT)を最適化するデジタル療法(DTx)、更年期向けの遠隔診療プラットフォームなどが代表例です。内分泌学や行動変容科学、デジタル治療などの領域が関わります。
第四に、婦人科疾患関連技術です。性感染症や子宮頸がん、子宮内膜症、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)などの婦人科疾患の早期発見や治療を対象とし、自己採取型のHPV検査キット、子宮内膜症のバイオマーカ探索、骨盤底ケア機器などが代表例です。診断医療やバイオテクノロジー、医療機器工学などの領域が関わります。
これらの技術領域は、月経や妊娠、更年期、婦人科疾患というライフステージ上の各段階に対応していますが、現実には個々の技術が単独で発展するのではなく、ウェアラブルセンシング、AI解析、診断キット、デジタル療法、医薬品開発といった共通の基盤技術を横断的に活用しながら進展しています。また、新型コロナウイルス感染症の流行を契機としたテレヘルスの普及や、生成AIの登場は、フェムテックの社会実装を加速する要因として注目されています。
本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、特許や論文、スタートアップ企業における「フェムテック」に関する技術動向を分析します。
フェムテックに関連する特許の動向
アスタミューゼが保有する特許データベースから、要旨に「フェムテック(femtech)」および周辺技術に関連するキーワードをふくむ特許母集団16,687件を抽出しました。これらを対象に、要旨中にふくまれる特徴的なキーワードの年次推移を分析し、近年進展がみられる技術要素を特定する「未来推定」分析を実施しました。
キーワードの変遷を把握することで、すでにブームがすぎた技術や、今後注目をあつめると予測される技術を定量的に評価できます。さらに、それぞれの要素技術について、技術ステータス(黎明・萌芽・成長・実装)の段階を予測することが可能です。
図1は、2016年以降に出願されたフェムテック関連特許の要旨にふくまれる特徴的なキーワードの年次推移です。

成長率(Growth)は、2016年から2025年までの全期間における各キーワードの出現回数のうち、直近(2021年以降)の出現回数が占める割合をあらわしています。値が1に近いほど、そのキーワードが近年に集中して出現している(=最近になって注目されはじめた)ことをしめします。なお、2024年から2025年にかけて各キーワードの出現回数が減少傾向にありますが、これは出願から公開まで一定のタイムラグがあるためと考えられ、実態の出現回数が減少していることを意味するものではありません。
2016年以降に出願されたフェムテック関連特許の分析では、「細菌性膣症関連(vaginosis-associated/vaginitis-related/vaginosis-related)」「多嚢胞性卵巣症候群(pcos)」などの婦人科疾患語、「骨密度(bmd)」「閉経周辺期(perimenopause)」などの更年期関連語、「自己人工授精(self-insemination)」「出生前(antenatal)」などの生殖支援技術の高度化・個別化関連語が顕著に増加しています。
「細菌性膣症(vaginosis/vaginitis)」は、Lactobacillus属(crispatus、gasseri、jenseniiなど)を中心とした膣マイクロバイオーム解析や、それを基盤とする診断・治療技術の急速な進展をしめしています。近年は、Lactobacillus属の特定の系統 (crispatus、jenseniiなど)を活用したライブバイオセラピックス(生菌製剤)の開発、メタゲノム解析にもとづくマイクロバイオーム型分類体系の整備、抗菌薬治療後の再発率の高さを背景としたプロバイオティクスや膣内移植(VMT)の検討など、複数の治療アプローチが並走して進展しており、これに連動して関連特許の出現件数も急増しています。
さらに「多嚢胞性卵巣症候群(pcos)」「子宮鏡(hysteroscope)」「子宮筋腫(hysteromyoma)」など、婦人科疾患の低侵襲診断・治療に関するキーワードが安定して高い出現頻度をしめし、技術ステータスが成長から実装へ移行しつつある領域として確認できます。
「閉経周辺期(perimenopause)」は、毎年安定的に出現件数を伸ばしているキーワードです。ホルモン補充療法(HRT)の最適化、ホットフラッシュや骨密度低下、睡眠障害といった症状のウェアラブルセンサによる客観的モニタリング、AIによる閉経時期の予測モデル、更年期向け遠隔診療プラットフォームなど、これまで標準治療が乏しかった更年期前後の女性に対する多面的なソリューションが、医薬品や医療機器、デジタルヘルスを横断して並行的に進展していることを反映しています。
また、「骨密度(bmd)」は、閉経後の骨粗鬆症リスク評価や治療最適化に関連し、更年期や加齢の領域における重要なバイオマーカとして注目されています。
「自己人工授精(self-insemination)」は、医療機関に頼らず自宅で実施可能な妊孕性支援技術に関連するキーワードであり、PherDal社による無菌シリンジ式キットなど在宅生殖支援製品の出願増加を反映しています。
「出生前(antenatal)」は2020年以降に出現回数が増加しており、新たな出生前診断・管理技術の登場をしめしています。これは、ウェアラブルセンサや胎児心拍計、母体生体情報の遠隔モニタリングといった在宅型の妊娠期管理技術や、AIによる超音波画像解析、リスク評価アルゴリズムなど、従来の対面診療を補完するデジタル出生前ケア技術の登場を反映しています。
続いて、国別の特許出願動向を見ていきます。 図2は、2016年以降におけるフェムテック関連特許の国別出願件数の年次推移をしめしています。なお、特許データには出願から公開まで一定のタイムラグがあるため、集計は2024年までとなっています。

国別では中国の存在感が大きく、全体の68%を占めています。続いて、米国(9%)、国際出願(7%)、欧州特許庁(4%)、韓国(3%)の順で件数が多く、日本(1%)は8番目に位置しています。
中国の出願件数が突出している背景には、産婦人科系医療機器メーカや大学附属病院(北京大学第三医院、復旦大学附属婦産科医院、四川大学華西第二病院など)、総合大学(吉林大学、浙江大学など)が組織的に出願をおこなっていることがあげられます。また政府が女性や母子の健康政策の一環として、超音波診断装置やAI支援診断ツール、子宮鏡などの低侵襲機器開発に研究資金を投じていることも一因と考えられます。
一方、上位出願機関を見ると、Koninklijke Philips、FERRING、ABBVIE、Bayer、F. Hoffmann-La Roche、Sage Therapeuticsといった欧米の大手製薬や医療機器企業が多数ランクインしており、フェムテックが消費者向けデジタルガジェット領域にとどまらず、本格的な医薬品や医療機器の事業領域として位置づけられていることがうかがえます。日本は、出願件数全体に占めるシェアが約1%にとどまっており、グローバル競争のなかでの存在感は限定的です。
以下に、近年の代表的な特許事例を紹介します。
- WO2023086683A2 “FERTILITY KITS WITH STERILE SYRINGES AND COLLECTION JARS, METHOD OF STERILIZATION AND USE”
- 出願人:PherDal-dba of Next Level Bioinformatics LLC(米国)
- 公開年:2023年
- 概要:医療機関を介さずに自宅で自己人工授精をおこなうための無菌キットおよびその滅菌方法に関する特許。1~3セットの個別包装された無菌シリンジと精液採取用ジャー、説明書、QRコードからなり、酸化エチレンガスによる滅菌で長期保存と再現性を確保している。採取ジャーは内面に継ぎ目をもたず精液の残留を防ぐ設計で、不妊治療の自宅実施を可能にする生殖補助技術として、性的少数者カップルや遠隔地居住者にも対応する。
- US2025111951A1 “METHODS FOR DESCRIBING VAGINAL MICROBIOMES AND USE OF THE SAME IN PROGNOSTIC, DIAGNOSTIC, AND THERAPEUTIC STRATEGIES FOR BACTERIAL VAGINOSIS”
- 出願人:University of Maryland, Baltimore(米国)
- 公開年:2025年
- 概要:メタゲノム解析にもとづいて膣マイクロバイオームの構成および機能をあらわす独自指標「mgCST(metagenomic community state types)」を定義し、細菌性膣症(BV)の予後予測・診断・治療戦略への応用をめざす特許。Lactobacillus属優位の膣マイクロバイオームが防御因子としてはたらく機構を分子レベルで分類し、これまで再発率が高く治療選択肢の限られていたBVに対して、個別化医療の基盤となる新規分類体系を提供する。
- US2025218533A1 “METHODS FOR DETECTING FETAL COPY NUMBER VARIATION THROUGH NON-INVASIVE PRENATAL TESTING”
- 出願人:NGUYEN, HOAI NGHIA(ベトナム)
- 公開年:2025年
- 概要:母体血液から抽出したセルフリーDNA(cfDNA)を全ゲノムシーケンシングし、機械学習・深層学習モデルを用いて胎児のコピー数異常(CNV)を非侵襲的に検出する方法に関する特許。微小欠失症候群・微小重複・染色体数異常・性染色体数異常までを単一プラットフォームで予測可能とする点に特徴があり、従来の出生前検査では検出が困難であった疾患群へ適用範囲を広げる、デジタル化された次世代非侵襲出生前検査 (NIPT)技術を代表する事例。
- WO2024252422A1 “A WEARABLE DEVICE TO TREAT MENOPAUSAL HOT FLASHES”
- 出願人:RU MEDICAL PRIVATE LIMITED(インド)
- 公開年:2024年
- 概要:皮膚に接触させて装着し、ペルチェ素子による冷却モジュールと皮膚温度センサ、コントローラを組みあわせて、検出された皮膚温度が閾値を超えた場合に自動的に冷却を作動させ、更年期のホットフラッシュ症状を緩和するウェアラブルデバイスに関する特許。薬剤に頼らず日常生活のなかで症状を即時的に緩和する非薬物療法として、更年期テック領域における端末側デバイスの代表的な事例。
- EP4558830A1 “LEUKOTRIENE A4 HYDROLASE (LTA4H) AS (BLOOD) BIOMARKER FOR THE DIAGNOSIS OF POLYCYSTIC OVARIAN SYNDROME”
- 出願人:F. Hoffmann-La Roche AG(スイス)
- 公開年:2025年
- 概要:被検者の血液サンプル中のロイコトリエンA4ヒドロラーゼ(LTA4H)の濃度を測定することにより、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の罹患・発症リスク評価、治療対象患者の選定、病態モニタリング、治療効果評価をおこなう手法に関する特許。診断基準がロッテルダム基準など臨床所見の組合せに依存してきたPCOSに対し、客観的な血液バイオマーカによる定量的診断を可能とするもので、グローバル製薬企業による婦人科疾患領域への本格参入をしめす事例。
フェムテックに関連する論文の動向
企業や研究機関が発表する論文は、研究開発段階にある技術を反映しており、特許と比較すると社会実装までに時間を要する中長期的な技術動向をしめします。フェムテックに関連する特徴的なキーワードをふくむ論文母集団145,152件を抽出しました。
図3は、2016年以降に発表された論文の要旨にふくまれる特徴的なキーワードの年次推移をしめしています。

2016年以降に発表された論文の分析では、「月経のある人々(menstruators)」のような社会的インクルーシブ語彙のほか、「産後うつ薬(zuranolone)」「子宮筋腫薬 (relugolix)」といった医薬品・特定疾患語、「非侵襲胎児心電図(nifecg)」「子宮頸部拡大検査(colposcopies)」「サーマリティクス(thermalytix)」などの高度診断機器関連語、「ホルモン補充周期凍結胚移植(hrt-fet)」「人工周期凍結胚移植(ac-fet)」「自然周期凍結胚移植(nc-fet)」などの凍結融解胚移植(FET)関連語が急増しています。
「月経のある人々(menstruators)」は、女性以外もふくめて月経を経験するすべての人を包摂する社会的に中立な用語であり、医学研究の対象を性別ではなく生理学的特性で定義しなおす動きを反映しています。
「zuranolone」は2023年に米国FDA(食品医薬品局)が承認した初の経口産後うつ病治療薬で、GABA-A受容体の正のアロステリックモジュレータ(PAM)として従来のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)よりも速やかに症状を改善することから、論文での出現が急増しています。「relugolix」は子宮筋腫や子宮内膜症の治療にもちいられる経口GnRH拮抗薬で、外科的処置を避けるための薬物治療選択肢として注目されています。
「非侵襲胎児心電図(nifecg)」は母体腹部に電極を貼付して胎児心電図を非侵襲的に取得する技術で、従来のドップラ式CTG(胎児心拍陣痛図)に対して在宅や遠隔での連続モニタリングや胎児心拍数の高精度抽出を可能にする次世代の周産期モニタリング技術として研究が拡大しています。「子宮頸部拡大検査 / コルポスコピー(colposcopies)」は子宮頸部を拡大して観察する検査ですが、AI画像解析と組みあわせることで読影者間ばらつきを抑え、子宮頸がんの早期発見へ貢献する技術として注目されています。
「サーマリティクス(thermalytix)」はインドのNiramai Health Analytixが開発したAI付きサーモグラフィベースの乳がんスクリーニング技術です。高解像度サーマルセンサで乳房表面の約40万点の温度分布を読みとり、深層学習アルゴリズムが解析することで、放射線被曝や接触、圧迫なしに早期病変を検出します。マンモグラフィが利用困難な低所得国や中所得国での乳がん検診のアクセス改善に貢献する技術として、論文や臨床研究の対象になっています。
「ホルモン補充周期凍結胚移植(hrt-fet)」「自然周期凍結胚移植(nc-fet)」「人工周期凍結胚移植(ac-fet)」は、いずれも凍結融解胚移植(FET)における子宮内膜調整プロトコルの違いをしめすキーワードです。HRT-FETは外因性のエストラジオールとプロゲステロンで人工的に子宮内膜を準備する方法、NC-FETは患者自身の自然排卵周期にあわせて移植をおこなう方法、AC-FETはGnRHアゴニストによるダウンレギュレーションをともなわずに外因性ホルモンで子宮内膜を準備する方法をさします。これらはそれぞれ妊娠率や周産期合併症リスクが異なるため、生殖補助医療(ART)におけるプロトコル比較研究が増加していることがうかがえます。
膣マイクロバイオーム関連では、近年登場した造語で細菌構成パターンの分類につかわれる「膣内細菌叢タイプ(vagitype)」がみられるなど、特許と同様にこの研究分野が活発化している傾向がうかがえます。
続いて、論文発表件数の国別動向を図4にしめします。

論文出版件数では、米国が一貫して最多で、2023年にはピークを記録しています。中国はゆるやかな増加を続けており、世界2位の地位を維持しています。続いて英国、インド、オーストラリア、カナダ、イタリア、日本、イラン、ブラジルがつづいています。米国はNIH(国立衛生研究所)主導の女性健康研究プログラム(ORWH)など長年にわたる公的研究資金の蓄積により基礎研究や臨床研究の基盤が厚く、中国は近年の研究開発投資の拡大と国家戦略としての女性や母子の健康研究の強化が成果につながっていると考えられます。一方、日本は世界8位と上位国の一角ながら、米国とは1桁、英国やインド、オーストラリアとも倍程度の差をつけられており、研究コミュニティの規模拡大が課題といえます。
以下に、近年の代表的な論文事例を紹介します。
- “Femtech Solutions and Devices: Technological Innovations and their Impact on Women’s Health Outcomes”
- 掲載誌:2025 Design of Medical Devices Conference(Mayo Clinic, 米国)
- 出版年:2025年
- 概要:Mayo Clinicの研究グループによる、フェムテック分野で開発されている56件の女性健康関連デバイス・ソリューションを体系的にレビューしたまとめ論文。AIおよび生成AI技術がフェムテックにあたえる影響を分析し、月経追跡、不妊治療支援、妊娠モニタリング、更年期ケア、婦人科疾患診断など各領域における代表的なソリューションを整理する。さらに、今後の成長を促進するための戦略として、規制対応、エビデンス構築、臨床応用の方向性を考察し、女性により効果的でパーソナライズされた、アクセスしやすい医療を実現するための道筋をしめしている。
- “Comparison of clinical outcomes and perinatal outcomes between natural cycle and hormone replacement therapy of frozen-thawed embryo transfer in patients with regular menstruation: a propensity score-matched analysis”
- 掲載誌:Frontiers in Endocrinology(鄭州大学第一附属病院ほか、中国)
- 出版年:2024年
- 概要:規則的な月経周期をもつ2,672名の凍結融解胚移植(FET)患者を対象に、自然周期(NC-FET)とホルモン補充周期(HRT-FET)における臨床妊娠率および周産期転帰を傾向スコアマッチングで比較した大規模コホート研究。NCプロトコルがHRTプロトコルと比較して臨床妊娠率・生児出産率の両面で優れることをしめし、生児出産率予測のノモグラムも構築した。生殖補助医療(ART)における子宮内膜調整プロトコル選択の個別化に向けた臨床根拠を提供する。
- “A real world evaluation of an innovative artificial intelligence tool for population-level breast cancer screening”
- 掲載誌:npj Digital Medicine(パンジャブ州政府保健局、Niramai Health Analytix、m16 labs、Roche India ほか)
- 出版年:2025年
- 概要:インドのパンジャブ州において、18ヶ月間にわたり183地点で15,069名の女性を対象にAI画像解析技術「Thermalytix」をもちいた集団乳がん検診を実施した実地評価研究。再呼出率3.1%、生検陽性的中率81.8%、診断までの所要日数中央値21日と高い実用性能をしめし、マンモグラフィ普及が困難な低・中所得国における放射線不要・低コスト乳がんスクリーニング手法の有効性を実証した。
- “Clinical utility of zuranolone for postpartum depression: a narrative review”
- 掲載誌:Neuropsychiatric Disease and Treatment(Dove Medical Press)
- 出版年:2025年
- 概要:米国FDAが2023年に承認した、産後うつ病(PPD)に対する世界初の経口治療薬であるzuranoloneの臨床有用性に関するナラティブレビュー。GABA-A受容体の正のアロステリックモジュレータ(PAM)としての作用機序、14日間1日1回投与プロトコル、SSRIとの間接比較におけるEPDSスコア改善幅(15日目で4.22ポイント、45日目で7.43ポイントの優越)を整理し、母体メンタルヘルス領域の治療パラダイム転換を解説する。
- “Bacterial vaginosis: advancing insights into microbial dysbiosis”
- 掲載誌:Critical Reviews in Microbiology(Taylor & Francis)
- 出版年:2025年
- 概要:細菌性膣症(BV)を中心とした膣マイクロバイオームの異常(dysbiosis)について網羅的に整理した総説論文。Lactobacillus属優位の健常状態と、Gardnerella vaginalisほか嫌気性菌が優勢化した異常状態の生理学的・免疫学的メカニズム、Amsel基準・Nugent基準・Hay/Ison基準による診断、抗菌薬治療における高い再発率と耐性問題、プロバイオティクス・ライブバイオセラピックスなど新興の治療戦略まで体系的にレビューし、BV研究の最新動向と臨床課題を俯瞰する。
フェムテックに関連するスタートアップ企業の事例
「フェムテック」という言葉の生みの親であるIda Tinが共同創業したドイツのスタートアップ企業「Clue」(2012年設立)は、同分野のパイオニアとして世界の市場拡大を牽引しました。国内では、生理日管理アプリの代表格「ルナルナ」などを提供するエムティーアイ(MTI)が元祖フェムテック企業として挙げられます。
現在、フェムテック領域のスタートアップ企業は、不妊治療や生殖補助から、妊娠・産後ケア、月経管理、更年期ケア、婦人科疾患の検査や診断、個別化まで、女性のライフステージ全域にわたって幅広いサービスを展開しています。ここでは、それらの中から注目のスタートアップ企業を紹介します。
- Conception
- 所在国/創業年:米国 / 2018年
- 事業概要:幹細胞生物学とエンジニアリングを組み合わせ、IVG(In-Vitro Gametogenesis / 体外配偶子形成)によりヒトの機能的な卵子を試験管内で作製するプラットフォームを開発。加齢に伴う卵子供給の減少や医学的不妊、世界的な出生率低下といった課題に対応し、生殖の可能性を拡張することを目指す。
- 技術的特徴:血液からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を樹立し、始原生殖細胞→卵原細胞→各段階の卵胞→成熟卵子へと段階的に分化誘導。遺伝子発現マッピングによる発生プロセスの解明、卵巣シグナルを再現する3次元オルガノイド、ハイスループット遺伝子スクリーニングとコンピュータビジョンによる細胞品質評価を組み合わせ、IVGの安全性と再現性を追求する。
- Midi Health
- 所在国/創業年:米国 / 2021年
- 事業概要:更年期など、中高年女性特有の健康課題に特化した包括的なオンライン診療サービスを提供。ホットフラッシュや体重増加などの症状に対し、専門医によるバーチャル診察と治療を提供するデジタルヘルス企業である。自費診療が多い当領域において主要な医療保険が適用される点や、全米50州で展開し大手企業の福利厚生プログラムとしても導入されている点が最大の強みであり、優れた資金力も持つユニコーン企業。
- 技術的特徴:オンライン診療から処方箋手配(GLP-1、ホルモン補充療法、テストステロンなど)、サプリメントの提供までをシームレスに統合したバーチャルケアプラットフォームを展開。乳がんの既往歴や遺伝的リスクを持つ患者に対しても専門的な治療計画を構築できる診療体制を強みとする。保険適用確認から診察・処方までをオンライン上で迅速に完結させる仕組みにより、従来の専門医療におけるアクセス障壁と診断待ち時間を大幅に削減している
- Willow Innovations
- 所在国/創業年:米国 / 2014年
- 事業概要:ウェアラブル搾乳器、骨盤底筋トレーニング、新生児用スマートバウンサ兼バシネットなどを展開する。妊娠前ケアから搾乳・育児までを横断的にカバーし、米国・欧州のウェアラブル搾乳器市場において強固なシェアを持つフェムテック企業。
- 技術的特徴:ウェアラブル搾乳器はコード・チューブ・外部ボトルがない完全ハンズフリー設計で360度完全密閉設計。服の上から目立たない自然な装着感と高い静音性で職場や外出先での搾乳を可能にする。専用アプリと連動し搾乳量を最適化、健康管理をおこなうなど、女性・乳幼児をひとつのスマートエコシステムで包括的にサポートする。
- Seno Medical Instruments
- 所在国/創業年:米国 / 2005年
- 事業概要:FDA承認済みの乳がん画像診断装置と、自社開発のAI臨床意思決定支援アプリを提供。マンモグラフィなど既存の検査経路は工程が多く結論が出にくく患者体験も悪いという課題に対し、リアルタイムで乳房腫瘤の良性・悪性を鑑別し、偽陽性生検と診断待ち時間を削減することを目的とする単一プロダクト集中型の医療機器企業。
- 技術的特徴:乳房に不可視レーザ光を当て、光を吸収した組織が出す音(超音波)を読み取る光音響イメージング技術が核。従来の超音波検査と同じ操作感のまま、組織の形だけでなく血液の量や酸素状態まで色付きの画像で可視化できる。がん細胞は酸素を多く使い血管が集まる性質があるため、患者自身の血液を天然の造影剤として利用し、良性・悪性を見分ける。AIが読影を補助し、放射線も針も使わず即日判定が可能。
これらの企業は、AI、ウェアラブルセンサ、新規製剤、画像診断技術といった共通基盤を活用しつつ、それぞれの健康課題に対する独自の解決策を提示しています。事業規模と成熟度の点では、Willow Innovationsは2025年に英国のスタートアップであるElvieを統合し、月経や妊娠、授乳のライフステージを横断するエコシステムを米国や欧州において確立しています。Seno Medical Instrumentsは2005年創業の老舗で、FDA承認済みの単一プロダクトに集中する医療機器企業として臨床現場への導入を着実に進めています。Midi Healthは、バーチャルケアクリニックという革新的なビジネスモデルで多様なニーズに応え、大型資金調達を達成しています。Conceptionはまだ前臨床段階ですが、IVG(体外配偶子形成)技術の実用化が実現すれば、400億ドル超とされる不妊治療市場を根本から塗りかえる可能性を秘めた注目すべきディープテック企業です。
フェムテックに関連する技術動向のまとめ
本レポートでは、フェムテックに関連する特許および論文のデータベースをもちいて、要旨中のキーワードの年次推移を分析しました。
特許分析からは、生殖補助や妊娠期管理、婦人科疾患診断にかかわる技術の社会実装が加速していることが読みとれました。とくに、自宅で実施可能な自己人工授精キット、AIを組みあわせた出生前モニタリング、低侵襲の子宮鏡技術、骨盤底リハビリ機器、Lactobacillus属を活用した膣マイクロバイオーム解析など、ライフステージ全体を網羅する技術群が、研究段階から実装段階へ移行しつつあります。こうした動きは出願人構成にも反映されており、欧米の大手製薬企業や医療機器企業と中国の大学附属病院が上位を占める構図は、フェムテックがB2C向けガジェットにとどまらず、本格的な医薬品や医療機器の事業領域として確立されつつあることを裏付けています。
論文分析からは、研究領域の広がりと深化があきらかになりました。zuranolone(産後うつ薬)やrelugolix(子宮筋腫薬)などの新薬、HRT-FETやNC-FET、AC-FETといった生殖補助医療(ART)プロトコル、thermalytix(乳がんサーモグラフィ)やnifecg(非侵襲胎児心電図)などの低侵襲診断技術まで、診断や治療、基礎研究の各層で急速な進展が確認されました。研究の発信地という観点では、米国が長年トップを占める一方で中国の研究成果が急増しており、世界の研究コミュニティ構造が変化しつつあります。さらに、「menstruators」のような社会的にインクルーシブな語彙の登場は、医学研究の枠組みそのものが見なおされつつあることをしめしており、研究設計の段階から多様な対象を包摂し、データ収集や臨床試験、診療ガイドラインに反映させる動きの一環として、今後さらに広がる可能性があります。
スタートアップ動向では、Conception(体外配偶子形成)、Willow Innovations(ウェアラブル搾乳)、Seno Medical Instruments(光音響イメージング乳がん診断)など、ライフステージごとに特化した革新的なソリューションが登場しています。フェムテック領域では確立された医療機器企業から消費財ブランド、先鋭的なディープテックスタートアップまで多層的なプレイヤーが並走しており、各層で大手の製薬企業や医療機器企業との連携や買収を通じた業界再編が進むと見こまれます。
以上の分析を総合すると、フェムテックは月経や妊娠、更年期、婦人科疾患というライフステージ全般を網羅しながら、医薬品や医療機器、デジタルヘルス、バイオテクノロジーが融合する複合領域として確立されつつあります。今後はAI解析や遠隔診療、生体由来サンプルをもちいた個別化医療の進展により、女性のウェルビーイング向上と医療アクセス改善を支える基幹領域として、さらに多様化し、高度化していくことが期待されます。一方、社会実装にむけては、データプライバシーや臨床エビデンスの担保、ジェンダーや年齢、地域による医療格差(Gender Health Gap)の是正、各国の規制対応といった課題への取りくみが重要となります。とりわけフェムテックがあつかうデータはきわめて機微であり、月経や妊娠、性行動などの記録が第三者へ共有されたり海外サーバに保管されたりするリスク、捜査機関による開示請求リスクなどへの対応が課題となっています。さらに、IVG(体外配偶子形成)のような次世代生殖技術は同性カップルの生殖機会拡大や遺伝子編集との組みあわせをめぐる生命倫理上の議論を不可避としており、AI診断のアルゴリズムバイアスの是正、女性や有色人種、トランスジェンダー、低所得層など特定集団の臨床試験における過少代表性是正と合わせて、産学官の連携によって取りくむ必要があります。
著者:アスタミューゼ株式会社 髙橋 舞菜 博士(農学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「フェムテック」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。