未知の領域を探る:日立製作所のイノベーション戦略とアスタミューゼとの共創
社会イノベーションの分野で業界を大きくリードしている株式会社日立製作所。既存事業で順調な成長を続けつつ、先行き不透明な時代を生き抜くべく、広く世界に目を向け新規事業の開拓にも積極的に取り組んでいる。すでに10年以上前から社会の根源的な課題や将来の課題に照準を定め、革新的な事業アイディアを生み出したいと感じていたという。astamuseとタッグを組むことで、どのような成果を上げることができたのか。未知の領域を探り、イノベーションの種をハックするアプローチを成功させる秘訣について、イノベーション成長戦略本部船木氏に聞いた。
インタビュイー:イノベーション成長戦略本部 コーポレートベンチャリング室 室長 船木謙一 氏
1993年日立製作所入社。産業機械、情報機器、電子部品、日用品、アパレルなど複数業種で、業務プロセス刷新や新システム導入を伴う15の改革プロジェクトを経験。近年は研究や事業開発のオープンイノベーションとして、スタートアップとの協創を促進。同氏が率いるコーポレートベンチャリング室は、最近5年間で100件超のスタートアップ協創を企画、実行支援している。改革とオープンイノベーションに共通する鍵は、人々が変化を受け入れるか否かであるという結論に至り、『「変化を嫌う人」を動かす』(草思社,2023年)を監訳。経営工学分野で著述、講演、各種受賞、客員研究員、非常勤講師など。2019年より現職。博士(2001年、工学)。公益社団法人日本経営工学会副会長。
無数に存在するテーマと領域をどう設定するか
御社の事業内容について教えてください。
船木:日立製作所は1910年の創業以来、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」ことを企業理念としています。創業者である小平浪平が国産初の5馬力モーターから始めたベンチャー企業でした。110年の時を経て、今は社会イノベーション事業のグローバルプレイヤーになりました。社会イノベーション事業では、お客様とともに考え、課題を見つけて、解決策を提案するわけですが、データとテクノロジーを駆使してプラネタリーバウンダリ―の維持やウェルビーイングの向上に貢献することに挑戦しています。DX、GXが鍵になりますが、それらによって変わっていく課題や事業機会を常に探索し続ける必要があります。
新しい事業領域の探索は不確定要素も多いだけに難しいのではないですか?
船木:はい。たとえば、弊社が考えるウェルビーイングの貢献にはヘルスケア・バイオの分野があります。弊社が薬を創ったり、医療を提供したりするわけではありませんので、動向や事業機会はお客様やパートナーのみなさんから学びます。しかし、最先端の技術や将来の事業機会は別のアプローチで探る必要があります。もちろん、先端を走る専門家にアクセスするのが手っ取り早いのですが、未知の領域は幅広く、アクセスするには限界があります。弊社は主にがんに関するソリューションを持っていますが、将来に貢献すべき他の難治性疾患があるかもしれません。領域の特定は手探りになります。
そこでどうしたものかと悩んでいたときに、ある戦略コンサルティング会社のパートナーから「御社と相性がとてもいいのではないか」と紹介されたのがアスタミューゼ社でした。
「任せてみよう」と思っていただけた決め手は?
船木:通り一遍の調査やシングルデータソースからの調査ではなく、さまざまなものを組み合わせて未知の知見を引き出せるデータベースとAI、そして人を持っていると思ったからです。一般によく知られている情報サービスは当社でも日常的に使っています。ですが、日立独自の視点で情報を精査したいと思うと、そうしたサービスでは対応できません。この点、アスタミューゼ社は特許や国の研究開発投資に関する網羅的な情報を持ち、世界各国の大学やスタートアップともつながりがあるので、こちらの期待にきっと応えてくれると思いました。
ヘルスケア・バイオ分野における新たな領域の発見と戦略的な洞察が可能に
今回のKOL分析(※)は、具体的にどのように進めたのでしょうか?
船木:KOL分析ははじめてだったので、プレスタディ→フェーズ1→フェーズ2と段階的に進めていきました。まず試行して結果を社内で議論し、次に本番の調査を実行。フェーズ1で技術トピックとKOL、KOLとKOL間のつながりが発見できたので、レビューするメンバーを増やし、研究所やヘルスケア部門のエキスパートにも参加してもらい、フェーズ2の調査でさらに深掘りしました。
アスタミューゼ社の担当エンジニアがその分野の専門家だったので、こちらの要求を正しく理解してくれてレスポンスも早く、コミュニケーションが非常にスムーズでした。データドリブンに偏らず、業界の理解をした上で適切な情報を提供していただけたと感じます。医薬・製薬だけでなく、治療や診断方面まで幅広く見てもらい、おかげさまで研究所内の議論がだいぶ進んだようです。
※Key Opinion Leader(キー・オピニオン・リーダー)分析
KOLとは、特定の分野において高い専門知識や豊富な経験を持ち、その分野での意見や見解が多くの人々や組織に影響を与える人物のこと。アスタミューゼでは特許や論文、研究内容等から独自ロジックでスコアを算出し、客観的・定量的な視点からのKOL探索や共著・共同研究等のネットワーク分析を実施している。
KOL分析の最大の成果は何でしたか?
船木:「気づいてないものを見つけたい」という目的を果たせたことです。今回の分析でリウマチ等の神経性疾患や糖尿病といったいわゆる難治性疾病のリーダー研究者が誰で、研究はどの程度成熟しているのかを把握し、R&D戦略の議論に反映することができました。アセットやケイパビリティ等の関係もあるので、新領域と決定して資本を投下するまでには至っていませんが、大きな前進です。
KOL分析のポイントは何だと思いますか?
船木:特許や国の研究、研究成果や論文とリーダー間の”関係性”を把握することだと思います。今回の調査でも、有名なA先生のクラスターとB先生のクラスターがあり、実はその真ん中にCという研究リーダーがいて、その人をハブとして2つのクラスターがつながっていたということがわかりました。いわゆる媒介中心性のある人を発見できたのは大きな収穫でした。
実際にコンタクトを取られたのですか?
船木:少なくとも論文は追いますが、その後コンタクトするかどうかは会社としての方針もあるので別問題です。ただ、どういうエコシステムがあって、どういうところをウォッチしておかなくてはならないのか、もしアクセスするならどの人にアクセスすれば良いのかを理解しておくことは非常に重要だと思います。
全体として、アスタミューゼのサポートはいかがでしたか?
船木:情報の正確性や奥深さが違うと感じました。アスタミューゼ社は網羅的なデータを駆使できるだけでなく、そこに代表・永井氏をはじめとする”人”が関与して考察をするので、単純にロボットがクローリングして情報を集めるような他のサービスとは一線を画していると思いました。
アスタミューゼに期待するテクノロジーの未来予測と未知の探求
今後アスタミューゼに対してはどのような期待をしていますか?
船木:引き続き、新規事業案の創出、特定分野における技術調査、イノベーター探索(KOL)、長期戦略の策定など多くの分野でタッグを組み、日立製作所のイノベーションの加速にご支援いただきたいと思います。
特に、これからお願いしたいと思っているのは、地政学的なリスクの予兆です。サム・アルトマンやマーク・ザッカーバーグが言うように、日本は生成AIのリサーチ拠点としても期待されています。テクノロジーと地政学関係が重なったときに、日立製作所としてどのようなことをケアしておかなくてはいけないのか、次にどの地域でどんなテクノロジーのクラスターが起こるのか、どのエコシステムに入るべきか。トリガーをいち早く察知して教えていただきたい。例えばアメリカではずっとシリコンバレーがホットスポットだったのが、近年はサンディエゴが活況を呈しはじめたりしています。そうした変化、イノベーションの前夜を検知して先読みできるようなサポートをしていただけたら嬉しく思います。
なかなか難しいポイントですが、リサーチのしがいがありますね。
メディアや政治家、産業界、大学教授も語っていないような、社会の奥底に埋め込まれているメカニズムを洞察することができたら素晴らしいですよね。地球温暖化に関しても、世の中に知られていないサイエンスな真実をアスタミューゼ社が暴く、みたいなことができるならぜひやってもらいたいです(笑)。
確かに、そういったことができたら素晴らしいと思います。
船木:さいごに、逆質問を1つよろしいでしょうか?これからAI、AGIがますます進化し、AIがコパイロットとして拡張した自分の一部のようになればもう調査やインテリジェンスを外注する必要がなくなると思いますが、アスタミューゼ社は今後の事業戦略をどうお考えですか?
ありがとうございます。情報サービスがアンビエントに組み込まれてるというような時代が来れば、サービスのあり方も変わっていくべきだと思います。大きな考え方としては、AIが進化しても本当に大事な情報が世の中にすべて出ているわけではないので情報をきちんと押さえることを大前提として、大規模言語モデル(LLM)的なインターフェースを作って顧客に価値提供できるようにしていきたいと思っています。
船木:なるほど。わかりました。他にはないユニークなサービスが強みのアスタミューゼ社が、生成AIで仕事や生活の仕方が変わっていくこれからの時代にどんなポジションを取っていくのか、期待感を持って見守っています。