カーボンリサイクルの社会実装が開始!日本は研究投資が求められる最適素材の開発に期待 ~世界の有望企業/大学研究機関の技術資産スコアランキングを公開~
脱炭素の世界的動きの中で、CO2の排出量を削減することが大きな課題となっていますが、日本が2050年までの実現を宣言しているカーボンニュートラル実現の鍵を握るテクノロジーのひとつがCO2を資源として有効活用する「カーボンリサイクル」です。
そこで今回のレポートでは、二酸化炭素を積極的に資源として活用することで、カーボンニュートラルを超えてカーボンマイナスを実現することも期待される「カーボンリサイクル」に注目し、関連技術を分析しました。この分野には、二酸化炭素を分離回収する技術ならびに収集した二酸化炭素を製品原料やエネルギー源として利用する技術が含まれます。
目次
カーボンリサイクル産業に関わる特許の分析
特許は、自社がその技術を独占的に実施する権利を守り、排他性を発揮することで意味が生じます。アスタミューゼは、出願件数それ自体ではなく、特許の「強さ」を指標化して、技術力評価するためのスコアリング手法を開発しています。特許の「強さ」とは、排他力、つまり競争相手を排除する力であると考えて、特許1件1件の強さを定量評価したものがインパクトスコアです。また、各々の特許のインパクトスコアに権利の残存期間などの要素を加味して、特許を所有する企業/大学・研究機関ごと、あるいは国別の技術資産を指標(トータルパテントアセット)で示すこともできます。ただし、競争力が一定以上ある特許をもっていない企業/大学・研究機関については、トータルパテントアセットは算出できません。トータルパテントアセットは、特許ポートフォリオとしての総合的な競争力の指標と考えることができます。
今回の分析では、2010-2019年の10年間に出願された全世界のカーボンリサイクルに関する特許のインパクトスコアを算出しました。対象期間中には38,453件の特許が、計29か国から出願されています。
表1に、各企業が所有する特許のパテントインパクトスコア(※1)の最高値であるパテントエッジスコア(※2)のランキングを示します。
※1)パテントインパクトスコア:他社への排他権としてのインパクト評価を中心に、更に地理的な権利範囲、権利の時間的な残存期間などを重み付けしアスタミューゼが開発した定量的な評価指標。
※2)パテントエッジスコア:競合他社に対して大きな脅威となりうる突出した特許を示すパテントインパクトスコアの最高値。
1位を筆頭に米国が上位20位の内14件ランクインしており、本領域をリードする国となっています。1位、2位、3位はそれぞれCalera Corporation社(パテントエッジスコア136.19)、United States Department of Energy(同120.51)、Air Products and Chemicals(同120.07)の特許であり、いずれも発電所において排出されるCO2を含む産業廃ガスからCO2のみを高効率で回収する排出制御システムに関するものでした。これは二酸化炭素回収・貯留技術(CCS:Carbon dioxide Capture and Storage)にも利用される技術です。(参考文献A、B)
石炭などを用いる火力発電所ではCO2に加え、SOxやNOx、ばいじんなど様々な物質発生します。各国、環境面からそのまま排出することは規制しており、ガス成分などを排煙脱硝装置や排煙脱硫装置で除去する技術が進んでいます。その処理後に残ったCO2を「効率的かつ、高純度で分離」させるような技術が上記特許の目指すポイントになっています。こうした技術は難しい挑戦ではある一方でCO2をプラスチック原料やバイオエネルギーとして資源化することにもつながるため、期待されています。高いパテントインパクトスコアは高い注目度を反映していると考えられます。
表1 2010-2019年間のパテントエッジスコア上記企業20社
この、一つ一つの特許のスコアをもとに、カーボンリサイクルに関わる特許の出願人(個人含む)ごとのトータルパテントアセットを分析しました。表2にその上位20までのランキングを示します。トータルパテントアセット(※3)が算出された機関は2,079。その首位のExxon Mobil Corporation(米国)はパテントエッジスコアランキングでも4位に位置する特許を保有していました。国別比較をすると、米国は7,8,15,19にも企業がランクインしており、計5社でした。一方で日本企業は2位の三菱重工業株式会社を含め、5,9,17位とあわせて計4社ランクインしました。
※3)トータルパテントアセット:各社の特許ポートフォリオとしての総合的な競争力を計る指標
1位のExxon Mobil Corporationは石油メジャーの最大手であり、特許に関しても石油に関連する技術が多く、例えば貯留層からの石油回収を改善する原油増進回収法(EOR:Enhanced Oil Recovery)におけるCO2排出量削減、CO2回収といった技術に注力していることがうかがえます。2位の三菱重工業株式会社はパテントエッジスコア上位3社と同様な火力発電における脱炭酸煙道ガスとともに排出される残留吸収成分の濃度をさらに低減に関する特許を出願しています。
表2 2010-2019年間のトータルパテントアセット上記企業20社
続いて、トータルパテントアセットを国別に算出しました。国別のトータルパテントアセットは、競争力の有意な比較のため、母集団全体のトータルパテントアセットの8割を説明する上位546社を対象に集計しています。結果、首位が米国、2位が中国、3位が日本となりました。上位の三ヶ国は比較的近い値ながら、4位以下を大きく引き離しています。一方、その上位546社までのトータルパテントアセットの出願人別平均値を見ると、7位のサウジアラビアが最も高く37,536。Saudi Aramco、King Abdullah University of Science and Technology、King Fahd University of Petroleum and Minerals、King Abdulaziz Universityの4出願人のみで構成されており、技術開発の高い集中度がうかがえます。上位3か国の同数字は、米国:10,352、中国:9,483、日本:13,294となっています。日本は出願人の数こそ米国・中国より少ないものの、個社の技術開発力の高さという意味では勝っていると言えます。
表3 2010-2019年間の国別トータルパテントアセット上位10か国
カーボンリサイクル産業に関わるグラントの分析
ここまで、特許の視点から、カーボンリサイクル産業に関わるプレイヤーを評価してきました。しかし、特許は出願の時点で実現が見込まれる技術を表すもので、その未来の技術をうかがうには不向きな指標です。アスタミューゼでは、現在ではなく未来を見通すための指標として、公募で決定される研究開発資金(グラント)に注目しています。グラントを獲得する研究は、まだ事業化には距離があるけれども、資金を配布する政府等の公的機関からの「推し」があると考えるためです。
当社の所有するグラントデータベースに拠ると、2010年から2019年の10年間にカーボンリサイクルにかかわるグラント配賦額の総計は187億ドルでした。2010年の投資額11百万ドルから、2019年の123百万ドルまで、年間成長率34.2%で伸びています。
カーボンリサイクルを、
- コンクリート(CO2吸収型コンクリート、防錆コンクリートに関する研究など)
- 燃料(藻類バイオ燃料に関する研究など)
- 化学品(CO2を原料とした人工光合成に関する研究など)
- 分離回収(排ガスや大気中の低濃度CO2の回収に関する研究など)
に分類しその配賦額を図に模式化しました。
4分類のうち、件数・調達金額ともにトップは燃料の研究でした。研究内容としては、発電用バイオ燃料開発・製造を目的とした藻類の評価/品種改良/安定増殖に関する研究が多く行われており、生産性向上が目指されています。
分離回収の研究は、件数については燃料と同数でトップであるものの、調達金額は燃料研究ほど高くありませんでした。ここから燃料と分離回収では、1テーマあたりの研究規模が異なることが見て取れます。分離回収の研究内容としてはCO2を特異的に吸着する遷移金属ナノ粒子や、結晶性配位高分子錯体といった、CO2回収のための素材開発に関する研究がみられます。 化学品の研究ではCO2から糖の人工光合成における生産性の向上や、気相のCO2を直接ギ酸イオンに還元するシステム構築などがあり、これからのカーボンリサイクル産業の発展に重要な技術になってくるとみられます。
以下に、高額な資金が配賦されている研究テーマを要素技術別に紹介します。
コンクリート(CO2吸収型コンクリート、防錆コンクリートに関する研究など)
燃料(藻類バイオ燃料に関する研究など)
化学品(CO2を原料とした人工光合成に関する研究など)
分離回収(排ガスや大気中の低濃度CO2の回収に関する研究など)
今後の展望
カーボンリサイクルに関して、特許分析やグラント分析を行うことで、どのような技術傾向があるかを見てきました。その結果、特許分析では、高い競争力を持つ日本企業が複数存在することがわかりました。日本の上位企業はいずれも重工業分野で日本トップクラスに位置し、全体的にCCSに関連するカーボンリサイクル技術に期待されます。世界的にも同様に発電所など大規模にCO2を排出する施設でのCO2回収技術が特許で高い競争力を持つ傾向がありました。一方で、グラント分析の調達額比較では、そういった分野の中心である分離回収(排ガスや大気中の低濃度CO2の回収に関する研究)への研究数は多いものの調達額があまり高くない傾向にありました。この分野での研究というものがすでに大学だけでなく発電市場や重工業市場のプレイヤーでマネタイズを目指して進み始めていることの現れかもしれません。
加えて、グラント分析においては特許で見られた施設やシステム面からのカーボンリサイクル視点よりも、素材面からの視点つまり「CO2をカーボンリサイクルするにあたり優れた半導体材料、触媒、微生物、等を模索、新規開発する、といった化学/生物学的な見地での研究」 が多くみられました。
日本ではカーボンリサイクル分野に限らない先端素材の開発促進を目指した大規模国家プロジェクトが多くなされており、ナノカーボン技術、機能性ポリマー技術、有機無機ハイブリッド技術などで先進的な研究が行われています(参考文献C)。
このような背景から、日本が強みを生かしてカーボンリサイクル分野で世界に発信する一つの方向性としては、グラントやプロジェクト等で進められている大学や企業での開発素材において、需要を解像度高く分析し、高い性能を持った実用化に取り組むことへの挑戦が重要であると考えます。広く言われている日本のものづくりの力を武器に、日本発の優れた先端素材が結果的に環境立国化を後押しする。このようなストーリーがうまく回り始めれば、日本が将来カーボンリサイクル分野でリーディングカントリーとして戦えるポイントになるのではないでしょうか。
(アスタミューゼ株式会社テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、*源泰拓、*武藤奈央、*曵地知夏)