CO2削減に向け世界で進むエネルギーシフト 「水素エネルギー社会」を形成する8つの技術と注目スタートアップ企業

前回までの「温室効果ガスゼロ排出」に直結する次世代技術の中で取り上げた、CO2を低減する社会を構築する鍵技術のひとつとして水素エネルギーが注目されています。水素をエネルギーキャリアとして利用することで、CO2排出を低減する社会を構築する「水素エネルギー社会」が注目されており、水素の製造から供給・エネルギー(電力・熱)への変換・水素を活用したサービス・水素エネルギー社会インフラ基盤などにおいてバリューチェーンを構築する個別の技術の高度化と統合が重要です。現状では、水素ガスは苛性ソーダ製造、鉄鋼製造、石炭還流などの副生成物として回収され利用されているのが中心ですが、水素自体は、水、食品廃棄物や下水汚泥、廃プラスチックなど、様々な資源から製造することができる地球上ではほぼ無尽蔵かつ公平に分布している物質で、さらには燃焼させて熱エネルギーとしてや燃料電池による電力に変換して利用する際にCO2を排出しません。また、CO2排出を直接的に低減する太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、利用が拡大しているものの、発電量が天候により変動するため、エネルギー供給の不安定さが課題になっており、このエネルギーの変動の受け皿として水素をエネルギーキャリアとしてエネルギー貯蔵することで、再エネ電力の安定化にも貢献するとされています。このように、水素をエネルギーキャリアの中心として利用することでCO2削減に大きな役割を果たす「水素エネルギー社会」を構築することが世界各国で進められています。

エネルギー自給率の低い日本でも、多様な資源から製造できる水素はエネルギー安全保障の観点からも期待が大きく、水素エネルギー社会の実現に力を入れている国の1つです。日本では、2017年に「水素基本戦略」を策定し、2050年に目指すべきビジョンを示すとともに、2030年までの行動計画を作成しています。特に重視されているのが、水素の低コスト化です。水素のコストを従来エネルギーと同じ程度にすることを目指しており、これは現在のコストを約1/5にすることを意味します。

今回アスタミューゼでは、アスタミューゼ独自の世界中のスタートアップ企業のデータベースを元に、「水素エネルギー社会」の構築に直結する主な次世代技術8領域を定義し、水素バリューチェーン上での ①「水素エネルギーインフラ」に関する技術、②「水素エネルギーアプリケーション」に関する技術、③「水素バリューチェーンを支える安全保守」 に関する技術の観点からマッピングを行い、温室効果ガスの主要因であるCO2の排出源セクターごとの対応について整理しました。また、それぞれの8つの技術領域について、特許による技術および、最先端的な取り組みを行っているスタートアップ企業を抽出しました。今回は、「水素エネルギー社会」の構築に直結する主な次世代技術8領域で最先端的な取り組みを行っているスタートアップ企業例をご紹介します。

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「水素エネルギー社会」を目指す各国の動向

2019年東京で世界35の国・地域・機関から閣僚クラスが集まり「水素エネルギー社会」の実現を議論する「水素閣僚会議」が開催され、「グローバル・アクション・アジェンダ」が発表されました。このアジェンダでは、行動指針として水素ステーションや燃料電池システムの積極的な設置、海上輸送のルール整備や水素発電技術の実証などが定められています。こうした動きを受けて世界の主要各国・地域で水素をエネルギーキャリアの中心におき、CO2排出の低減を目指す「水素エネルギー社会」を構築する動きが活発化してきています。日本はこれまで、自動車や家庭用コジェネレーションシステムを中心とした水素エネルギー変換技術を中心とする研究開発により、水素エネルギー関連技術を磨き上げてきました。そしていよいよ世界中でこの水素エネルギーを用いた技術を積極的に活用・展開するビジネスチャンスが到来し始めている状況にあります。各国、地域の「水素エネルギー社会」の構築に関する動向を以下に簡単にまとめています。

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次に「水素エネルギー社会」の構築に直結する水素バリューチェーン上での技術領域を ①「水素エネルギーインフラ」に関する技術、②「水素エネルギーアプリケーション」に関する技術、③「水素バリューチェーンを支える安全保守」に関する技術から整理し、主な次世代技術8領域において、最先端的な取り組みを行っているスタートアップ企業例を示しました。

「水素エネルギー社会」を構成する要素①「水素エネルギーインフラ」に関する技術

安価な水素の供給が「水素エネルギー社会」の鍵となります。安価な原料からの効率の良い水素の製造や、大量の圧縮水素の安全な輸送・取扱を可能にするスタートアップ企業が登場しています。

水素製造・水電解

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約520 million USD

スタートアップ企業例:PowerHouse Energy Group (イギリス,累計資金調達額 - )

廃プラスチックなどの有機物から水素含有合成ガスの製造システムを提供するスタートアップ企業。あらゆる有機物を熱変換でき、廃棄物やバイオマスに含まれる化学エネルギーの最適な回収を実現できることが特徴。従来、廃プラスチックは収集・洗浄、分別、分離に係るコストが課題となり資源として十分に利用されていないが、廃プラスチックの大部分を水素含有合成ガスに変換して、低コストの電気や水素を製造することができる。

スタートアップ企業例:Joi Scientific (アメリカ,累計資金調達額7.0 million USD)

高価なインフラを必要とせず、オンデマンドで海水から水素を製造するテクノロジーを持つスタートアップ企業。従来、水素製造では、製造される水素の8倍の温室効果ガスが排出されていたが、Joi Scientific社の製造プロセスでは二酸化炭素を排出せずに水素を製造できる。豊富な資源である海水が原料であり、手頃な価格で水素を製造できる。フロリダ州のケネディ宇宙センターに本社を置いており、2019年には北米で最も革新的なスタートアップ企業に送られるRed Herring 2019 Top 100 North Americaに選ばれている。

水素吸蔵材料・キャリア変換

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約320 million USD

スタートアップ企業例:H2 INDUSTRIES (イギリス、累計資金調達額 - )

液体有機水素キャリア(LOHC)を用いた水素貯蔵の技術を持つスタートアップ企業。可燃性が低いトルエン系オイルを水素キャリアとして利用すると、大気圧および常温での水素の貯蔵が可能である。水素を充填したLOHC貯蔵タンクと組み合わせたエネルギー貯蔵および供給ユニットを提供して、大量の水素の安全な取り扱いを可能にし、供給コストを削減する。

スタートアップ企業例:GRZ Technologies (スイス、累計資金調達額0.3 million USD)

金属を用いた水素貯蔵の技術を持つスタートアップ企業。金属と接触した水素分子が水素原子に解離し、金属に吸収される。プロセスは大気圧下で安全に進行し、高い水素密度を達成しており、完全に可逆的である。世界ランキング上位の常連校であるスイス連邦工科大学からのスピンオフであり、スイスの新興企業の9割が支援を受けるVenturelabにより、スイスにおける2019年トップ100スタートアップに選ばれている。

水素の輸送・圧縮・供給

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約460 million USD

スタートアップ企業例:Ergosup (フランス、累計資金調達額16.2 million EUR)

オンサイトで機械式コンプレッサーなく高圧水素を製造する技術を持つスタートアップ企業。従来、水素の供給はボンベなどで行われており、空になると交換されてきたが、ボンベなどは重さがあり安全性にも懸念があった。Ergosup社の技術では、デバイスに水を供給するとオンサイトで高圧水素が製造できるため、管理が簡単になり、より安価で安全である。日本においても水素ステーションを積極的に設置しているフランスの産業ガス企業エア・リキードなどから出資を受けている。

スタートアップ企業例:Steelhead Composites (アメリカ、累計資金調達額4.4 million USD)

圧力容器およびコンポーネントを提供するスタートアップ企業。高圧水素貯蔵用の容器の本体部分は、耐久性のあるエポキシ含浸炭素繊維複合材で覆われた、頑丈でシームレスなアルミニウムで、水素ガスが透過せず、高耐久性であり、漏洩先行型破損特性(クラックが発生して水素が漏洩しても急激な破断に発展しない)があり、プラスチックで裏打ちされた容器と比較して高速充填機能が向上している。2019年にはNASAの圧力容器の開発企業に選ばれるなど、アメリカ国内において圧力容器に強みを持つ。

「水素エネルギー社会」を構成する要素②「水素エネルギーアプリケーション」に関する技術

燃料電池の低価格化や燃料電池やタービン/エンジンの効率化を目指すスタートアップ企業が登場しています。一方で、再生可能エネルギーや余剰電力を用いたエネルギーの完全な自給自足や、効率的なエネルギー運用が注目されており、水素を畜エネのキャリアとして活用したシステムが見られます。また、自動車やトラックなどのモビリティへの活用は、大きなCO2の排出削減につながるパラダイムシフトとして期待されており、日本は先進技術を保有する国でもあります。一方でインフラの整備と一体であることから、政府機関から出資されて、国家戦略の主要プレイヤーとして成長しつつあるスタートアップ企業も現れてきています。

燃料電池

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約4,300 million USD

スタートアップ企業例:GenCell (イスラエル,累計資金調達額10 million USD)

白金を排除した低コストの燃料電池を提供するスタートアップ企業。白金は燃料電池で触媒として使用され、製造コストを引き上げている。GenCell社では、白金を排除し、貴金属の使用量を削減している。外部電源を必要とせずオンデマンドでアンモニアから水素を製造するオフグリッド地域用燃料電池システムや、ボンベの水素を燃料として使用するバックアップ電源用燃料電システムを提供している。

スタートアップ企業例:Loop Energy (カナダ,累計資金調達額7.5 million USD)

燃料電池内の空気の流れを最適化する技術を持つスタートアップ企業。独自のeFlowテクノロジーにより燃料電池内の空気の流れを最適化し、低いコストで高い電力密度を生み出す。この燃料電池によるバスやトラックなど中型から大型の輸送が可能である。燃料電池を効率化する高い期待を受けて、カナダ政府出資の「持続可能な開発技術カナダ(SDTC)」から出資を受けている。

水素タービン/エンジン

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約480 million USD

スタートアップ企業例:Turbotech (フランス,累計資金調達額3.0 million EUR)

航空用途の水素など燃料の燃費を向上させるタービンを提供するスタートアップ企業。再生タービンとは熱交換器を備えたタービンであり、従来のタービンでは無駄になる熱を回収して再注入することで燃費が向上する。Turbotech社はフランスの機械・産業エンジニアリング企業「Le Guellec」と共同で、軽量でコンパクト、信頼性の高い熱交換器の開発に成功し、再生タービンを軽飛行機や大型ドローン向けに提供している。

スタートアップ企業例:DynaCERT (カナダ,累計資金調達額1.4 million USD)

水素などのディーゼルエンジンへの導入により車両からの一酸化炭素排出量の削減を可能にするスタートアップ企業。水素の存在下でディーゼルエンジンを燃焼させると、より速く、より完全な燃焼が得られる。DynaCERT社が開発するオンデマンドで水素と酸素を生成する後付けの電気分解システムの利用により、適切な比率の水素と酸素をディーゼルエンジンに導入して、強力な燃焼を生み出して燃費を向上させることができる。このシステムは乗用車、船舶、機関車などに利用することが考えられている。

エネルギーサービス・グリッド

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約580 million USD

スタートアップ企業例:Hybrid Energy Storage Solutions (スペイン,累計資金調達額0.8 million USD)

最適なエネルギー貯蔵技術を使用した電力網の構築を行うスタートアップ企業。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーやディーゼル発電などの電力供給と、通常の電気の使用や電気自動車の充電などの供給、無停電電源装置や燃料電池などのエネルギー貯蓄を組み合わせたスマートグリッドやマイクログリッドを構築している。

スタートアップ企業例:Redox Power Systems (アメリカ,累計資金調達額15.0 million USD)

固体酸化物燃焼電池技術を利用した分散型発電システムを開発するスタートアップ企業。モジュール式で、幅広い発電容量と燃料オプションを備えたオンサイト発電の熱電併給システムを構築できる。天然ガスまたはプロパン燃料で直接動作するが、将来的には、水素、ガソリン、ディーゼル、持続可能なバイオ燃料など、さまざまな炭化水素燃料の使用が考えられる。商業、工業、住宅、データセンターなどでの使用が考えられている。

自動車・その他輸送技術

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約1,060 million USD

スタートアップ企業例:PowerCell Sweden (スウェーデン,累計資金調達額35.9 million USD)

輸送業界用の燃料電池モジュールを提供するスタートアップ企業。製品はモジュール式で軽量であり、バス、トラック、建設機械などのさまざまな車両に統合できる。純粋な水素だけでなく改質ガスでも機能する。船舶にも進出しており、太陽光発電、水素ガス貯蔵、燃料電池からの水素ガスの生産を含むシステムを開発している。ボッシュ、ボルボやスウェーデンエネルギー庁などが出資しており、ボッシュとは燃料電池の共同開発も行っている。

スタートアップ企業例:Horizon Fuel Cell Technologies (シンガポール,累計資金調達額11.2 million USD)

モビリティに燃料電池を提供しているスタートアップ企業。統合が容易なモジュール型の世界最高クラスの性能を持つ燃料電池を開発している。韓国の国有鉄道やアメリカ、ヨーロッパ、アジア太平洋でのトラック、バスなど大型車両などに供給している。日本を含む13以上の国にオフィスや販売パートナーを持ち、積極的に世界展開を行っている。

「水素エネルギー社会」を構成する要素③「水素バリューチェーンを支える安全保守」に関する技術

水素は漏洩により爆発の危険性があり取扱に注意を要するため、センサによる水素濃度のモニタや、供給におけるヒューマンエラーをなくすための供給自動化などによる事故の防止を試みるスタートアップも成長してきており、安全性を担保することで水素が社会に広くインフラとして普及するための基盤を支える技術も広がりつつある。

水素バリューチェーンを支える安全保守

スタートアップ・資金調達額推計(2000-2019年総額):約560 million USD

スタートアップ企業例 H2scan (アメリカ,累計資金調達額33.2 million USD)

水素モニタリング装置とリーク検知装置を提供するスタートアップ企業。水素とパラジウムの相互作用を利用した水素のセンシング技術に基づいた、モニタリング装置やリーク検知装置を提供している。これは、米国のサンディア国立研究所で開発され、エネルギー省から独占的にライセンスされている技術である。装置は電力会社、石油化学、製油所、ガスライン会社、原子力発電所、燃料電池などで用いられている。

スタートアップ企業例 Plug Power (アメリカ,累計資金調達額229.1 million USD)

ロボットを利用した水素ステーションへの水素充填を開発するスタートアップ企業。車両向け、バックアップ電源向け燃料電池を製造しており、それらの燃料電池への充填のため、世界最多の水素ステーションを建設している。ロボットを利用した水素充填が可能な水素ステーションを開発しており、水素のコストの軽減や、利便性と安全性の向上に寄与することが期待されている。この分野の大手供給業者であり、ニューヨーク州などから出資を受けている。

これらのスタートアップ企業は「水素エネルギー社会」の構築に鍵を握る水素バリューチェーン上での主な次世代技術8領域において、最先端的な取り組みを行っているプレイヤーですが、一方でその基盤となる技術については、既に多くの国家戦略的な研究資金の投資と特定の大型プロジェクトや企業での研究開発が展開されてきた結果であり、また、そこで形成された技術と人のつながりが新たなビジネスチャンスの到来により実用サービスが可視化されてきた結果です。

今後5年程度で、CO2削減を目的とした再生可能エネルギーへのシフトが世界的に大きく進むことが予想され、官民あげての「水素エネルギー社会」の実現に向けた実用技術の開発競争が世界的に繰り広げられています。この中でこれまで培われた日本の水素エネルギー関連技術の真価が問われるビジネスチャンスが、世界的に増加してきており、依然として高コストな水素エネルギーを、安価で使いやすく安全なエネルギー源として広く社会にエネルギーサービスとして、どのように提供できるかが鍵となっています。日本においてもこのチャンスに、積極的な人材投入と開発投資によるビジネス展開が世界からも期待されています。次回は、この「水素エネルギー社会」の構築において水素バリューチェーン上での主要な次世代技術8領域で、技術の強みを持つプレイヤーについて具体的な技術を説明します。

(アスタミューゼ㈱テクノロジーインテリジェンス部 川口伸明、米谷真人、*高田恵子)

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